07
「ここが図書室です」
イリスは長い廊下の突き当たりにある扉を示した。
「授業の補助に必要な書籍から娯楽本といったものまで、多くの種類が置かれています」
「学生ならば自由に使えるのか」
「はい。一部の貴重なものはここでしか閲覧出来ませんが、多くの本は借りて持ち帰ることも可能です」
「なるほどな」
中には入らず、入り口からざっと室内を見渡してヘンリクは頷いた。
「王宮などの図書館と変わらないのだな」
「はい、利用者が学園の関係者に限られている以外は」
そう言ってイリスはヘンリクに向いた。
「これで学園内の施設はほぼご案内いたしました」
「ああ、ありがとう。貴族を育成する為の施設が充実しているのだな。よい仕組みだ」
納得したように頷くと———その瞳がふいに熱を帯びた。
「ところでこれから二人で…」
「申し訳ございませんが、これ以上はお控えください」
オレールは穏やかな笑みを浮かべながらヘンリクの言葉を途中で遮った。
「婚約者のいるご令嬢を誘うなど、王太子殿下であっても許されざる事では?」
「だが互いを知るためにも姫とは二人きりでゆっくりと話をしないとならないからね」
こちらも笑みを浮かべてヘンリクは言った。
「その必要はないでしょう。殿下は留学期間が終われば国に帰られるのですから」
「だからそれまでに姫と心を通わせておかなければならないのだよ」
「はて、何故そんな必要が?」
互いに笑みを浮かべながらも冷たい空気が二人の間に流れる。
イリスは逃げ出したくなった。
オレールは、見た目通り普段は物腰も柔らかく穏やかなのだが———魔法が絡む事と、仕事の事になると途端に人が変わる。
今も明らかに王太子に対するにしては不敬な態度なのだが、本人はそれを恐れる様子もない。
「…何故君に邪魔をされなければならないのだ」
笑みを消すとヘンリクはその顔に不快な色を浮かべた。
「私はイリス様の護衛ですから」
「護衛?…君は騎士なのか?」
ヘンリクは眉をひそめると騎士には見えない、小柄で体格も普通のオレールを眺めなおした。
「いいえ、私は神官戦士です」
「神官戦士?何故そんな者が姫の護衛を?」
「イリス様は大神殿にとって大切なお方という事です」
あくまでも笑顔のまま、オレールは答えた。
「イリス!」
教室へ戻ってきたイリスの姿を認めると、レナルドは駆け寄ってその身体を強く抱きしめた。
「あいつに変な事されたり言われたりしなかった?」
「…されてないけど…」
「けど?」
「疲れた…」
イリスはレナルドの胸に頭を埋めた。
「何かあったのか」
「…オレール様が慇懃無礼すぎて」
イリスの言葉に、アルセーヌとフランソワーズがギョッとしたように後から入ってきたオレールを見た。
彼ならばヘンリクに対して変な言動はしないと思っていたのだが。
「私はこちらの立場をはっきりと伝えただけですよ」
相変わらずにこにこしながらオレールは言った。
「イリス様は大神ユーピテルの祝福を受けたお方。他の神が守護する土地になど行かせる訳にはまいりません」
「オレール…君の神への忠誠心の高さと真面目さは取り柄だが。相手は他国の王太子なのだからな」
アルセーヌはため息をついた。
去年、神官見習いから神官戦士へと昇進したオレールはイリスの護衛が第一の任務となっていた。
神の声が聞こえるイリスはユーピテルの祝福を受けた娘として、大神殿の中でも特別な存在となっている。
ただしその事はごく一部の者のみが知る事であり、表立っての護衛はできないため、学園内では級友であるオレールが、外では王子の婚約者として騎士達が護衛にあたっていた。
オレールはさすが祭司長の息子というべきか、神への忠誠心と神官としての誇りがとても高い。
そのためアルセーヌ達王族に対しても遠慮する事なく、己の任務を遂行する。
普段王子として周囲から特別な目でみられてしまうアルセーヌにとってはその態度が心地良いと思う事も多いのだが———さすがに相手は他国の王太子だ。
…神官のオレールにとってユーピテル以外の神を信仰するヘンリクは尊重するに値しないのかもしれないが。
「イリス様を脅かす存在は、例え王でも許しません」
完全に不敬罪にあたる言葉を言ってのけるとオレールはにっこりと笑った。




