二日目 恵比寿(4)
たしか恵比寿は、かなりお洒落で、人気のある街のはずだ。恵比寿にアパートを借りて暮らすのが夢だったが、家賃があまりにも高くてあきらめたという芸能人のエピソードを、何かの雑誌で読んだ記憶がある。
待ち合わせ場所の三階入り口は、すぐにわかった。
五分くらい待っていると真琴はやってきた。
「ひさしぶり」
「ひさしぶり・・・」緊張で声がかすれた。すぐ近くに来るまで気付かなかった。真琴は大人の女になっていた。ゆるくウエーブした長い髪が揺れている。
「七時から学校があるから、一時間くらいしか居れない」
僕らは駅ビル内のカフェに入り、カウンターでスープを買って席に着いた。
「そうか、大変だな。そんな遅くに授業?」
「まあ、大学じゃ無いんだけど。夕方からアナウンスの学校にも行っているの」
「そうだったのか。アナウンサー目指してるの?」
「まあね」
真琴がスープを飲むと、長い髪の毛が肩に落ちて揺れた。良い香りがする。
「会ってくれないと思ってた」
「アナウンスの学校が、新宿にあるんだよ。だからついでだし、いいか、と思って」
そうだったのか。少し納得した。
「で、何で来たの?東京に」
「いや、どんなところかなあと思って。東京、来たこと無かったから」
「ふうん」
「真琴、変わったな、綺麗になった」
「そうかなあ」初めて笑った。笑うと子供っぽい。
やっと昔の面影と重なった気がした。
「東京で、どっか行った?」
「昨日、成城学園前に行ったよ」
「成城学園前?何しに?」
「親戚のおじさんに会いに」
「へえ。あたし、成城学園前に行ったことないよ」
「本当は今日、弟と会う予定だったんだけど、ドタキャンされちゃってさ」
「ああ、哲平君。今どうしてるの?」
「大学に行ってる」
「へえ、そうなの?何大学?」
僕は東京の三流大学の名前を言った。
「ふうん」真琴の反応は薄かった。
「真琴はどこの大学に行ってるの?」
真琴はある女子大の名前を言った。
「本当は上智とか、もう少し上を狙いたかったんだけど、立教とか」
それからしばらくの間、地元の話とか、昔の話をした。スープを飲み終えると、僕はカウンターに行って水を二つ貰ってきて、また少ししゃべった。
「じゃあね、元気でね」グラスの水が空になり、真琴は席を立った。僕は雑踏の中に消えていく真琴の背中を、見えなくなるまでずっと見ていた。
ホテルの部屋に戻ると、昨日と同じくテレビをつけ、ユニットバスに湯を張った。そして、お湯が溜まるまでの間に電話をかけた。ただ電話の相手は弟では無い。
明日の夜会うことになっている、須賀君という男だ。