願いの丘
見たことない景色だった。人工物が一つもない。私は小さな丘の上に立っていた。普段見ているものより1周り、2周りも大きい月が明るすぎる。星が見えないどころかそこには青空が広がっていた。
明らかに夢の中だろう。明晰夢という言葉は知識としては知っているが、実際に見たことも、見たいと思ったこともない。夢の中で空を飛べようと、魔法が使えようとただ虚しいだけだ。絵空事の能力、妄想の産物に意味などない。
それでも心のどこかでは、醜い欲望が根を張っているのか、だからこんな夢を見ているのか。
「あなたは、何を望むのか」
いつの間にか目の前にいたそれの質問に私は答える。脳で考える前に、言葉がスッと、そんなに長くない文で。
朝だった。窓を見ると月に替わって、小さな日が昇っていた。
リビングのある1階へ降り、朝食を作る。顔を洗い、歯を磨き、学校へ向かう。イヤホンからは何も流れない。周りの無音を私の耳に入らないようにしているだけ。
黒板には文字が書かれている。教科書を要約した、教科書通りの、不必要な情報をカットした、文章が。ヒトの意図など存在しない、とてもわかりやすいもの。それをノートに写す。脳に映す。その内容を覚えれば、覚えてさえいれば、良いのだから。
家に帰り、夕飯を作る。身体を洗い、歯を磨き、布団へ向かう。物音は何もしない。その無音は私を眠りへ誘うだけ。
見たことのある景色だった。人工物が一つもない。私は小さな丘の上に立っていた。明るすぎる月がヒトを照らす。何を話しているわけでもない。皆1人で何かをしている。私もそのうちの一人だった。周りと同じ、十分なのかもしれない。
それでも心のどこかでは、願いがあったのか、だからこの夢を見ることになったのか。
「あなたは何を望むのか」
いつの間にか目の前にいたその人の質問に答える。それを答えるのに一瞬ためらった。少し恐怖を感じた。それでも私は……。
朝だった。空を見上げると月の代わりに日が高く昇っていた。
お腹は空いてなかったが、食べ物を探す。食べられそうなものを見逃さないように目を凝らす。周りの無音の中に、他がいないかと耳を傾ける。
木に果物が生っていた。それを手に取り食べる。舌先で変な味がしないかを判断する。周りに異変がないかを見る。それができれば、それさえすれば、良いのだから。
日が沈んできて、安全な場所を探す。物音は何もしない。その無音は私に安心感を与えてくれる。周りが暗いのか、私が目を閉じているのか判断がつかなくなる。
見たことのある景色だった。周りにたくさんのビルが建っていた。そのせいか、月を見ることはできなかった。明るすぎる街明かりが人々を照らす。楽しそうに話しながら信号待っているもの、1人で少し笑顔浮かべながら歩くもの、様々だった。
皆楽しそう、そう思ったが、私は優越感に浸っていた。楽しそう、醜く見えた。そう感じていた、感じようとしていた。
「あなたは何を望むのか」
いつの間にか目の前にいたその人の質問。悩んだ。このまま進んでいいのか。ここまで来たら戻るはいけなかった。心の長いとは違う言葉が声帯から、舌から発せられた。
時間も分からない。場所も分からない。分かるのは私には何もなくなっていたということ。目を開けているのか、耳があるのか、存在しているのかも分からない心で私は感じた。
私は今、この世界で一番、幸福であるということを。




