09
「まったく。うちの子供達は不敬という言葉を知らないようだね」
言葉とは裏腹に笑顔でフェリクスは言った。
レナルドとコナーを屋敷に残し、イリスを送り届けた離れで親子三人、向かい合っていた。
「父上だって虫退治に参加しようとしたではないですか」
「父親としてあれくらいは示しておかないと。———ああ、やっぱりイリスの入れたお茶が一番美味しいねえ」
ティーカップを口に運び、一口飲むと頬を緩める。
離れは夜になるとイリスしかいなくなる。
その為本来ならば侍女に任せるような、お茶や着替えといった身の回りの簡単な事はイリス一人でできるのだ。
「それで、殿下はイリスの事をどこまで知っているのかな」
「魔力が不安定なために、夜はこの離れに一人で住んでいる事は伝えました」
「それ以上の事は?」
「言うわけないじゃないですか」
「クリストファー。お前は殿下の事が嫌いなのかな」
「嫌いとかいう問題ではないです」
「息子よ」
フェリクスは優しい眼差しを息子に向けた。
「私はね、イリスよりもお前の方が心配なんだよ」
「僕の方が?」
「お前は一人で全て抱え込もうとする。確かにお前達が秘めているものは、そう容易く共有できるものでもない。けれど二人きりで抱えられるものでもないのだから」
「…何が言いたいんです」
「私が殿下をこの家に匿う事にしたのは、彼ならイリスを守る事ができるんじゃないかと思ったからだよ」
「は?イリスと殿下を引き合わせるのが目的だったんですか?!」
「———お父様は、殿下の事を知っていたの?」
「可愛い娘の夫候補は早めに探しておかないとね」
貴族同士の社交や評判なんて興味なさそうな父親が、どうやって探したというのだろう。
「魔術局にいれば色々情報は入ってくるんだよ」
疑問が顔に出ていたのか、そう言ってフェリクスはイリスの頭を撫でた。
「イリスの言った通り、レナルド殿下は真面目で忠実な方だ。もしもイリスの秘密を知ってもきっとお前を守ってくれるだろう」
「イリスを王族に嫁がせろと?」
「後ろ盾としては最適だと思うよ」
「ですが」
「…まあ、いずれは臣下に降ると思っていたというのもあるんだけどね。今日のコナーの話を聞くとレナルド殿下が王位を継ぐ可能性もあるね…」
さすがにイリスを王妃にはできないよね、とクリストファーを見ると大きく頷いた。
「そもそも僕は認めませんよ、殿下がイリスにふさわしいとは思えない」
「お前からすれば誰が相手でも不満なんだろう」
「イリスを守るのは僕一人で十分だ。この国の者に頼る必要はありません」
「クリストファー」
フェリクスはため息をついた。
「それはつまり、私も必要ないという事かな」
「っそういう訳では…」
「確かに私には〝継ぐべき血〟は流れていない。だけど私はお前達の父親なんだ。父親として、子供の幸せを望んでいるんだよ」
二人の子供を交互に見てフェリクスは目を細めた。
「お前達だけで負おうとするな。この国にも、他の国にも、お前達の味方はいるのだから」
「父上」
「お父様…」
「愛しているよ、私の大事な子供達」
大きな手が二人の頭を撫でた。