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譜術の書士  作者: みるく
20/21

20.契約魔術




 最後の式を描き切って、イサナは大きく息をついて椅子に深くもたれた。

 気づいたセセストリカが「お疲れ様です」と声をかけてきた。

「術の整合性が取れてることは保証するけど、細かいミスがないかはそっちで確認して。あと、この辺はまだインク乾いてないから気を付けて」

 イサナは体を起こし、ペンを片付け、インク壷のふたを閉めた。ひっくり返すと苦労が台無しになる。

 セセストリカはうなずいて、ソファで仮眠をとっていたスィーリを容赦なく起こした。

「スィーリ。ちょっとその無駄な魔術適性を発揮してくれないかな」

 スィーリはすぐに体を起こしたが、頭を抱え、呻いている。

「一番眠りが深いところだったのに」

「仮眠と宣言しておいて本格的に寝ないでくれない?」

「人の休憩をなんだと思って……俺の頭の神経が焼き切れてもいいとでもいうのか」

「あ、もしかして魔術師が頭使いすぎると脳みそが爆発するってほんと?」

「だったらなんだ。本当なら見てみたいとでも言うのか」

「いやぁ、もしなったら、貴重な検体だよね。脳みそ溶けて鼻から出てくる説もあったけど、どうなのかなぁ」

「それでも医者か」

 セセストリカの軽口に半ば本気で怒りながらも、スィーリはイサナの組み上げた魔術のところまでやって来た。

 魔術を目にしたとたんに、すっと顔つきが変わる。

 おそらく数十秒。

 スィーリは瞬きもせず、魔術を見つめていた。やがて目が乾いたのか、目頭を押さえた。

「……スィーリ?大丈夫?」

「大丈夫ですよ、後から目に良い薬湯を飲ませときますし」

 セセストリカのスィーリに対する扱いが非常に雑だ。

 そんなセセストリカをスィーリは充血した目で睨みつけた。

「術は問題ない。――だがこの術は、里に詳細を持ち帰るな。使用後は破棄しろ」

「なぜ」

「逆に聞くが、外の魔術師が組み上げた術をどうするつもりだ」

「後学のために色々と」

「お前らの勉学のために組み上げられた術でもない、そのための対価を支払ったわけでもない。それを堂々と盗むな。お前も、他の奴らもだ、使用に関する契約書を書け」

「わかっている。冗談だよ。開発者の権利は大切だ」

 イサナはそのやり取りを聞きながら、なるほど、と思った。このまま彼らが持ち帰ってしまえば、彼らは今後独自にこの術を使える。だが使用を今だけに限り、そして今後彼らがどうしても同様の術を使用したい時はイサナに頼ることになる。その時のイサナは部外者だから、商売が出来る。

