あれを売る男
どこからともなく声が聞こえる。ああっ、君か! てっきり本物の猫だと思ってね。
まあそれはいいとして、実は今仕事の途中なんだよね。営業、外回りの最中なんだ。
僕は椅子とか机の足を包むあれを専門につくって販売する会社の社長。小学生の頃って掃除をする時に椅子を机の上にのっけて運ぶじゃん? その時なんとなく違和感を抱いたんだよね。なかなか違和感の原因がわからなくて考え込んでから一ヶ月ほど経った頃、ふと閃いたんだ。
僕らは上履きなるものを履いて裸足ではないのに、どうして椅子や机の足は何も履いていないのか。僕の違和感の原因はそれだったんだよ。
それ以来僕の夢はずっと椅子や机の足を包むあれを製造、販売する会社の社長になることだった。ただね、この夢を誰に話しても真剣に取り合ってくれる人はいなかった。友人に話してもくだらないことを言っていると言われ、親にも相手にされなかった。挙句の果てに小学校の卒業作文で将来の夢について書いたら先生に書き直しなさいと言われたね。まあさすがにそこは曲げられなかったんで結局その作文を卒業文集に載せてもらうことにしたよ。やっぱりどの時代も天才は苦しむものなのかなと思った。天才はいつも先を行きすぎるんだ。だから誰にも理解されないのさ。
それから小学校、中学校、高校を経て、僕は服飾系の専門学校に入った。そこで僕は椅子や机の足を包むあれをつくる技術を学んだ。そして卒業後、僕はついに起業した。
しかし最初からうまくいくなんてことはなかった。なぜか売れなかったんだ。在庫ばかりがたまる一方だった。それでも諦めずに営業しまくっていた時、とある大企業がついに買ってくれた。一気に在庫がなくなり会社の経営はうまくいくかのように見えた。しかし、一週間もしないうちに大量の返品がきた。どうやらその大企業の椅子はキャスターつきのもので、キャスターの接続部分に、椅子の足を包むあれを椅子の足にくくりつける紐が絡まってキャスターが機能しなくなってしまったようなんだ。カバンのジッパーが布を噛んでしまうのをイメージしてもらえればわかりやすいかな。
そんなこんなでまたもや大赤字。クーリングオフなんてくそくらえと思ったね。僕が政治家ならすぐにクーリングオフをなくしてやるさ。椅子や机の足を包むあれは時間が経つにつれて味が出てくるものなんだよ。ほら伝統工芸品なんかでよくあるでしょ? 使えば使うほど味が出てくるもの。あれと同じさ。それなのにクーリングオフなんて制度があるから、使い込む前に、その価値を知る前に返品する人が相次ぐ。だって購入してから八日間以内に返品しないといけないからね。そりゃ皆焦って返品するでしょ。おかげで商売あがったりさ。
まあ個人的な恨みはおいといて、こんな感じで会社の経営は大変なことになったわけさ。それから僕は大量に椅子と机のある学校に売ろうと思って営業したが相手にされなかった。「それをつけて何の意味があるのか」と言われたから、「そもそも僕らは裸足ではないのになぜ椅子や机は裸足なのか」そう言い返したが、相手は怒って僕を追い返してしまった。全く納得いかなかったので他にもたくさんの学校をあたったがどれも駄目だった。
もう八方塞がりとなった僕は原点に戻ることにした。それはつまり卒業文集をもう一度読んでみようと思ったわけだよ。卒業文集は卒業アルバムの中に記載されているんだけど、たまたま卒アルに載っている写真を見て閃いたんだ。
運動会だよ! 小学校とか中学校で運動会の際に椅子を外に持ち出すでしょ? で、終わって中に入れる際に足を拭かなくてならないじゃん? そんな時に足を包むあれをつけて椅子を外に持ち出せば汚れずに済む! そう思った僕はすぐさま運動会の季節真っ最中の学校に売りに行った。そしたら何とバカ売れ! これで経営はなんとか立て直したんだ。
しかしね、僕はまだまだ上を目指しているわけだよ。今のままじゃ、運動会シーズンにしか売れない。一年間ずっと売れるようにしたいんだ。それで僕は小中高だけでなく大学でも売れないものかと、何かのヒントを得るためにここに来たのさ。部外者は普段入れないからね。本当のところは真面目に仕事をしていたわけだよ。
ただ、こうして観察してみると大きな問題があることに気がついた。大学の机と椅子のほとんどは地に足がついているんだよ。ほら、ここもそうだけど床にくっついちゃってるじゃん? これじゃ履かせられないよね。それでどうするか、切り離すしかないと思ったわけだよ。足がないならつくればいい。でもそんな切り離す作業、すぐにバレてしまうよね。そこでだ。この仕事を君にやってもらおうと思っている。僕が最初君のことを本物の猫かと思ったと言ったがあれは冗談じゃない。本当のことさ。君が猫に変装して潜入すれば誰にもバレることなく床から切り離すことができるだろう。どうだろう? やってみないかね? 報酬は弾むよ。もしよかったら履歴書を送ってくれないか。僕のこのメールアドレスにPDF形式で送ってくれればいいから。それじゃ待ってるよ。