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3、ゲコーマン勧誘

ゲコーマンを捕まえたジュウロウとトシ。敵である王都からの諜報員であるゲコーマンをどうするのか。

「にわかには信じられん・・・」


 リザードマン改めゲコー(つまりヤモリ)マンとなった男は、机の上に載せられた2匹の爬虫類、トカゲとヤモリをまじまじと見比べて言った。


 3人は森の入り口にある小屋の中にいた。


 ゲコーマンの両手は昆布で縛られたままで、胴体も昆布で柱に縛り付けられていた。


 ゲコーマンはジュウロウやトシの話に耳を傾け、抵抗するそぶりはない。


 トシは分厚い本を開いてゲコーマンに見せた。


「”魔導士ミルボーイの新版アカシックレコード2222 ~±500年の歴史と予知~”によると本来のあなたの種族であるゲコーマンはおよそ1000年前に南方にあった都市やその近郊の森林で暮らしていたようですね。温厚な種族で、広く他種族と共生し、平和を好んだが、600年前にゾゾッゾ族とともに王と戦い、絶滅したと書かれています」


「いや、そんな歴史聞いたことがないが」


 ゲコーマンは疑わしそうにつぶやくが、ジュウロウもトシも真面目な表情でその分厚い本の内容を信じているようだった。


「歴史の改変か。おそらく、王がゲコーマンの種族を壊滅させたのは本当だろう。でも、絶滅はさせなかったんだ。生き残りを帝都で繁殖させ、古から王に仕えてきたリザードマンであると思わせて利用した」


 ジュウロウがつぶやいた。


「ならば、仮にもしもその通りだとして、本当のカゲトカゲ……リザードマンはどうなったんだ」


 ゲコーマンが尋ねた。


「絶滅したか、あるいは別のところで生かされているのか、それはわからないですね。なにせ、あなたの話では、帝都にはリザードマンどころかトカゲが一切生息していないそうじゃないですか。王政はそこまで徹底して事実を隠蔽しているのですから真実を探るのは容易ではないでしょう」


 トシがそう言うのを聞いて、ゲコーマンは腕を組んで俯いた。ジュウロウが話しかける。


「もし、君たちの種族が、自分たちがリザードマンではないと、ただの騙されてきたゲコーマンだった、と知ったらどうなる?」


「いや、そんなはずはない。我々の種族は600年前のかの戦争よりもはるか昔の先史より偉大なる王に仕えてきた誉ある種族。偉大なる王との契約の下で永久の繁栄を約束され、変わらぬ忠誠を誓ってきた。それを今さら嘘だったなどと」


「カゲトカゲとして汚い仕事をさせられているんじゃないのか。騙されて、王の言い成りになって良いように使われてきたんじゃないか?」


「違う」ゲコーマンは即座に叫んで否定したが、すぐに自信なさそうに肩を落とした。「違う……王への忠誠は種族の伝統、誇りだ。不満などない」


「本当にないのか? 種族を暗殺や諜報の汚い世界に不満がないのか?」

 

 ゲコーマンは眉間に皺を寄せて答えない。


「ならば、もし本来暮らしていた平和な森へあんたらの種族を帰すことができるなら、どうする? もしもそんな平和な生活を送れるとして、王への忠誠をまだ誓うのか? 君たちの種族は騙され捏造された伝統と誇りを掲げることを選ぶのか?」


 ジュウロウの言葉に対して、ゲコーマンは俯き黙っている。まぶたは無いので目は開いたままだが、何か深慮しているようだった。

 

「そのようなことは、無理だ。この世界で王の光が届かぬところなどない。俺を殺しても俺の仲間が来る。追手からは誰も逃げられん。俺も、お前たちも」


「だったら、王を倒してしまえばいい」

 

 ジュウロウははっきりとその禁じられた言葉を口にした。ゲコーマンは目を開いた。


「世間知らずの田舎者がっ。お、お前たちは王の恐ろしさを知らぬのだ。あの王の強大な力を」


「だからこそ、倒さなくてはならないんだ」トシが言った。「僕たちは偽りの王を倒して、この偽りの世界に再び調和をもたらしたいって、本当に考えているんだ」


「お前たち二人でか? 笑わせるな。成人したばかりのようなガキに何ができる」


「そう。確かに今は仲間が少ない。だからあんた、仲間にならないか?」


「断る」ゲコーマンが言った。「お前たちのような」


 ゲコーマンが言葉の続きを言う前にジュウロウが動き出していた。


「だったら死ね」


 ジュウロウはすっと腰から短剣を抜き、ゲコーマンの首に突き付けた。


 その動きはあまりにも滑らかだった。ただ何気なく腕を組む時のようにゆっくりと自然な動きに見えたので、ゲコーマンは首筋にその冷たい刃が触れるまで一切危険を感じなかった。


 ゲコーマンの瞳にゆっくりと恐れの色が浮かぶ。


「あんたのことも、あんたらの種族のことも不憫に思う。しかし、大義の前の障害に成り得るのなら、俺もここで引かないよ。邪魔するなら、ここで死んでもらおうと思う」


 ゲコーマンはジュウロウのあまりにも自然な動き、淡々と話す自然な言葉、その不自然なまでに自然な言動に、心から恐怖を感じ始めていた。


 ジュウロウに一切の殺気はない。瞳孔も開いていないし、呼吸も落ち着いている。


 彼の言動はただのハッタリかもしれない。しかし、小さな蚊を殺すのに殺気など必要だろうか、とゲコーマンは思う。


 ジュウロウの動きは無駄がなく、その自然さは洗練されているとも言える。


 ただただ自然に殺されそうな気がした。


 ジュウロウはきっとあくびをしながらでもその刃でゲコーマンの喉を切り裂くことができるだろう。


 ゲコーマンはそんな未知の恐怖に包まれていた。こんな人間に今まであったことはない。


「仲間になるというのなら、あんたの種族に真の自由を与えるために俺も協力する。最後だ。仲間になれ」


「ちょ、ちょっと待ってくれ」ゲコーマンは声を絞り出した。「時間稼ぎじゃない。だが、俺も知りたいことがある。お前たちが王を憎む理由は何だ。お前たち個人の動機を知りたい」


