09
家に戻ると、父と兄が既に帰ってきていた。
「今日は二人とも早いのね」
「王宮で大規模な夜会があるんだ。皆出払うから仕事は夕方で終わったよ」
「…二人は夜会に出ないの?」
大規模というからには伯爵である父親と、成人しているクリストファーも参加するものではないのだろうか。
「ああいうのは面倒臭いからね」
ソファでワインを飲みながらくつろいでいたフェリクスが答えると、クリストファーも同意するように頷く。
「それに最近はクリストファーへの売り込みが多くて、余計に疲れるんだよ」
「…昨日フランソワーズ様から聞いたわ。お兄様が話題になっているって」
「そうなんだよ。さっさと結婚相手を見つけてもらいたいんだけどねえ」
「まだいいです」
クリストファーは冷たい声で返した。
「それにイリスがレナルド殿下と婚約したからね。今まで社交界とは縁のない〝魔法馬鹿の家〟だったのに、出来のいい子供達のおかげで色々とうるさいんだ」
心底面倒そうにフェリクスはため息をついた。
クリストファーへの縁組の話だったり、またオービニエ家に近づきになろうと、最近研究室にまで部外者がやってくるようになったのだ。
「今日から授業だったんだろう。どうだった?」
そんな父親を横目で見ると、クリストファーはイリスに尋ねた。
「…まだ初日だから。それよりも…」
「それよりも?」
「同じクラスに祭司長の息子がいたわ」
イリスはオレールとの会話を説明した。
「大神殿にとって大事か…それは厄介だな」
「それともう一つ」
イリスは父と兄を見渡した。
「レナルドに見られていたの…私の瞳が虹色になったのを」
「いつ」
「加護の光を受けた直後に。すぐ戻ったみたいだけど…」
「———それで、レナルド殿下には何と説明したんだ」
「レナルドは私が何か知っているって気づいたみたいで知りたがっていたけれど、お父様に聞いてみるって押し通したわ」
「…お前もクリストファーに似てきたね」
フェリクスは苦笑した。
「いや、レイン譲りかな」
「お母様?」
「彼女も見た目は可愛らしかったのに気が強くてね。なかなか強情だったよ」
懐かしそうに目を細めると、フェリクスはイリスを自分の隣へと座らせた。
「イリス。殿下にお前の事を明かす気はないのかい」
「…レナルドに…」
「殿下は知りたがっているんだろう」
「私は…レナルドに知られるのが怖いわ」
父親を見つめてイリスは答えた。
「怖い?」
「私の素性と力を知られたら…どう思われるか、分からないもの」
そう言うとイリスは目を伏せた。
「レナルドは王子だもの。このアランブール王国の事を第一に考えないとならない人だわ。だけど私は…私の一番は……」
「イリス」
フェリクスの手がぽん、と頭に乗せられた。
「私がレインから彼女の血筋や使命について聞いたのは、彼女に求婚した時だった」
イリスは顔を上げた。
「それを聞いた時、レインを守りたいと思ったんだ。彼女の助けになりたいと。好きな相手の事を守りたいと思うのは当然の事だ」
娘の頭をそっと撫でる。
「だから殿下もきっと、お前を受け入れて、お前の助けとなってくれるよ」
十代の少年とは思えないほど、イリスへの執着を見せ、迎え入れる為に努力を惜しまないレナルド。
———きっと彼ならば、イリスの秘密を知ってもそれを受け入れるだろうし、守ろうとするだろう。
「今はまだ早いかもしれないけれど、お前の心の準備が出来たら殿下に話すといい。ね」
「…はい」
父親を見つめて、イリスは頷いた。




