二日目 須賀君(1)
「今度、東京に行く予定があるんだけど、その時会えないかな?」
先月、何年か振りに須賀君に電話をした。
「まじで?会おうよー」とフレンドリーな雰囲気の声が聞こえた。いつ来るの?と聞かれたので、二月末、と答えた。
「三月じゃダメなの?」
三月の初めに、クラブイベントをやるから、その時においでよ、と言う。須賀君が東京で会社員をしながら、趣味でクラブDJをやっているということは以前から聞いていた。
結局僕はその誘いに乗ることにした。日程をずらして、三月の初めに東京に来た。須賀君に会いたかったからだ。
*
彼とは高校三年生の時、同じクラスだった。
「それ何聴いてんの?」
昼休み。須賀君が話しかけてきた。
まだ六月だというのに教室は蒸し暑くて、開け放たれた窓から一定の間隔で風が流れ込み、カーテンを揺らしている。
僕は窓際の席に座り、イヤフォンをつけて、一人で音楽を聴いていた。
須賀君のまわりには、いつもつるんでいるクラスメイトはいない。人気のある男だから、一人でいるのは珍しいことだ。
僕はだるそうにイヤフォンを外した。
A7Xってバンドだよ、と答えた。最近アメリカで人気のメタルバンドの事だったが、明らかに説明が足りない。通じなくていいやと思った。めんどくさかったのだ。だが話は通じた。
「A7Xとか、聴くんだ」彼はリラックスした雰囲気で僕の前の席に座った。
「この前『nightmare』出たよね」
そしてそのニューアルバムの出来がイマイチだったな、という話で盛り上がった。
それから卒業するまでの間、須賀君と、たまに音楽の話をするようになった。それは、数少ない幸せな時間だった。
高校を卒業すると、須賀君はアメリカの大学に進学した。そんな選択肢があるなんて、自分は想像すらできなかった。そして僕は大学受験に失敗し、フリーターになった。
須賀君はきっと、博愛主義者なのだろう、自分の知り合い全てに、うっすらとした愛情を持っている。僕らは友達かといえば、たぶんそうではない。僕はきっと、須賀君のなかでは、大勢いる仲のよい知り合いのひとりだ。