第5話 トラムの森〜出会い〜帰還
「ほら、ここがトラムの森だよ」
「近くで見ると結構……樹海みたいですね」
「まー樹海まではいかないけれど、素人が入ったら出られなくなる事もあるね」
このお猫様はさらっと怖い事を言いますな。
「このまままっすぐ進めば湖があるからそこまで行っちゃおう」
「分かりました」
森に入ってからは草竜の歩みを緩め、慎重に進める事にする。
「あフィン、今回の目標はケルピーだけど他の魔獣もでるから気をつけてね……といっても君はほぼ丸腰に見えるんだけど戦えるのかな?」
お猫様が至極真っ当な質問を投げかけてくる。
「大丈夫です。僕は武器は扱えないんです」
「ほほー。それでも冒険者になりたいと。何を隠しているのか分からないけれど、何を隠しているのか楽しみだなぁ」
「いや〜特に隠してるとかじゃないんですけどね〜」
とかなんとか言っておく。
「フィン、あまり野暮な事は聞くつもりは無いんだけど冒険者になってどうするんだい?」
「……お、お金かな?」
「え? それだけ?」
お猫様……いやツマルが目をパチクリさせている。
「とりあえずは……ですけどね。家もないし知っての通り無一文なので。でも誰かの役に立ちたいと思ってます。後は冒険にも興味があります」
「ほほ〜う。中々殊勝な心がけじゃないか。ちなみに冒険なら、この世界は退屈しないと思うけど?」
「へー、例えば?」
「そうだね。今いるこの森は誰でも入れるただの森なんだけど−−といっても危ないけどね。冒険者ランクをあげないと入れないところがたっくさんあるのさ。例えばテンダロン大瀑布に生還者0のグリム大迷宮、禁忌の森エルガーとかね」
「なんか物騒なところばっかり……」
「そう。物騒なのさ。特にA級S級以上しか入ることの許されない場所はね。但しそれだけの価値があるんだ。その危険の先に、類い稀なるアーティファクトが存在しているのだからね」
「アーティファクト?」
「うん。君も昨日使ったじゃんか」
「あ、もしかして加護石のこと?」
「そうそう。あれはまだ冒険者という存在が確立されていなかった遠い昔に、一人の男がどこかからか持ち帰ってきたそうだ。加護石はもともと大きい塊でね、それを薄く削りだして全ギルドに配置したんだ。それが冒険者ギルドの始まりってわけ」
なるほど。ハイパーハイリスクスーパーハイリターンってところか。怖いけどアーティファクトって気になる。
「他にはどんなアーティファクトが?」
「僕が知ってるのだと、『尽きる事を知らぬ水瓶』とか『刀身の無い名刀』とかあるね。もっといろいろあるけど」
「なるほど。理論的に説明出来ないけどなんか凄い道具があるんですね」
「うん。フィンはこの世界の地図を見たかい?」
「いえ、見てませんが」
「そうか。今度見せてあげるよ。知っている人は少ないけれど、この世界は『広い』よ。文字通りね」
「そうなの?じゃあ楽しみにしてる」
なんか何かを含んだような言い方だったけど、その時に教えてくれるだろう。
「っと、そろそろ湖に着くから草竜はここに繋いでおこう。草竜はおっきいから警戒されちゃうかもしれない」
「分かりました」
草竜を木に繋げ、「待っててくれ」と声をかける。
「さて、あそこに馬みたいな影があるの分かるかい?」
「はい」
少し遠目だけど、馬が湖の水を飲んでいるように見える。
「ケルピーは無防備に見えるけど警戒心が強く、こちらが敵だと認識しているとすぐに逃げてしまうんだ。だから警戒心をもたない人が近づくと、いきなり水の中に引きづり込まれるんだ。あ、そうそう丁度今やってきたあの女の子みたいに−−」
ツマルが言って気づいた。
「いけない! 彼女を助けるんだ!」
僕はとっさに走り出し、詠唱を開始する。
彼女を巻き込まないように−−
「−−深淵なる闇よ! 彼の者の全てを奪え! アルマ!」
詠唱を完成させ右手を振りかざす。
未だ陸上で女の子を引きづり込もうとしているケルピーの全身を黒い煙が包み込む。
包み込まれた瞬間にケルピーは動きを止め、その場で静止する。
「だ、大丈夫?!」
先ほどまでケルピーと力比べをしていた女の子は肩で息をしている。
よく見るとただの人間ではないことが伺える。
耳だ。耳が生えている。
尻尾も生えている。
そう……この子は獣族だ。
「あ、ありがとう、ございました……。はぁ……、おかげで助かりまし、た?!」
「ちょっと何するんですか!? 耳を触らないでください! 尻尾もだめです!!」
いけね、つい触っちゃった。
ふわっふわで気持ちよかった。
「ご、ごめんなさい! 獣族に初めて会うのでついっ!」
「つい、じゃないですよ! ルナールにとって耳と尻尾は大切な場所なんです!」
頬を紅潮させながら怒っている。
なんだこれ、可愛すぎじゃないだろうか!
