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1、木の上から木の下へ

「絶対にやつらは異世界からの転生者だ」

 

 自称勇者であるジュウロウは叫んだ。

 

 ジュウロウは足元だけ赤い鎧に身を包み、上半身は茶色の着物を着ていた。腰には緑の短剣を帯びていた。


「声が大きいって」ジュウロウの幼馴染で自称天才魔導博士のトシが小声で諭す。「カゲトカゲがいたらどうすんの」


 トシは丸い眼鏡をかけた色白の少年で、村の民族衣装であるトンチンとカーベという全ての裾口を絞ったズボンとシャツを着て、さらにその上にぶかぶかのローブを被っていた。

 

 二人は薄く霧が立ち込める森の中、"イマス"という巨木の太い枝の上に腰かけていた。二人の足下30メートルほどに苔の生い茂った地面が見えていた。

 

 この”ツペペの森”は二人が暮らす村のすぐ脇にあり、ジュウロウ達には庭も同然だったが、時折王家直属の諜報機関「カゲトカゲ」の間者が巡回しているとの噂だった。

 

 そしていつもジュウロウとトシが話す内容は王の批判にとどまらず、その建国史から王の正当性を疑うものであり、カゲトカゲにそのことを知られれば、誅殺の対象となるのは間違いなかった。 


「いたらいたで戦うだけさ」


「君のレベルじゃ、もって10秒だろ」


「3秒だな」ジュウロウはニッと笑った。「やつらの基準、やつらが持ち込んだ魔法力、戦闘力の概念の話だったらの話だがな。もし俺がすべてーー装備や操法までもやつらに合わせれば、俺は瞬殺さてしまうってだけのこと。わかるだろ?」


「わかるけど、3秒が10秒、1分になったとしても戦えば殺されることには変わらないと思うんだけど」トシは溜息をついた。「君が命を賭けているその”技術”は確かに魅力的ではあるけれど、まだ彼らに勝てないでしょ?

 僕のだってまだまだ……。だから、まだ戦うには早い。死んでしまったら技術の完成、いや復興は永遠に絶えてしまうよ」

 

 トシにそう言われてジュウロウは黙った。

 

 己が研鑽してきた技術の体系。それらに間違いはないし、王を倒す力であると確信している。

 

 しかし、まだまだ足りない。王どころか、歩兵一人にも勝てるかどうか怪しい所だ。

 

 そして何が足りないのか、ジュウロウにはわからずにいた。ジュウロウは膝の上で握りこぶしに力を込めた。


「それで、何かつかんだの?」


 重くなった空気に気を使ってトシが話しかけた。


「ああ、そうだった」ジュウロウは大きく息を吐くと、気を取り直して笑顔を作って言った。「ベイアッド古戦場の遺跡を発掘していたら、こんなものを見つけた」


 ジュウロウがポケットから小袋を取り出し、ひっくり返して中身を掌に出した。


 それは、小さな赤茶けた石の塊。そして、その石の一部が緑色に輝く鉱物のようなものが顔をだしていた。


 トシはルーペを取り出して覗き込んだ。


「この緑色のは……も、もしかしてモノリア石? すごい!」今度はトシが大声を出してしまい、トシは両手で自分の口を押え、小声で言った。「間違いない。この大きさ、大金持ちになれるよ」 


 モリノア石とはこの世界では誰もが知る魔力を貯蔵できる希少鉱物であり、微小のかけら、薄い箔でも超高額で取引されている。


 大きければ大きいほど保有できる魔力量や魔力開放時の出力量や効果が上がるとされているが、石自体は脆く剥離しやすいため、天然の塊はめったに流通しない。


 

 トシが愛読している「魔導士ミルボーイの新版アカシックレコード2222 ~±500年の歴史と予知~」によると、今から225年前に若干20歳でレベル100に達した天才大魔導士ムンムンが、指先ほどの大きさのある巨大なモノリア石を発見し、彼女が毎朝10分間、全力で魔力を込め続けたところ10年分は貯蔵できた、とのことである。

 

 また、ムンムンは10年目の朝に10年分の若返りの魔法を使おうとモノリア石に貯めた魔力を開放したが、開放した直後、ムンムンは石を持ったまま姿を消してしまい、そのモノリア石の魔力貯蔵量は不明となってしまった。

 

 後世に行われた魔導解析によると、貯め込んだ魔力とムンムン本人の魔力の相互作用により、若返り魔法の発動と同時に制御不能なまでの巨大な魔力インフレーションが発生し、ムンムンとその近くにいたペットの黒猫ニーンはそれぞれ200歳分の若返りに成功したとみられている。

 

 ただし、莫大な魔力はムンムンが毎朝10分間全力で魔力を込めるという鍛錬のためにムンムン自身の魔力が上がっていたために生じたという有識者の意見もあり、この件を機に魔法学校でも魔力鍛錬のため、毎朝10分間「ムンムンの時間」という訓練時間が設けられ、のちの魔法教育に大きな影響を与えた、とのことである。



「やっぱり、これがモノリア石なのか。トシ、それだけじゃないんだ。こちら側をよく見てくれ」

 ジュウロウは赤茶けた石を裏返すと、そちら側にもモノリア石が表面に飛び出していた。

 

