09
「アル……」
その姿を見たフランソワーズは息を飲んで絶句した。
拝殿に連れてこられたアルセーヌは力なく床に座り込んでいた。
焦点の合わない虚ろな瞳は何も映していない。
「アルセーヌ!おい…っ!」
レナルドが肩を揺らしても反応がなかった。
「殿下は王都の外れで、複数の男達に囲まれている所でした」
クーパーが説明した。
「男達は取り押さえて王宮で取り調べています」
「邪神に取り憑かれる、と言いましたね」
祭司長はイリスを見た。
「はい」
「どんな神か分かりますか」
イリスは祭壇の神像を見上げた。
「…アポフィス、だそうです」
祭司達が顔を見合わせた。
「アポフィス?」
「聞いたことがない…」
「ずっと西の方で信仰されていた、忘れられた神のうちのひとりだな」
クリストファーが言った。
「蛇の形をして人の心を惑わすと聞く」
「お詳しいのですね」
「家に古い文献が多く残っていますので」
祭司長の問いに答えると、クリストファーはイリスを見た。
「人間を憑代にする事もあるというが…まさか殿下に?」
イリスは頷いた。
「アルセーヌ殿下に取り憑いているようです。これからユーピテル様がそれを解くので…全員殿下から離れて下さい」
イリスの言葉に応えるように、神像が光を帯びた。
「…う……」
アルセーヌが呻き声を上げる。
苦しげに荒く息を吐くと、その身体が震え始めた。
げほっ、とアルセーヌが黒い何かを吐き出した。
それはモヤのような、影のような黒く長いもので…渦を描くように伸びていく。
アルセーヌの周囲を渦巻くその様子はまるで蛇がとぐろを巻いているようだった。
「あれは…!?」
「アルセーヌ様…っ」
黒い渦はやがてアルセーヌを離れ、上昇しだした。
吸い寄せられるように神像へと向かって行く。
渦へ向かって神像から光が放たれるとパシッ!と激しく弾けるような音が拝殿内に響きわたった。
ガツン、と何かが床に落ちた。
それは人間の拳くらいの大きさの、黒い石のようなものだった。
「これは…」
「アポフィスを封じたものです」
イリスが言った。
「神の力の強さは人間の信仰心で変わります。封印を解かせないために、人の気に触れさせないよう保管して下さい」
「アルセーヌ様!」
床に倒れているアルセーヌにフランソワーズが駆け寄った。
「アルセーヌ様…アルセーヌ様…」
肩をゆするが、ピクリとも動かない。
「…数日は目が覚めないかもしれません」
イリスの言葉に、フランソワーズは目を見開いて振り返った。
「そんな…」
「殿下は魔力が消耗している状態です。目が覚めれば元の状態に戻りますから」
「アルセーヌ様…」
フランソワーズは力のないアルセーヌの手を握りしめた。
「アルセーヌ殿下は王宮へ運びます。フランソワーズ様も」
クーパーが促して、フランソワーズを立ち上がらせた。
騎士達がアルセーヌを運び出していく。
「レナルド殿下もご一緒に戻られますか」
「———いや、後から戻る」
「それでは失礼いたします」
「イリス様…ありがとうございました」
フランソワーズ達が出ていくのを見送ると、祭司長は床に落ちた黒い石に視線を落とした。
「これはとりあえず禁書類が収めてある場所へ運べ。早急に保管方法を決めないとな」
そう言うと、イリスとクリストファーへと向いた。
「イリス様、ありがとうございました。…それで、お二人にお伺いしたい事があるのですが、よろしいでしょうか」




