10
「僕はクリストファーより強くなる!」
翌朝。
顔を合わせるなりレナルドはイリスに向かってそう言い放った。
「そうしたらイリスに求婚するから、待ってて」
イリスの手をぎゅっと握りしめ見つめる、その瞳には強い意志が宿っていた。
「殿下…」
「王位争いなんて起こさないから。イリスは何にも心配しなくていいからね」
「あの…私は……」
「それと、イリスに好きになってもらえるよう頑張るから。返事は求婚した時に聞かせて、ね?」
「は、い…」
相手の勢いに押されて思わず頷いたイリスを、レナルドはぎゅっと抱きしめた。
「何をしているんです」
そこへ現れたクリストファーが二人を引き剥がすとイリスを背後へと隠した。
「クリストファー、僕はお前より強くなってイリスを娶るからな」
「そうですか、せいぜい頑張って下さい」
「だから訓練を手伝え。僕と手合わせをしろ」
「…何故殿下に協力しないとならないんです」
「なんだ、僕の方が強くなるのが怖いのか」
「———ほう、大した自信ですね」
結局手合わせをする事になった二人を、昨日と同じようにイリスは眺めていた。
時折どちらか———主にレナルドが怪我をすると、すかさず治療魔法で治してやる。
「さすがフェリクスの娘だね」
疲労の溜まったレナルドに回復魔法を放った所で声をかけられ、振り返るとコナーが立っていた。
「その歳でもう魔法を使えるんだね」
「…他の人は使えないのですか?」
「普通は学園で習って初めて実践できるようになるんだよ。魔術師の家の子でも十歳では自分の魔力の流れをコントロールできるくらいだ」
コナーはイリスの隣に腰を下ろした。
「お兄さんの方も既に一人前の魔術師として働けるくらいの腕前らしいね。…それにあの剣」
視線を送った先にはレナルドを簡単にあしらうクリストファーの姿があった。
「魔法はともかく、彼はどこであの剣を覚えたのかな」
「…以前、屋敷にいた人に教えてもらっていました」
「護衛とか?」
「はい。前は王宮騎士団にいたそうです」
彼はイリス達の〝同類〟だった。
他の仲間を探す旅に出て———今はどの辺りにいるのだろう。
「なるほど、騎士仕込みか。どうりで強い訳だ」
「…そんなに兄は強いのですか?」
魔法はともかく、イリスには剣の事はよく分からない。
「ああ、速さもあるし太刀筋がいい。———彼がレナルド殿下の侍従になってくれたらいいんだけど」
「お兄様が…?どうしてですか?」
「レナルド殿下はあまり目立たない方がいいんだ。だから彼みたいに後ろ盾としては弱いけれど優秀な人間が側にいてくれると助かるんだ」
権力争いを避けるためにね、と言ってコナーはイリスを見た。
「君がレナルド殿下の妃になれば、彼も付いてくるかな」
「……どうでしょう」
兄に忠誠心なんてものはないだろうから、レナルドに従うのは難しそうだけれど。
「それじゃあイリス、また会いに来るからね」
迎えに来た馬車に乗って父親達と共にレナルドが去り、夏季休暇が終わったクリストファーが王都へと向かい。
屋敷にはイリス一人だけの静かな時間が戻った。