 トシは再びルーペをかざして目を細めた。


「ん? 何か刻んである。文字、かな?」


 それは何かの文字、記号のようだったが、彼らの使う文字とは全く違う形態だった。文字は茶色の石に埋もれているところにも続いており、すべてを見ることはできない。


「それと同じような文字を俺は以前、王都で見かけたことがある」


「まさか、大神殿?」


「ああ。しかも、その中にある……」


「もしかして、ギャスパーの大剣?」


「そうだ。あの剣の柄にも刻まれていたんだ」


 ギャスパーの大剣。それは巨大な岩から突き”出ている”聖なる剣である。



 もちろん「魔導士ミルボーイの新版アカシックレコード2222 ~±500年の歴史と予知~」にも記述はあるが、検閲のため、重要な遺物であるにも関わらずその記述は他項に比べて記述は短い。


 太古の伝説的英雄ギャスパーが愛用していたとされる剣であり、なぜ岩から突き出ているのかは謎であるが、少なくとも今の王政が始まる500年より前から存在しているようだ。


 史実では、400年前に大神官マイトスパイス3世が神官レベル200に到達した祝いの席で、酔った勢いで引き抜こうとしたがびくともしなかったという。


 またその時にマイトスパイス3世が出した強大な魔力に反発するかのように剣から謎の反魔力が発生し、大爆発が生じ、当時の大神殿と祝いの席、マイトスパイス3世の神官レベルのすべてが吹き飛んでしまったという。


 以降、ギャスパーの大剣に触れることは禁じられている。



「ということは、これは古代文字か」トシはまじまじとルーペ越しに文字を見つめた。「うーん、全然読めないや。上下もわからないし」


「トシ、古代文字が刻まれたモノリア石がなぜベイアッド遺跡に落ちていると思う?」


「どれくらいの深さにあったの?」


「比較的浅い地層。古代神殿跡だ。王の言うところの、蛮族の邪神が祭られていたところだ」


「ということは、600年前に王がゾゾッゾ族と戦った時のものかな。いや、でも、そのモノリア石を包み込んでいる石はもっと古そうに見えるね。だいたい1万年、くらい? どうしてそんな化石みたいな石が浅いところに……」


「俺もそれを疑問に思ったんだが、これを見てくれ」


 ジュウロウは腰の短剣を抜き、石に向ける。


 モノリア石に当たらないように茶色の石を慎重に削っていく。


 石の粉がひざの上にはらはらと落ちるが、一向に茶色の石はなくならない。削っても削ってもモノリア石は現れず、ずっと赤茶の石が削れ続ける。


「もしかして、魔法?」


「おそらく。この茶色の石は魔法によるカモフラージュだろう。どうやったのかはわからないが、誰かがモノリア石に高度な魔術を組み込んで、モノリア石自体が魔法を生じさせるようにしているんだと思う。もしかしたら、この文字がモノリア石の魔力を制御しているのかもしれない」


「す、すごい」トシは唸った。「モノリア石を媒介しているとはいえ、魔力に直接魔術を書き込んでいるようなものじゃないか。こんなものがあれば、どれだけ人件費が節約できるんだ」

 

 ジュウロウらの知る魔法や魔術では、術者の魔力を消費せずに発動しつづける魔法は存在しない。


 魔力は貯めることはできるし、許容量を超えれば爆発したり暴走もするが、魔法として正確に発動させ続けるには、魔術回路に魔法を運ぶための魔力、魔力量を調整するための魔力など、術者がその生体の機能として持つ魔力が必要となる。


「こんな技術はやはり、古代魔術にしかできないだろう? もしこんなことが今の王にできるのなら、とっくにやっているはずだ。しかし、奴にはできない。現代魔術とは大きな隔たりがある」ジュウロウは眉間に皺を寄せたが口元は笑っていた。「ふっ、やつは500年前に自分が広めた魔法を、古代魔術の応用、古代魔術を深めて昇華させたものなんて言っていたが、嘘だ。古代魔術の正当後継者なんて笑わせる。600年前のベイアッドの戦いで、やつは古代魔術を滅ぼしたんだ」


「つまり、ゾゾッゾ族は邪神の蛮族じゃなくて、ゾゾッゾ族こそが古代魔術の継承者だった?」

 

 トシも興奮気味に言った。ジュウロウは目を輝かせて頷いた。


「うむ、俺はそう考えている。そして、それが真実なら、親父が言っていたいたように、王は、やつらは異世界から召喚されたに違いない!」ジュウロウは枝の上で立ち上がり、石を天高く翳して叫ぶ。「いいか、この嘘に塗れた歴史の真実を白日のものとし、父の汚名を晴らさんがため、勇者ジュウロウと大魔導士トシは王を打倒する旅に出るのだ!」


「お、おう! 僕は、古代魔術の復興を!」

 

 トシも立ち上がって握り拳を空に向けた。

 

 ジュウロウには、二人の拳が木々の隙間から見える青空に並んで見えていた。



 ザッ、という音が聞こえた。

 


 その途端、なぜか見上げた空はどんどん狭く、木々はどんどん伸びていく。


「あれ?」


 二人は声をそろえてつぶやいた。


 

 気づいたときには二人が乗っていた太い枝は根元から切られ、二人を乗せたまままっすぐ落ちていくところだった。

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