2、あなたはトカゲですか?
ジュウロウとトシは王国の諜報員に襲撃されるが、ある異常に気付く。
「なああああああああっ」
ジュウロウが白目をむいて叫ぶ。
「ドットコール!昆布絨毯!」
トシは咄嗟に自分が使える最高のクッション魔法を発動した。
トシとジュウロウの「上」に大量の昆布が現れた。
「あばばっ」
ジュウロウの顔に大量の昆布がかかり、周りが見えなくなる。
「下に出せええ」
ジュウロウはもがき、叫びながら、器用にもトシを引っ張りつつ体をひねり、空中で昆布の塊の上に二人の身を置いた。
しかし、この大量の昆布を下敷きにしても身を守るクッションとしては不十分であるのは明らかだった。
「くっ」
そしてすぐに、二人を乗せたまま昆布は地面に衝突した。
太い枝の割れる音が響き、周囲の巨木から驚いた鳥たちが騒々しく一斉に飛び立った。
そして、鳥の鳴き声や羽音が聞こえなくなり、辺りは静かになったが、枝が落下したところ、大量の昆布の中から立ち上がる者はいない。
さらに1分ほど経ってから、二人が座っていたのとは別のイマスの木の上から声がした。
「森の中であんな大声で話すバカがいるか」
サッという音が聞こえ、木の根元に黒や茶の混ざったチェーンメイルを着た影が立ち上がった。
その顔は布に覆われているが、口の部分が大きく前にせり出し、隙間から除く目は外に出張っていて人間のものより圧倒的に大きい。そしてなにより、その後ろに伸びている尻尾が人間ではないことを物語っていた。
「さて、興味深い話を聞かせてもらった。もう少し泳がせてもよかったが、反逆の疑いは即誅殺と決まっているのでな。悪く思うなよ」
男は昆布の塊に近づくと、1メートルほど手前で足を止めた。
「念のためだ」
男は手に刀の柄の部分だけ持っており、その先を昆布の塊に向けた。そして、男が魔力を込めると、柄の先の空間が揺らぎ、昆布の塊が何かに刺されたように跳ね上がる。
男の持つ柄は、魔力を注ぎ込んで発動の合図を送ると見えない刃が出るように初めから設計されており、長さも魔力量によって自由に変化させられる。これは王の指導の下、彼の所属する諜報機関で独自に開発されたものであり、一般には流通していなかった。
距離を置いたまま男はもう一度昆布の塊に切り込み、ふと疑問に思った。
「そういえば、あいつ、杖も触媒も持たずに魔法を発動していたな……」
その時、男の視界が突然真っ暗になった。
「なっ」
「ドットショウ!ユーザーツールズ!」
聞こえたのは眼鏡の少年の声。そして、足に赤い鎧を付けた少年の声が続く。
「活殺!」
「ぐっ」
男は左足と尻尾にほぼ同時に激痛を感じた。
2秒ほどしてから、左足の方がほんの僅かに早く攻撃を受けたと理解したが、その時は生物的本能で咄嗟に尻尾を切り離した後だった。
おそらく折れているであろう左足を地面に着く。そして、依然として目の前は真っ暗で、しかも上半身も何かに縛られていて動かない。
男の頭は混乱していた。
「どこから出てきやがった!」
「後ろだよ」
ジュウロウはそう言って男の目に巻き付けていた昆布を取り去る。何かねばねばした液体が目についている。
男は長い舌で自分の目を舐めた。
目の前の少年は自分自身の身長と同じくらいありそうな長くて太い棍棒を持って立っていた。
「な! そんなものどこに!」
「トシに魔法で出してもらったのさ」
男が横を向くとトシがニコニコして立っていた。トシの片手には昆布が握られており、その先は男を何十にも縛り上げていた。
男は力を込めて昆布をちぎろうとするが昆布はぬるぬる滑り、むしろ締まってくるようでもある。
「無理ですよ」
「この草、ちぎれん! 魔法で強化してあるのか」
「え、えっとぉ、もちろん」
トシは昆布を操る魔法はかけていたが、ちぎれないように強化する魔法はかけておらず、ちぎれないのはむしろ昆布本来の強さのためだった。
そうとは知らずに、男はちぎることをあきらめて、脱力した。
「俺は何も吐かんぞ。殺せ。この反逆者どもめ!」
そう言った男に向かって、ジュウロウは棍棒を振り上げた。
「あんた、名前は」
「誰が言うか」
「そうか」
ジュウロウはそう言うと、サッと棍棒を男に向かって振り下ろした。
男は痛みを覚悟し、肩をすくめて顔を伏せた。
ハラっと、黒い布が落ちた。男の顔を覆っていた布だ。
そして、男の爬虫類の顔が露わになる。
「おおおっ!」
ジュウロウとトシが目を輝かせて、男の顔を覗き込んだ。