 イサナは先ほどしまったばかりのペンとインクを取り出した。

 出来上がっていた魔術に、使用後は燃えてしまうような術を描き足す。さらに、別の紙に契約書を製作した。

 魔術的に意味を持つ――契約を反故にすると罰則のある――、少し大きな取引になると時折使われるものだ。

「違反した場合の罰則は、喉潰すくらいでいいかな」

「……契約慣れしすぎでしょう」

 セセストリカが呻いた。

「いや。私も魔術師相手に契約の魔術式描くの初めてだから。純粋にアドヴァイスが欲しかったんだけど」

 イサナの商売の取引相手に本職の魔術師はいない。それどころか、ほとんどが素人である。

「イサナ、そういう曖昧さを受け入れる式は、里が全力出せば破棄できる。もっと即物的な式にしろ」

「え。でも曖昧にしないと、変なところで引っかかって反故扱いになる危険があるけど」

「素人相手には寛容さが必要だが、こいつら本職だぞ。変なところで引っかかる方が悪いに決まってるだろう」

「なるほど。んっと……じゃあこれで。反故にすると、魔術的な喉、――つまり呪文を唱える能力がダメになるよ。一生」

 里人四人分と、スィーリの名を書く欄を用意して渡す。

「エレはいらないよね?」

「いらん。残念ながらこれを理解する頭がない」

「……そんな言い方はないんじゃない?」

 イサナが心配したのはエレの魔術酔いなのだが、スィーリにとってはそれ以前の問題で対象とならないようだ。

「リオとダイナも、もともと魔術適性が低いから必要ないとも思うが、まあ念のためだな」

「じゃ、血判か、血を入れたインクでのサインをどうぞ」

「サインは止めておけ。魔術師ならば不正が出来る」

 スィーリが指先を突くための針を取り出しながら言う。――魔術を扱う者は、己の血を魔術に使うことがある。魔術師でなくとも、大きな取引には魔術を用いた契約がよく使われるので、専用の針を持っている人は割と多い。

 セセストリカがため息をついた。

「痛いのは嫌いなんだけどなぁ……」

「人の傷口を喜々として縫うやつの言うセリフか」

 スィーリはあっさりと契約書に親指を押し付けた。

 セセストリカもしぶしぶ承諾して判をつく。

「じゃ、残りの三人からも承諾があったら引き渡すね」

「少し待ってください。すぐに集めますから」

 セセストリカが窓を開けて言う。夜風が吹き込んで来て、一気に室内の温度を下げた。

 彼は何事かの呪文を紡いでいたが、それは魔術ではない。魔法だ。魔法を扱う際の呪文とは、術者の使いたい魔法を引き出すための「切っ掛け」だとされる。つまり魔術と違って、決まりきった文言は存在しない。

 セセストリカが使ったのは風魔法だ。風声と呼ばれる、遠くに声を届けるものである。

「あの人、治癒術の上に風声まで使えるの?」

 風声魔法を自在に使いこなせる魔法使いは希少価値が高いと言われている。そして治癒術はもはや物語でしか聞かないレベルの代物。それを身一つでこなす彼の多才ぶりにイサナは驚いた。だがスィーリは平然としている。

「せいぜいこの建物の敷地内くらいだろう。風声と呼ぶのもおこがましい。この程度なら、里人の半数は使うぞ」

「うわー、さっすが最強の魔法魔術機関」

「里の門下生たちは、専門性を磨くことを推奨されるが、汎用性のあるものは得手不得手に関わりなく叩き込まれるらしい」

「らしい?」

「俺は里の門下ではない」

「どこで勉強したの?あ、そっか。シグナか」

「ああ、シグナの村でも、魔術に関してだけは、同等以上の教育が出来る」

「さっすが魔術師一族」

 現在、大陸全土で一般的に使われる魔術は、シグナの術を源流としている。他の系統との違いを強調する場合にはシグナ魔術と呼ばれる。本家本元の生まれの彼が、他で学ぶ必要はないのだ。

 なんでもないことのように相槌を打ったが、少しばかりイサナは憂鬱になった。彼らはイサナが望んでも得られなかった環境にいたのだ。

 話しているうちに、里人たちが集まった。契約には関係ないが、一応エレも呼ばれていた。

 セセストリカが説明すると、エリューはあからさまに嫌な顔をした。

「痛いのは嫌いなんだけど」

「騒ぐほどの痛み?」

 ダイナは心底理解できないと言わんばかりの表情である。嫌がった男二人に対し、ダイナとリオはあっさりと受け入れた様子だ。

 わいわい言いながら、残る三人も判を押した。

 契約書を受け取れば、イサナの仕事は終わりである。

「じゃ、こちらの魔術をどうぞ」

 エリューが頷き、里人らを見回す。

「さっそくやろう。スィーリ、頼む。セセ、補助を。リオはここにいて。結果が出次第千里眼を使ってもらうことになると思う。――ダイナとエレは、しばらく休んでていいよ。食事でもして備えておいて」

 それぞれに「わかった」と返事がある。

 エリューの「出て行け」という視線を受けて、イサナは黙って退室した。

 彼の態度だけは気に食わない。――が、やり遂げたという達成感はある。

「じゃ、飯行こっかね」

 共に部屋を出て来たエレが、にこりと笑った。




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