第一話 屋上で何
HRが終わって、クラスにざわめきが戻りつつある頃。俺は、朝の読書の続きを読んでいた。もともと、人とあまり関わりたくない性分なので、読書というものは、とても心地よい。
ふいに、誰かの匂いがした。女子生徒特有の、髪の匂い。
「あの、梗子ちゃん?」
「そうだけど。」
学校生活では、英『梗子』として生きている。女子に話しかけられるのは、あまり慣れていないため、どこか不自然に愛想悪くなってしまう。(かといって、男子であっても同じようなものだ。)読書中に話しかけられると気分が悪くなる...
「実は、朝、これ預かって...4組のY田君。梗子ちゃんに渡してほしいって言われたの。」
「...ありがとう」
俺は女子から二つ折りにされて、テープで止められた紙切れを受け取った。ポケットにでも入れていたのだろうか、毛玉が付いている。
「中身何?」
...あまり詮索しないでほしいなあ。
「...18時に屋上来てほしい、だって。」
「なにそれなんかちょっと怪しくない!?Y田君て、テニス部でモテるって言われてるよ?梗子ちゃん...もしかしたら告白されるんじゃないの!」
俺は目を見開いた。Y田...君て、男だろ?俺が、告白される?あ、そうか、女子生徒として暮らしてるんだった。でも...なんで俺...
彼女の声が大きいせいで、クラスのうわさ好きの生徒たちが一瞬こっちを見た気がした。なにこれ。気持ち悪い。
「あ...私、トイレいってくるね。」
「ああ、うん!屋上、いってあげなよ!」
「...」
返事はせずに、教室から出た。トイレになんか行かない。ただちょっと、今の空気の教室にはいたくない。
それにしてもうるさい女だった。なんて奴なんだろう。名前なんか覚えてない。
よく、無関心だとか、愛想悪いって言われるけど、自覚してる。だって、本当に興味がないから。
放課後、午後6時。そろそろ日も落ちそうな夕焼け空の下。風でスカートがなびく。そんな中、一人屋上で例のY田を待っていた。
4組なんて覗いたこともなかったし、ほかのクラスに興味もないから、Y田なんて見たこともないし、会話がないから知るはずもない。なのに、向こうは俺を知っているという感覚が、気持ち悪かった。
手すりに寄りかかって、下を眺めていると、野球部がランニングしているのが見える。
「ごめん、待ったかな?」
扉のほうを見ると、肌色の濃い、ジャージ姿の男子生徒がいた。
「俺、4組のY田K太。ごめんね、急に呼び出しちゃって...」
あ、テレビで見た有名人に似てる。これでモテるのか。
それにしても名前も聞かないのか。まあ、俺みたいに色素薄い奴なんてここにはいないから、聞かなくてもわかるか。
「...っと、今日風強いね。梗子ちゃん...寒くない?」
「うん。」
そろそろ五月だっていうのに、寒いわけがないだろう。馬鹿か。
「でさ、ちょっと大事な話...聞いてくれる?」
「いい、けど...」
何を語るのかと思っていたら、俺が手すりに寄りかかっているように、真似して、距離を詰めてきた。
「実はさ、入学式のとき、君の事ふって見えてからさ...なんか、よくわかんないんだ。ちらっとすれちがったり、集会とかでみたりするとさ...こう、ドキッて...」
早く本題に入ってほしい。寒いと言えばよかった。
「......俺、梗子ちゃんのこと、好き。なあ、俺と付き合ってよ。」
は...。朝、女子に言われたことが蘇った。告白。今、俺、男子に告白された?いや、向こうは俺のこと女子だと思ってるんだった。
「出来れば...今返事もらっていい?」
「...」
なんていったら良いんだろう。小学校低学年の頃、女子には言われたことあった、『好き』。男子相手...どういったら良いんだろう。今まで興味がなくて、なにも触れてこなかった。それが今、俺を苦しめてる。確実に。
少し間が空いてしまったけど、思ってることいえば言いのかな。
「...えと、経験無いから、上手く言えないけど。...私は君のこと、1ミリも知らない。だから、ちょっとそういう気にはなれない。大体、君も私のことあんまり知らないよね。普通、知らない人とお付き合いしたくないでしょ。」
もうこれ以上、何をどういう風に言えばいいのか分からなくなった。俺はその場から去った。唖然としているY田の顔が面白かった。
「ねえ、断ったって、本当?」
昨日のうるさい女子がまた話しかけてきた。
「うん。知らない人だったから。」
「え~、でもイケメンだったでしょ!?」
「...わからない。」
声がでかい、よく喋る、動作も激しい、の三点兼ね備えた素晴らしくうるさい女子だな。
昨日のことを話したとたんにこのテンションだ。うるさい以外に何であらわせるか。
「ふーん、まあ梗子ちゃんらしいね。あたし、A美。よろしく。」
「は...」
突然に自己紹介された。なにこれ。これも経験に無い。
「ここまでお喋りしたんだから、もう友達じゃん!よろしく梗子!」
...呆れた。この女は馬鹿も付いている。