でもルナールってなんだろう。
「ごめんごめん……あの、ルナールって?」
「……狐人のことです。助けてくれたのはお礼をいいますが、これとそれとは別問題ですからね……」
「ちゃんと責任とってくれるんですよね!!」
「え、せ、責任?!」
「そうです……。責任取ってくれないと困りま−−」
「ストーップ!」
狐人の言葉をツマルが遮る。
「なんですか猫ちゃん! 私は今この人と話をしているんです!」
「猫じゃないんだけど……まあいいや。それよりケルピーをなんとかした方がいいんじゃないかな?」
ツマルが目で促すと黒い煙はすでになくなっており、そこにはまだケルピーが微動だにせず立っている。
「フィンが何をしたのかは分からないけど、流石にこのままだとまた暴れだすんじゃないかな?」
「そうですね、では角だけ頂いていきましょう」
フィンはケルピーの角を片手で支え、風の刃を作り切断する。
それを見たツマルは「なるほど……」と呟いている。
角を切断したのにも関わらずケルピーは微動だにしない。
目は虚ろで焦点が定まっていないようだ。
3人はケルピーから距離を取り、フィンは魔法を解除する。
魔法から解放されたケルピーは自我を取り戻し、逃げるように湖の中へ沈んでいった。
「す、凄い……一体何をしたの?」
「魔法を使っただけなんだけど……知ってる?」
ルナールの少女は首を横に振る。
「そうだよね。今のは簡単に説明するとケルピーの精神に介入したんだ。意識を暗闇の底に落とす魔法で、さっきまでケルピーは自分がどこにいたのか何者なのかさえ分からなかったはずです。角は風を鋭く尖らせ刃にして切断しました」
「な、なるほど……? でもそんなことが出来るなんて……君は一体……」
「僕はフィン。フィンネル・リンディベル。今の職業は【料理人】になっちゃったけど、前職は【魔法使い】ってとこかな!」
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「−−君の名前も聞いていいかな?」
「私はエル。改めてお礼を言うわ。ありがとう。……でも耳と尻尾のことは忘れてないんだからね……」
後半はなんていってるのか聞き取れなかった。
とりあえず無視しよう。
「どういたしまして。困った時はお互い様です。エルはこれからどうするの?」
「私はリヴィラに帰るわ。ギルドに依頼の品を届けにいくの」
「エルも冒険者なんだね。僕も冒険者で、ケルピーの角が依頼内容だったんだ」
確かにいわれてみれば冒険者の装備をしている。
背中には弓矢を携えているから【狩人】っていったところか。
「僕たちはもう帰るけど、エルはどうする?」
「どうするもこうするも、一緒に帰るわ!……だって君さっきしたこと覚えてるでしょ……」
またも後半はぼそぼそしていて聞き取れなかった。
「よし、決まりだね! 旅は道連れっていうし、帰ろっか」
「うん! じゃあ私の草竜向こうにいるから連れてくるね」
思わぬアクシデントはあったもののなんとか依頼は達成できそうだな……。
旅先で可愛い成分補給できたし、満足満足。
僕ら2人と1匹はトラムの森を後にし、帰りはエルと僕とツマルで色々な話をしながらゆっくり帰った。
街に着く頃には夕暮れで初めての冒険で疲労もたまっていたが、心は少し浮き足だっていた。
だってこれからもっと冒険できるのだから−−
やっと女の子をだすことができました。