01
天使だと思った。
ほんのりと色づいた柔らかそうな肌に、艶やかな黒髪。
こちらをひたと見つめる青い瞳には一片の濁りもなく。
赤い小さな唇から紡がれる言葉はどんな音色を響かせるのだろう。
「君は…」
引き寄せられるように一歩踏み出すと天使は驚いたように身体を震わせ、くるりと身を翻すとあっという間に走り去っていった。
「殿下」
その軽やかな動きに見惚れてしまい、動けずにいると背後から声を掛けられレナルドは振り返った。
「クリストファーか」
「どうなさいました」
レナルドよりも五歳年上、十五歳にしては大人びた雰囲気の少年が立っていた。
「天使がいた」
「天使?」
「黒髪で青い目の…」
その言葉にクリストファーが一瞬顔を強張らせた。
「———知っているのか」
そう尋ねて、目の前の少年と先ほどの天使の面立ちが似ている事に気づく。
「妹か」
勘が鋭いレナルドの言葉にクリストファーは思わず漏れたため息で応えてしまった。
「…まだ紹介されていないが?」
この屋敷に滞在するようになってから五日は過ぎている。
それなのに一度もあの天使…のような少女の姿を見るどころか気配さえ感じた事がなかった。
「大事な大事な大事な妹ですから」
持ち直したクリストファーはにっこりと笑った。
「悪い虫が付かないように大事に育てているのです」
四回も言葉を重ねるとはよほど〝大事〟なのだろう。
———だが。
「僕は悪い虫か」
「現に興味を持ったではないですか」
仮にも王子に対するとは思えない眼差しを向けられ、レナルドは思わず眉をひそめた。
「僕は…」
「王子であろうと何であろうと。妹に近づこうとする男は全て悪い虫です」
迷いなく答えるクリストファーの瞳は、それが本気だという事を表していた。
「…そんな事を言って、どこにもやらない気か」
「殿下が気にする事ではありません。———それよりも、何故こんな所にいるのです」
屋敷の外に出るなと言ったではありませんか。
今度はそう非難するような目で見られてレナルドは首をすくめた。
「…何日も屋敷の中に閉じこもっていたら息が詰まる」
「それは同情しますが、ご自身の立場を考えて下さい」
「分かっている」
子供らしく頬を膨らませて答えると、レナルドは背を向けたクリストファーの後に付いて歩き出した。