03
「え…?」
見回すと真っ白な空間だった。
隣にいるはずのレナルドも、目の前の祭壇も…何もなかった。
「ここは…」
『そなたの心の中だ』
「心の中?」
『話がしたいと思っていたが、そなたは私の巫女ではないからな。ここまで来てもらわないとならなかったのだ』
「———ユーピテル様…?」
周囲を見回すイリスの目の前に、光の塊が現れた。
ゆらりと揺れながら、人の様な形をとる。
「話、とは…」
『他でもない、我が妻の事だ』
「…女神の…」
『あれは長い眠りについている。百年前からだ』
イリスは息を飲んだ。
「…それは…あれ以来ずっと…ですか」
『そうだ。我らは永き時を持つとはいえ、いい加減あれの顔も見たいし声も聴きたいのだ』
少し拗ねたような、まるで人間のような、相手への愛情を感じさせる声にイリスは思わず笑みをもらした。
『百年ぶりにやっと〝虹の瞳〟を持つ娘が生まれた。———巫女イリスよ、我が妻の眠りを覚ます事ができるのはそなただけだ』
「…どのように…ですか」
『鍵はそなたの中にある。あれの眠る場所で、鍵を開けて欲しい』
「眠る場所…それは…」
『かつて神殿があった、かの地であれはひとり、眠っているのだ』
「何故…女神は眠りについたのですか」
『———あれは疲れたのだ』
目の前の光が大きくなると、イリスを包み込んだ。
『ジュノーが目覚めるまで、代わりに我が加護を与えよう。巫女よ頼んだぞ』
イリスの身体に吸い込まれる様に光は消えて行った。
「イリス!」
レナルドの声にイリスは我に返った。
「あ…レナルド…?」
「大丈夫かっ」
「…今……?」
「突然イリスが光に包まれたんだ」
不安な表情のレナルドがイリスの顔を覗き込んでいた。
「光…」
先刻頭の中で響いていた言葉と光がよぎる。
———あれは私にしか聞こえなかったんだ。
自分に〝そういう力〟があるのは知っていたが、実際に声を聞いたのは初めてだった。
「祭司長、今の光はなんだ」
ぼうっとした様子のイリスの身体を抱き寄せて、レナルドは神官達を見回した。
祈りを捧げていると突然眩しさを覚え、目を開くと隣のイリスが光に包まれていたのだ。
「…さあ…このような事は聞いた事がなく…」
祭司長も戸惑ったような表情を見せた。
「イリス、どこか具合が悪い所はない?」
「…大丈夫よ」
再び顔を覗き込んだレナルドに笑みを向ける。
「本当に?」
「…少し身体が熱い気はするけれど」
「大丈夫じゃないじゃないか!」
加護を与えると言われたからそのせいだろう。
イリスはそう思ったのだが、事情など知らないレナルドは焦ってイリスの額に手を触れた。
「…本当だ、熱がある」
言うなりレナルドはイリスを横抱きにして抱き上げた。
「っレナルド…!」
「横になれる場所はあるか」
「大袈裟だから…」
「何かあったらどうするんだ」
「…休息室へ案内して差し上げろ」
祭司長の指示で神官達がバタバタと動き出すと、イリスを抱きかかえたレナルドを拝殿の外へと連れて行った。
「———祭司長」
残った祭司長に、傍に控えていた祭司が声をかけた。
「過去、似たような件がなかったか調べろ」
祭司長は小声で告げた。
「それからあの少女の素性についても詳しくだ」
「はっ。…これは神殿にとって凶事でしょうか…吉事でしょうか」
「お前は気付かぬか?この部屋の空気に」
「空気、ですか」
「少なくとも我が大神はあの少女の存在を喜んでおられるようだ」
口元に笑みを浮かべて祭司長はそう答えた。