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美しい女性の像が立っている。
右手には杖を持ち、大理石で作られたその顔には気品があふれていた。
像の下、祭壇の前で一人の女性が跪いていた。
長い黒髪を垂らし、白いローブを纏った女性は祈りを捧げているように見える。
(ここは…どこ?)
イリスは周囲を見渡した。
大理石の柱が並んだ、広い空間はどうやら神殿のようだった。
———何でこんな所にいるんだろう。
家に帰ってきて、父親と話をして、布団に入って、それから…
「……夢?」
ポツリと呟くと女性が振り返った。
二十歳くらいの綺麗な人だった。
青の中に色々な色が混ざった瞳がイリスを捉えた。
「あなたは…」
どちらから漏れたか分からない言葉が響いた瞬間、イリスの視界が暗転した。
そこは同じ神殿のはずだった。
けれど整然と並んでいた柱は折れ、倒れ、祭壇は崩れ、像があったはずの場所には砕けた石の塊があるばかりだった。
「ここは…まさか…」
イリスは石の塊へと近づいた。
元の形が分からないくらいに砕かれたそれから、破壊者の悪意と憎しみが伝わってくるようだった。
膝をつくと、イリスは欠片を一つ手に取った。
ひんやりとした温度と触感を、夢の中とは思えないほどはっきりと感じる。
———ここに女神は眠っているのだろうか。
こんなに朽ち果てた…淋しい廃墟で、たったひとりで…
『我の目覚めを望むか』
頭の中に声が響いた。
それは威厳を感じさせる女性の声だった。
「…女神…ジュノー?」
『我を望むならばここまで来るがよい』
手の中の欠片が光を帯びた。
『心から我を望み、誠を示せ。其方が橋となり我を望む者を我へと導け』
「私が橋に…」
『虹の瞳を継ぐ娘よ。そなたが帰るのを楽しみにしておるぞ』
広がった光がイリスを包み込んだ。
目を開けると見慣れた天井が見えた。
「夢…?」
呟いて、右手を固く握り込んでいる事に気付く。
手を開くと中に乳白色の欠片があった。
「…夢…だけど夢じゃない…?」
ベッドまで差し込む陽の光にかざして改めて欠片を眺めると、何故か懐かしいような感じがした。
「おはようございます、お嬢様」
「おはよう。お父様達はもう出かけたの?」
着替えを済ませて食堂に降りてくるとテーブルには一人分の食器が並べられていた。
「はい。お嬢様はお疲れでしょうから今日はゆっくりするようにと伝言を頂いております」
メイドがそう答えながら紅茶を注ぐ。
「…そう」
いつまでも過保護な家族に苦笑しながら遅い朝食を済ませると、イリスは書庫へと向かった。
「———やっぱりここにはないわよね…」
書庫には父親が仕事で使う魔術に関する本ばかりで、イリスが欲しかった、神々に関する本はなかった。
おそらく領地の家にもないだろう。
「…お祖父様の所に行かないとダメかしら」
報告したい事もあるし、夏季休暇に向こうに行ってもいいか聞いてみよう、そう思っているとメイドが入ってきた。
「お嬢様、レナルド殿下がいらっしゃいました」
「…え?」
「おはよう、イリス」
ドアの向こうから笑顔のレナルドが顔を覗かせた。




