02
決勝が始まった瞬間、訓練場は炎に包まれた。
火魔法を得意とするオレールが広範囲魔法を放ったのだ。
いきなりの出来事に観客席から悲鳴が上がる中、炎の海と化した訓練場の中心から渦巻きながら水柱が立ち上がった。
高く立ち上った柱が崩れ落ち、波となって炎を飲み込んでいく。
炎を消し去った波は再び何本もの水柱に変化すると、渦を巻いたままオレールへと襲いかかった。
オレールの手が光ると金色の剣が現れた。
その剣を横薙ぎに振るうと水柱は観客席まで覆い尽くすように飛び散り、霧散した。
「…派手だなあいつら」
レナルドがやや呆れたようにため息をついた。
「大技出し過ぎじゃないか?」
「楽しそうよ、笑っているし」
イリスの言葉通り、二人ともその顔に笑みを浮かべているようだった。
「本当に…アルセーヌ兄様は魔法を使う時は人が変わりますね」
戦闘を見つめながらジュリアンが言った。
「レナルド兄様は剣を持ってもそんなに変わらないのに」
「———普段抑制してるからこういう時に歯止めが効かなくなるんだろ。ジュリアンも気を付けろよ」
「はい…そうですね」
「ジュリアン殿下は剣と魔法、どちらが得意なんですか?」
「強いて言えば魔法ですが、兄上ほどでは…」
イリスの問いかけにジュリアンが答えようとしていると、大きな爆発音が響くと共に真っ白な煙が吹き上がった。
客席のあちこちから悲鳴とどよめきが湧き上がる。
「アルセーヌ様…」
二年前の事を思い出してフランソワーズが顔を青ざめさせた。
やがて煙が消えると、膝をついたオレールとその前に立つアルセーヌの姿があった。
「何だ…今のは…」
「———水魔法と火魔法が激しくぶつかると爆発が起きると聞いた事があるわ」
イリスが言った。
「急激に水が水蒸気になって爆発するんですって」
審判がアルセーヌの勝利を告げると悲鳴は歓声へと変わっていった。
「ああもう。最後でやられましたよ」
口では悔しそうに、けれどその顔には笑みを浮かべながらオレールは言った。
「…その割には嬉しそうですね」
「殿下と対戦するのは念願でしたから。やはりお強かったです」
「オレール様もさすがでしたわ」
「ありがとうございます」
オレールは立ち止まるとイリスに向いた。
「それでは私はここで。何かございましたらお呼び下さい」
「ええ」
イリスは目の前の扉を開いた。
そこは大神殿の中の、イリスのために用意された部屋だった。
アルセーヌの事件以来、定期的にここを訪れユーピテルの声を聞き、それを報告するのがイリスの役目となっていた。
イリスは部屋に置かれた椅子に腰を下ろすと持ってきた本を広げた。
声を聞くといっても、特に祈りを捧げるなどする訳ではない。
用があれば向こうから話しかけてくるので、適当にここで時間を潰すのだ。
ユーピテルの声は毎回聞こえる訳ではないし、聞いてもその殆どが労いの言葉や昔話のような他愛もない事だ。
イリスが本来声を聞くべき相手、女神ジュノーもその言葉を巫女に伝えるのは年に数度程度だったと伝えられている。
ただ王家や国の危機に関わるような言葉がいつ聞こえるか分からないため、定期的に通う事になったのだ。
そのおかげでこの冬は質の悪い感染病が流行るとの啓示を冬になる前に受けた。
すぐに対策に乗り出し、被害は最小限で抑える事ができた。
そうやって実績が出来てしまえば大神殿がイリスを手放すはずもなく、学園を卒業したら神殿に入らないかと勧誘されたのをレナルドや家族が猛反発して、最近それもようやく落ち着いた。
キリのいい所まで本を読み終えて、そろそろいいかとイリスは本を閉じ立ち上がった。
『巫女よ』
頭に声が響き———イリスは振り返った。
部屋には小さな祭壇があり、そこに神像が置かれている。
「ユーピテル様?何か…」
『潮の匂いがする』
「潮…?」
『西から潮の匂いを乗せて風が吹いてくる』
「…それはどういう…」
『シエルの巫女よ。風にさらわれぬよう気をつけるがよい』
そう言ったきりユーピテルは沈黙した。




