01
「ここが王都———」
馬車の車窓から見える景色にイリスはため息を漏らした。
「領地とは全然違うだろう」
「ええ」
隣に座る兄クリストファーと顔を見合わせ笑顔で答える。
小さな町しかなかった領地と違い、舗装された道に大きな建物が整然と立ち並ぶ姿は圧巻だった。
「あの大きな建物は何?」
建物の向こうに見える、一際大きな白い建物を指す。
「…この国の神殿を統括する大神殿だよ」
「あれが…」
食い入るようにイリスは大神殿を見つめた。
十五歳になり、イリスも学園に通うためこの春から王都にあるタウンハウスに住むことになった。
イリスの魔力もだいぶ安定していた。
時折不安定になる事もあるけれど、父親が仕事の合間に研究して作ってくれた腕輪をはめていれば制御できなくなるほど魔力が溢れ出す事はない。
腕輪さえ外さなければ王都でもどこでも出かけられるのだ。
王都にあるタウンハウスはイリスがずっと暮らしていた領地の離れより少し大きいくらいのささやかなものだったが、親子三人で暮らすには問題ない。
「イリス!」
入ろうとした扉が開くとともに飛び出してきた影がイリスを抱きしめた。
「会いたかった…」
「……殿下。何故あなたが我が家にいるんです」
「イリスの出迎えだ」
呆れた表情のクリストファーに真顔でそう答えると、レナルドは腕の中のイリスを見た。
「しばらく会わない間にまた綺麗になったね」
「…しばらくって、先月会ったばかりよ」
「一ヶ月以上も会わなかったんだからしばらくだよ」
嬉しそうに妹に頬をすり寄せるレナルドとそれを嫌がらないイリスの姿に、クリストファーは諦めたようにため息をついた。
五年前に出会って以来、レナルドは頻繁にイリスへ手紙やプレゼントを贈り続け、クリストファーが休暇で領地に帰る時は必ずといっていいほど付いてきていた。
クリストファーは王都にいる間もレナルドから剣の手合わせを求められ、それ以外の勉学などにも意見を求められる事が多く———学園卒業後は父親と同じ魔術局に入ったはずなのに、すっかり周囲からはレナルドの側近のように扱われていた。
そして妹のイリスも、王宮に行ったことも、ほとんどその姿を知る者もないにも関わらず、レナルドの婚約者だと認識されているのだ。
———未だクリストファーに剣では勝てていないが、先に周囲への根回しを進めているレナルドのあざとさと巧知は、認めないわけにはいかなかった。
「本当はゆっくりイリスと過ごしたいんだけど…もう戻らないとならないんだ」
眉を下げてそう言うと、レナルドは懐から手紙を取り出した。
「今日はこれを届けに来たんだ」
「手紙?」
「母上が明後日、お茶会に招待したいんだって」
「レナルドのお母様が…」
手紙を受け取ると、イリスは困惑したように兄を見上げた。
「…謹んでお受けいたしますと伝えて下さい」
王家の印章付きの招待を、伯爵家が断れる筈もない。
到着早々イリスを王宮に呼び、家族に会わせようとするレナルドの周到さに心の中でため息をついてクリストファーは頭を下げた。