初日 東京へ(1)
駅のホームで小倉駅へ向かう電車を待っていた。
三月になったばかりだ。
まだ少し寒いが、吹く風はもうすぐ春が来ることを感じさせた。
僕はボストンバッグを両手で持ち、見慣れた自分の街を眺めながら電車を待った。
僕この九州の海沿いの町で生まれ育った。
今年で二十七歳になる。これから東京に行き、人生を終えようと思っている。
そんな自分の人生で心残りがあるとすれば、それは東京のことだ。
生まれてから一度も、東京に行ったことが無い。
だから東京を旅したい。それが人生でやり残したことだからだ。
人気の無いホームにメロディーが鳴り響き、電車がやってきた。
僕は心の中でこの町に別れの挨拶をして、電車に乗りこんだ。
この東京の旅を計画するとすぐに、いろんな人に電話をかけた。
とにかく自分の連絡先に入っている中で、東京に住んでいそうな人にかたっぱしから電話をかけた。
自分は人と話すのが得意じゃないので、もしかしたら、東京にいる間、ずっと無言でいるかもしれない。
それは少しきつい。
それに東京を旅行すると言っても、観光地に行きたいわけではないし、いまいち目的地が具体的じゃない。
だから東京で会える人と約束しておき、その人たちを順に訪ねていこうと思った。
そうすれば、東京を旅できるし、孤独も感じなくてすむ。
僕は東京に三泊して、四日間居るつもりでいる。
そして東京での初日、会う約束をした人は、従兄弟だった。
名前をシゲルさんといい、十歳上で、東京で建築設計事務所を開いている。
午後五時頃、新幹線は東京駅に着いた。
エスカレーターで一階に向かいながら、シゲルさんに電話をかける。
「はい」
シゲルさんの声は低くて、駅の騒音とぶつかって聞こえにくい。
「あ、いま東京駅に着いたんですけど・・・」
「はいはい・・・今夜だったね、そういえば」
電話のむこうから、ぱらぱらと、紙をこする音が聞こえる。
「えーっと、夜の七時でいい?」
「はい」
「小田急の成城学園前駅まで、来れる?」
「はい、大丈夫です」
「じゃあ改札の前で待ち合わせよう」
「あ、はい」
じゃあまた後で、と言って、電話はきれた。






