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譜術の書士  作者: みるく
3/21

3.開店準備


 大通りとは一本ずれているが、人通りは充分だ。周囲の店の傾向も悪くない。何より警備隊の詰所が近くて、治安は最高。

 紹介された物件を下見して、イサナは高笑いしたい気分だった。

 木と煉瓦が組み合わされた三階建てで、屋上付。三階は物置なので、実質は二階建て。一階を店舗に改装し、二階に住む。場所をとる本や道具は三階に置けばいい。

 実に理想的な物件だ。

「――買います」

 即決した若い娘を、この地区の世話役は目を丸くして見つめた。

「本当に?」

「ええ。でもあちこち直したいので、業者の紹介もお願いします」

「それは、かまわないが・・・」

 世話役の中年男性は感心したように息をつく。

「噂には聞いてたが、魔術師ってのは儲かるらしいな」

「まさか。占い師よりはまともですけど、そう大差ありませんよ。でもまあ、特殊な仕事ですから支援してくれる方もいらっしゃるんです。というか、ありがたいことにあちらから店を出せと背中を押してくださって」

「へぇ、そうなのか。だから・・・」

「ええ」

 真っ赤な嘘だが、自分の身を守るための大事な鎧である。小娘が大金を得られる立場にあると知られても、ろくなことにならない。

 家――というよりも土地は、買うと言っても個人のものにならない。法律上、土地は国のもので、人々はそれを借りている。街の土地は街が管理し、さらに地区ごとに世話役が置かれて管理がなされている。世話役は国から来た役人ではなく、その土地の人間だ。土地管理以外にも役人から委託されるこまごまとした仕事があるようで、多忙な職だと言う。

 場所を変えて契約を交わし、支払いを終えると、今度はあわただしく改装のための業者を手配する。

 大工は職人気質だから、小娘が直接注文するより紹介料を払って世話役に仲介してもらったほうがいい。イサナの考えは的中して、気難しげな初老の大工が、弟子を引き連れてやって来た。

 世話役にも同席してもらって、出来るだけ世話役に説明を任せて要望を伝えていく。

イサナは笑顔を振りまいて、口を出すときにはやんわりと、婉曲的であることに努めた。

 改装にはひと月弱かかると大工は言った。告げられた金額が相場より少し安いことにイサナは満足し、もっとも上質な笑顔を引っ張り出した。

 改装中は、毎日足を運び、大工たちの機嫌を取る。その一方で、手が抜かれていないか、注文通りにできているかを細かにチェックした。

 その間にも譜を描いて酒場で営業をして売る、いつもの仕事はこなさなければならない。

 忙しいけれど、楽しみで疲れを感じない。

 むしろいつもより仕事が進むくらいだ。

 あまりにも上機嫌なイサナに、何人かの常連が気づいてその原因を聞いてきたので、素直に答えた。

「独立したお店を持つんです」

「はあ?!本気か、嬢ちゃん!」

 いつもの行商人は、椅子から転げ落ちそうになるほどに驚いてくれた。

「まあ、そこそこ儲かってるだろうと思ってたが、それほどとはね」

「でも、これですっからかんですよ。いい仕事持ってきてくださいね」

「わかったわかった、開店した時にはご祝儀としてどーんと注文してやるよ。しかし、なんでまたわざわざ店を?」

「店と言うより、譜を描く環境を整えたかったんですよ」

「へえ?」

「ここの上の部屋だと、大きい道具は扱いづらいし、魔術書を置くスペースも限られちゃうんですよね。材料も大量に仕入れて置いとくには物騒ですし」

「そうかい。魔術ってのはよくわからんが、そういうものなのかね。しかし、じゃあ、開店したらここへは来ないのかい?」

「いえ。マスターにはお世話になってますし、今後も来てほしいって言ってもらえたんで、回数は減らす予定ですけど来ますよ。新規顧客獲得のための営業にもなりますし」

「相変わらず言うことがしっかりしてるな。ほんとに嬢ちゃんとの商売は安心できるよ」

「あらうれしい。でもお世辞はご祝儀に上乗せしてくださいな」

「はは!あんたはほんとにしっかりしてる!わかってるよ、開店の時に派手に祝ってやる」

「ありがとう!大好き!」

 イサナは大げさなくらい喜んで見せた。

 小娘であることは侮られる原因だ。しかし一方で、うまく使えば武器になる。

 この武器をフル活用して大工の仕事を見守った結果、予定よりも早く工事は終わった。



 一階部分は店舗。入り口正面にカウンターがあって、カウンターの内側には材料や道具、完成した譜を置いておく棚を作ってもらった。カウンターの脇にはスペースをとっていて、テーブルと椅子を置いて、さばききれない客に待ってもらうための場所にしようと考えている。

 カウンターの奥は、簡易の作業場と、台所とトイレと風呂。外のタンクに水を溜めておけば、蛇口をひねるだけで水が出てくる構造を作ってもらったので非常に便利だ。風呂にしても台所にしても、自作の熱魔術の式を組み込んだので、楽に生活できる。照明も、ランプの譜を張り付けるのではなく、天井に術式を描いた板を張り付けてもらった。

 ほとんどは隠してあるが、壁や床にも術式を刻んだ板を使っている。

 たとえば結界。譜を描いている最中に万が一爆発しても、周囲に飛び火しない。

 さらにイサナを主人として設定して、あらゆる災厄から身を守るための術を刻んだ。イサナが鍵となる言葉を一つ言えば、押し入って来た強盗を取り押さえられる。

 防犯はいくらしても損しない。魔術による防犯だから、コストは木版だけ。あとはイサナの技術とやる気。

 あまりの念の入れように大工たちには軽く引かれたが、彼らも魔術に関しては素人なので本当の意味でこれのすごさを理解していない。

 理解していたら、もっと引かれていたはずだ。

 引っ越しの予定を立てつつ、木屑が残る室内を隅から隅まで掃除して、さらに新しい家具探しに奔走した。

 改築に金をつぎ込んだので家具くらいは中古の安物で選ぼうとしたのだが、仕事のための道具は妥協できず、注文することになる。

 その分稼げばいいのだと自分に言い聞かせる。

 そんなことをしているうちに、家を買ってから二か月が経った。



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