「それは言えない」ジュウロウはさっと答えた。「さあ、死か仲間か選べ」


「そ、そんな無茶な」


 ゲコーマンはつぶやいた。


 何とか時間稼ぎをしなければ。


「はやく答えてくれ。10、9、8、7・・・・・・・」


「ま、待て。な、仲間になっても良いが、無謀なことに俺は力を貸さない。お前が何となく強いのはわかった。そっちのはどうだ? どんな魔法が使える?」


 ゲコーマンは苦し紛れに、ジュウロウの後ろで大人しく眺めているトシに話を振った。


「僕?」トシがきょとんとした顔で言った。「僕はどんな魔法でも使えるよ」


「たとえば? 何段まで使える? 俺たちでも3段、将軍なら10段目の魔法を使うことができる」


「うーん。僕は2段目くらいまでかな」


「ふ、昆布を出すのが精いっぱいか。そんな魔法力で王に挑もうなど」


「でもね」トシはゲコーマンの言葉に重ねた。「何段の魔法であろうと、同じ現象なら起こすことができる」


 そう言ってトシはジュウロウのポケットに手を突っ込んで何かを掴んで取り出し、その握りこぶしをゲコーマンの顔に近づけた。


 トシが掌を開くと、そこには何もなかった。


「何もない? しかし、何かを掴んだように見えたが……」


 トシは木の枝で掌を叩く。すると棒は掌には当たらず、何か固いものに当たる音がした。


「物体を透明にできるのか? 色を塗っているのではなく?」


「ええ」


 トシはそう言って掌にある”何か”を宙に放り投げ、落ちてきたところをパシッと音を立てて掴んだ。その間も”何か”は一切ゲコーの目には見えなかった。


「そんな魔法、聞いたことがない」


 ゲコーマンは諜報員としての訓練の中で10段目までの全ての魔法の種類や効果について学んできたが、透過の魔法、或いはそれに応用できそうな魔法など見たことも聞いたこともなかった。


 むしろ、物体を透明にすることは現代の魔法では不可能であると教わっていた。


「だろうね。失われた技術なんだよ。失わされた、というのが正しいんだけどね」トシは一瞬寂しそうな表情を見せたが、すぐに目を開けて笑顔を見せた。「それに、これだけじゃないんだ」


 トシが右手の指をパチンと鳴らした。


 すると左の掌の上に、緑色の丸い石が現れた。


「それは、モノリア石!」


 ゲコーマンは目を見開いた。


 それは莫大な魔力を蓄積することができる石。爪の先ほどの欠片でもゲコーマンの10年分の年収ほどで取引されている。

 

 モノリア石に封じられる魔力量は他の魔石に比べて桁外れに大きく、しかも石の性質によって石自体が魔法効果を持つものも存在する。


 そして、モノリア石を含めてすべての魔石は魔法による一切の直接の加工ができない。


 しかし、トシの掌にあるモノリア石は明らかに直接透明になる魔法をかけられているようだった。


「そんな馬鹿な」


 ゲコーマンは首に刃物を突き付けられていることも忘れて驚きを隠さなかった。


 現代の魔法はすべて修めてきたはずだ。しかし、こんな森の奥の集落で、常識を覆す前代未聞の魔法を目にするとは。


「どう? ちょっと興味がわいた?」トシはいたずらっぽく笑った。「他にももっとすごいのがいっぱいあるよ。ね、だから、仲間にならない?」


 ゲコーマンは俯いてしばらく沈黙した。ジュウロウもその時はカウントダウンしなかった。


 そして、溜息を一つ吐くとゲコーマンは顔を上げた。


「もし俺が裏切ったら?」


「殺す。そして王都にリザードマンが実はゲコーマンだと広める。そうなれば、王は歴史を改ざんした事実を隠すために」ジュウロウはそこで言葉を切ってふっと笑った。「世界中のトカゲを殺すだろうよ」


「いや、俺たちの一族を滅ぼす、だろう?」

  

 ゲコーマンは肩をすくめた。


「あなたが僕たちを殺しても同じことが起きます。どうやるか詳細は言えませんが、できるんです」


 トシはそう断言した。

 

 ゲコーマンはそれがハッタリであるかどうかなど、もはや考えなかった。


 ゲコーマンは感じていた。彼らから感じる未知の力に、未知の技術に、自分が魅かれていることに。


「わかった」ゲコーマンは二人に向かって言った。「仲間になろう」


 その瞬間、小屋の戸がバンッと音を立てて開いた。


 全員がそちらを見た。


 その時、戸と反対側の壁から茶色の塊が飛び出した。


 反対方向を向いている3人は気配を感じて振り返りかけたが、茶色の塊はその間を猛烈な速さですり抜け、先ほど開いた戸を通って外へ飛び出していった。


「トシっ」ジュウロウが叫んだ。「手っ!」


 トシはハッと気づいて掌を見るとモノリア石がなくなっていた。


「ないっ。盗られた!」

 

 トシがそう叫んだ時にはジュウロウは小屋の外へ飛び出していた。


 トシも後を追って外へ出てから振り向いた。


「急いで! あなたも一緒に来て」


 そう言うと、トシはパチンと右手の指を鳴らした。


 そして昆布の魔法が解けたゲコーマンと一緒にジュウロウの後を追った。 

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