06
「あいつ、ほんっとムカつく!」
ダン!とレナルドは乱暴に机を叩いた。
「レナルド…そう荒れるな」
「荒れずにいられる訳ないだろう」
アルセーヌをじろと睨む。
「他国の王子の婚約者を堂々と口説くとかありえないだろ!」
「…そういう堂々とした所が男らしくて素敵だと、女生徒達からは評判がいいですわ」
「はあ?」
「レナルド」
相手を擁護するような物言いのフランソワーズを睨みつけるのを遮るようにアルセーヌが声をかけた。
「フランソワーズも余計な事を言わないように」
「ごめんなさい…いつもイリス様に対して余裕のあるレナルド殿下が焦っているなんて珍しくて」
思わず笑みを浮かべてしまい、レナルドに再び睨まれたフランソワーズは首を竦めるとアルセーヌを見た。
「でもよろしいのですか、イリス様にヘンリク殿下の案内をさせて」
「…殿下がどうしてもというのだから仕方ない。オレールを付けておいたから大丈夫とは思うが」
「オレール様が一緒なら安心ですわね。レナルド殿下だと喧嘩になってしまうでしょうし…」
一週間前に留学してきたヘンリクは、授業は真面目に受けているけれど放課後になるとイリスに接触しては口説いていた。
無理強いをするような事はないけれど、人前でも平然と求婚の言葉を口にするヘンリクの姿はすぐに学園中の噂になった。
今日も学園内の案内をして欲しいと連れ出そうとしていたので、オレールが一緒ならばと条件を付けて認めたのだ。
「ヘンリク殿下はイリス様に一目惚れだったのですか」
「そのようだな…」
その場に居合わせたアルセーヌはため息をついた。
「しきりにイリス嬢の事を姫だと言っていたよ」
あの時、妃になって欲しいと突然告げた後、逃れようとするイリスの手を離さずそのまま抱きしめてしまったのだ。
更に額や頬に口づけまでしていたのだが…レナルドの反応が恐ろしくてそれは言えずにいた。
「何が姫だ」
ふん、とレナルドは鼻を鳴らした。
ここまで上手くいっていたのに。
何故こんな事になったのだ。
十歳でイリスと出会って以来、彼女を伴侶とする為に努力し続けてきた。
剣の腕を磨き、周囲に根回しをし、イリスだけでなくその家族とも交流を深め。
イリスの秘密を教えられて両思いとなったのが二年前だ。
その二年前に起きた事件で落ちたアルセーヌの信頼も本人の努力で取り戻してきており、このまま行けば当初の予定通り、アルセーヌが王太子となり自分は臣下へ下ってイリスと結婚するはずだったのに。
何故突然現れた、他国の王太子に振り回されなければならないのだ。
イリスが彼を選ぶはずはないと信じている。
シエルの巫女であるイリスにとって、サルマント王国は———例え原因が自国の王の不信心であっても———彼女の故郷を滅ぼした国だ。
いわば敵国の王太子であるヘンリクと結ばれるはずがないし、彼女の周囲が認めるはずもない。
それにイリスもレナルドが好きだと、昨日もそう口にしたし、ヘンリクからの求婚にも毎回はっきりと断りの言葉を告げている。
それでも———自分という婚約者がいながら、それを気にも留めずにイリスに求婚する存在がいる事が不快なのだ。
確かにイリスは美人で、性格だっていい。
自分だって一目惚れだったのだから、彼女に惹かれてしまう気持ちは分かる。
だがサルマント王国には王太子の妃となるのに相応しい令嬢は大勢いるはずだ。
それなのに何故、よりによって彼女を望むのか。
深いため息をつくレナルドを、アルセーヌとフランソワーズが労しげに見つめていた。




