04
「———で、これが今把握している面子だ」
バーナードはテーブルに一枚の紙を広げた。
「詳しい内容はスミアラに置いてきた」
「…思っていたより多いな」
クリストファーは広げられた紙に描かれた地図を見つめた。
そこには二つの国———このアランブール王国と隣国サルマント王国を中心に描かれており、所々に丸い印と数字が書かれている。
これらはバーナードが十年近くかけて集めた、旧シエル国民の中でも未だ女神への強い信仰を持っている者達の所在と人数だった。
「この二つの国以外にもいるかもしれんが、そこまでは流石に探しきれないな」
「これだけ分かっていれば充分だろう」
「…ところで」
バーナードはイリスの隣で地図を覗き込んでいるレナルドに視線を向けた。
「何で王子がここにいるんだ?」
手合わせの後、バーナードからの報告を受けるためにオービニエ家へと帰ってきたのだが、当然のようにレナルドも付いてきていた。
クリストファー達が特に制しなかったのでレナルドの前で全て話してしまったが、本来ならばシエルの民以外の、しかも王子に聞かせられる話ではない。
イリスの婚約者となった王子レナルドはある程度の事情を知っていると、王都に来る前に寄ったスミアラ家で聞かされてはいたが……そもそも婚約者とはいえ伯爵家に王子が気軽に来ている事も不思議なのだが。
「ああ…ここにいる時は僕の立場だとかは気にしなくていい」
レナルドは顔を上げるとバーナードを見上げた。
「僕はイリスの家族になるんだから、隠し事はいらないよ」
それで良いのかとバーナードが視線を送るとクリストファーは諦めたような眼差しを返した。
「…まあ、いざという時に王家の人間が味方にいれば都合のいい事もあるだろう」
根回しの一環なのか、以前からレナルドはイリスだけでなくその家族達との距離を必要以上に詰めていていたが、二年前、イリスが巫女である事を知られてからはそれが顕著になっていた。
放課後や休日には頻繁にオービニエ家を訪れ、食事を取っていく事も珍しくない。
ここにレナルドの姿がある事はすっかり見慣れたものになってしまっていた。
「ああ、好きなだけ利用してくれていい」
そう言ってレナルドは口角を上げた。
イリスはじっと地図を見つめていた。
地図の右、東側にあるのがイリス達が住んでいるアランブール王国。
大きな山脈を持ち自然が豊富で、農業や林業が盛んな国だ。
そして西側にあるのがサルマント王国。
その南側には大海が広がり、漁業や海運業などで栄えている。
そしてその二つの国の間にある色の変えられた小さな土地。
———それがかつてシエル聖王国だった場所だ。
「バーナード…シエルの土地には行ったの?」
イリスは顔を上げた。
「…ああ。やはり不毛の地だったよ」
「そう…」
神の加護を失った土地はその力が弱まる。
痩せた土地は作物が実らず、植物も枯れ人や動物が去っていく。
———サルマント王国も、手に入れたはいいけれど土地が死んでしまっては意味がない。
彼らの守護神であるオーケアノスの神殿を建て、何とか土地を蘇らせようとしたようだったが叶わず、ずっと放置されたままだった。
「神殿にも行ってみたが…結界なのか、見えない力で拒まれて入れなかった」
「———それは女神がそこで眠っているから、ユーピテル様が結界を張ったのよ」
それはユーピテルから直接聞いた話だった。
大神殿に行った時、たまに女神との思い出話を聞かされるのだ。
———そういえば、『妻の眠る土地を他の男が踏み荒らすのは許さぬ』と言っていたけれど…あの他の男とは、オーケアノスの事だったのだろうか。
海に住み、海を守る神。
「海…」
何か引っかかるような。
「———ああ、そういえば」
再び地図に視線を落としたレナルドが口を開いた。
「今度サルマント王国の王太子が短期留学にくるんだ」
「サルマント王国の?」
「向こうには学園制度がないから視察を兼ねるんだって。確か僕達と同じ歳だよ」
「そう…」
一瞬、奇妙な香りが鼻をくすぐったような気がした。