「な、なんだ」
「本物だ! カゲトカゲだ!!」
ジュウロウとトシはそう言いながら、男を見つめる。ジュウロウは棍棒の先で男の鼻先の鱗を触ろうとする。
「やめろっ。だから田舎の下賎な輩は!」
男は顔を背けて叫ぶ。
「ねぇ、さっき切れた尻尾って本当にまた生えてくるの?」
トシが尋ねる。
「あぁ」
男は小声で答えた。
「やっぱトカゲ人間って本当にいるんだねぇ」
トシはジュウロウに言った。ジュウロウは頷いて言った。
「だねえ! 王都に行ったときも、一度も会わなかったからなぁ」
「そりゃあそうだ。我らカゲトカゲは聖ナマイータ石板にも刻まれている通り、偉大なる王がご建国され
る前から森を守り治めてきた衛兵リザードマン。慈悲深き王は600年前に我ら一族と争い平定した後も
我ら種族を粛清することはなく、カゲトカゲと改称しつつも衛兵として王宮に迎え入れてくださったのだ。お前たちのような人間の、しかも田舎の集落に住む少数民族とは住む世界が違うのだ」
「諜報員とかスパイってそんなに良い仕事なの?」
トシが尋ねる。男は意気揚々と話した。
「多くの機密情報を扱うからな。他機関への圧力もきく。長く勤められればいずれは長官の座も狙えるのだ」
「なるほど。やっぱり、諜報の人か」
「ちっ」
男はしゃべりすぎたと思ったが、遅かった。
「じゃあ、どうしよう。ジュウちゃん、やっぱりこの人殺すしかないんじゃない? だって、逃がしたら国に報告されて下手したら村ごと焼き討ちだよ」
「うーん、できれば、こんな珍しいの殺したくないな。いや、剥製にするか」
「なるほど、そうすればいいんだ。でも、それなら尻尾が生えてきてからのほうがいいな。おじさん、尻尾が生えるまでどれくらいかかる?」
「おじっ……一か月ほどだ」
本当はその気になれば今すぐでも生やすことができたが、男は嘘をついた。
「一か月も待てないや。きれいな剥製はあきらめよう」
「……剥製はやめてくれ。裸を晒したくない。ただ土に埋めてくれ」
「どうしよっかなぁ」
トシの楽しそうな精神攻撃は続く。
男の心臓はバクバク鳴り、喉も乾く。男は長い舌で瞳を舐める。
そこに、ジュウロウが何か気づいたように言った。
「あっ、もしかして!」
ジュウロウはそこまで言って黙りこみ、顎に手を当て、男をじろじろ観察しながら考えごとを始めた。
これはトシも予想していなかったらしく、ジュウロウに心配そうな目を向ける。
「どうしたの? ジュウちゃん?」
トシはそれには答えず、縛られて自由の利かない男の手をつかみ、指先を見る。
「あ、危ないよ」
トシが心配するが、ジュウロウはしげしげと男の全身を隈なく調べた。
そして、ジュウロウは男の前に戻ると、男の目をまっすぐ見据えてこう言った。
「あんた、これから大切な話をするよ」
男はジュウロウのただならぬ雰囲気に唾を飲み込んだ。
真剣な表情でジュウロウは続けた。
「あんた、自分の両親は知っているか?」
「ん? ああ。泣き落としの説得なら受けないぜ。俺を開放すれば、お前たちを殺す。殺せなくてもお前たちのことは本部に連絡する」
男は顔を背けてそう言ったが、ジュウロウは表情を変えずに男を真剣に見つめる。
「あんた、両親の顔、覚えているだろ」
「だから、泣き落としは」
「いいから、きけ」ジュウロウは低い声で制した。「両親の目もあんたみたいに飛び出していたのか?」
「え? まぁ、当たり前だろ。同じ目だ」
「じゃあ、あんたの両親は、いや、あんたの種族にはまぶたがあったか?」
「はぁ?」
「いいから答えて」
「俺と同じで、無かったさ。俺たちの種族にはまぶたは無いんだよ」
男はそう言って乾燥しないようにまぶたを長い舌で舐める。
「ジュウちゃん!!」
その様子を見て、トシが驚いた表情でジュウロウに向かって言った。ジュウロウはそれを手で制して男に言った。
「あんたの両親も指は5本なんだよな? 指先はあんたみたいに丸いのか?」
「ああ」
「あんたと同じタイミングで生まれた兄弟は何人いる?」
「1人だけいる」
「間違いない……」
ジュウロウがチラリとトシを見ると、トシも頷いていた。
そしてジュウロウは男に言った。
「あんたの種族、カゲトカゲじゃない。リザードマンじゃないんだよ」
「なっ」
男は驚いて目を見開いた。
ジュウロウはそこに捲し立てた。
「あんたの種族どう見てもヤモリだ。リザードマンじゃない、ゲコーマンなんだよ、あんたら! 王に、騙されているんだ!」