08
「レナルド殿下」
ソファに横たえたイリスを見つめるレナルドに祭司長は声をかけた。
「イリス様のお力について、何かお聞きになっていますか」
「…いや」
イリスを見つめたまま、レナルドは答えた。
「魔力が高すぎる事は聞いているが…」
出会ってから五年。
何度も領地に住むイリスの元へ通い親交を深めてきたが、それでもイリスは自分に心を開いてはいないと感じる事は多々あった。
好意は抱かれていると思っているが…決して心を許してはいない。
それはイリスが王都へ出てきて毎日のように会えるようになってから、更に感じていた。
彼女が何か秘密を抱えているのだろうという事は察しているが…それが何なのかまでは分からない。
「神の声を聞くという事は我々には出来ません」
祭司長は言った。
「我々が受ける神託は水晶の色であったり、空気の状態であったり…小さな変化を読み取り、分析して神が伝えたいのはこういう事ではないかと推測するのです」
「推測なのか」
「推測といっても長い歴史と経験を積み上げてきていますから。判断を間違う事はほぼありません」
祭司長は視線をイリスへと向けた。
「ですがイリス様は…先刻の様子を見るに、直接神の言葉を聞いているようです」
「…そんな事が可能なのか」
「他国での話ですが、過去には神の言葉を伝える力を持つ者があったと伝えられています」
レナルドはそっとイリスの頬に触れた。
倒れた直後は冷たいと感じた肌には体温が戻っていた。
乱れた黒髪を整えるように撫でると、固く閉ざされた瞼がピクリと震えた。
「イリス」
ゆっくりと瞬きをすると青い瞳が現れた。
「…気がついたか」
「———レナルド…」
イリスは小さく息を吐くとレナルドの名を呼んだ。
「まだ横になっていた方がいい」
「いいえ」
身体を起こすのを制しようとしたレナルドに首を振ると、イリスは上体を起こした。
「アルセーヌ殿下が見つかりました」
イリスの言葉にどよめきが上がった。
「大神殿に着いたら、拝殿に運んで下さい」
「アルセーヌ様は…ご無事なの…?」
ずっと不安な表情でいたフランソワーズが震える声で尋ねた。
「……怪我はないようですが…心が、不安定になっているようです」
「イリス様」
祭司長はイリスの側に立った。
「大神の声が聞こえるとは、どのように聞こえるのでしょうか」
「…ええと…頭の中に…話しかけてきます」
「それは、人間が話すのと同じ言葉で?」
「はい」
「今まで神の声を聞いた事は…」
バタン、と乱暴に扉が開かれる音が響いた。
「イリス!」
「お兄様…」
突然現れたクリストファーの姿に、イリスは目を見開いた。
「どうしてここに…」
「腕輪を外しただろう」
クリストファーはイリスの目の前に立つと、肩を抱き寄せその耳に口を寄せた。
「力を使ったのか」
「……ごめんなさい。アルセーヌ殿下を助けるのに力を貸して欲しいと言われて…」
「身体は?」
一瞬目を泳がせたイリスにクリストファーはため息をつくと、その身体を抱きしめた。
「無理をさせるなと伝えておけ」
「…はい」
「おいクリストファー」
イリスの頭を撫で始めたクリストファーに、レナルドが声を上げた。
「いい加減イリスから離れろ」
「妹を労っているんです」
「そういう事は僕が…」
廊下が騒がしくなる気配がした。
「アルセーヌ殿下を保護しました」
部屋に飛び込んできたクーパーの顔は青ざめていた。




