2.占術
がらんとした昼の酒場に、少女らが集まっていた。
イサナは少しくたびれの見えてきたカードを、魔術織の敷物の上に並べていく。
そんなイサナの周囲を取り囲む少女らは、息をつめて――しかし楽しげに――イサナの手の動きを目で追っている。
イサナはぼろが出ないよう、頭の中で手順をしっかり繰り返してから、最初のカードをめくった。
獣のカード。別の列のカードをめくると、黒が出る。
眉根を寄せた。あまりよくない。
「どう?」
「結果は?」
少女らが耐え切れなくなったのか喋りはじめた。
彼女らは、この街に住む十五歳から十八歳の未婚の娘だ。イサナの友人と言って、支障はない。イサナはこの街に来てそれほど経っていないので、生まれた時から今まで続く彼女らの輪には入り切れていないが。
「困難な未来、って出ちゃった」
「ええっ!」
「ニニ、大変!」
娘たちが悲鳴を上げる。――が、どこか楽しそうだ。
イサナは新たなカードをめくる。
「向かう黒の獣は敵対する者、もしくは困難な壁。でも助けてくれる何かが現れる」
「ナキとニニの恋は前途多難ってことかぁ」
「でも、誰か助けてくれるんでしょ?あんたたち、助けなさいよ?」
「えー、どうしよっかなぁ?」
「ちょっと!」
「次!次は私を占って!」
国の法では十七歳になると一人前として扱われる。このあたりでは、娘は成人して間もなく結婚するのが当たり前になっていて、イサナの周囲に集まった娘たちが自分の恋の行方を気にするのは当然のことだった。
卜占は、魔術の一種と考えられている。正確な未来を見るには「未来視」と呼ばれる才能を必要とするが、町娘の恋占いにそれほどの確かさは必要ない。むしろ、現実味を帯びた予言は気持ち悪いだけだろう。
イサナお得意の魔術譜で才能を補い、正確な手順を踏めば、そこそこ当たる、娘たちにとって都合のいい恋占いの出来上がりだ。
全員占いを終えると、少女の一人が甘いものを食べに行こうと提案した。
ここはそれなりの規模の街なので、嗜好品を売る店も少しだが存在する。少女らの家は金持ちとまでは言えないが、少女ら自身が多少は働いているので、時に贅沢をするくらいの小遣いは持っている。
「イサナはいつも通り奢られてね!」
「もう、いいって言ってるのに」
「遠慮しないの。大通りの占い婆より当たるんだし、しっかり商売にすればいいのに!」
「無理だよ、大して才能ないし。それで奢ってもらうのも悪いよ」
「ほらほら、行くよ!」
イサナはこの占いを「友人限定」で、無料でやっている。
家を出た当初、この占いで食っていくことも考えたが、術譜を描く方が遥かに良い収入になったので潰えた計画である。
もちろん空いた時間に商売として占いをすれば、収入は増えるだろう。
けれどイサナははした金は捨てて、コネを作るための手段として利用することに決めた。
イサナの商売は、直接街の人々に役立たない。自警団にも譜を提供しているが、そのほかの大口の客は冒険者や傭兵と言った、堅気とは言えない職種の人間だ。当然、街の住人の中にはこれらの職業に偏見を持つ者もいる。
一歩間違えば、イサナも堅気ではない人間として見られ、爪弾きにされてしまう。
ちなみに占い師は、魔術師や魔法使い崩れの底辺の職業と見られている。
こうやって占いで、自分と同じ年頃の娘と関係を築くことで、街の人々からのイサナの評価は、「若いがそれなりに腕のいい魔術師で、魔術譜を専門にしている人」となっているのだ。
娘たちに急かされて道具を片付けていると、営業していない酒場のドアが開いた。
くるりと振り返ってみれば、十歳を過ぎたくらいのこどもの姿がある。
「イサナさんって、いる?」
「私だけど」
「ああ、そうなんだ。一区の世話役の使いなんだけど」
イサナが「ああ」と合点がいくのと同時、少女らが顔を見合わせた。娘たちは察すると同時に、普通なら縁のなさそうなその単語に戸惑っている。
「どうしたの?」
「いい物件が空いたんで見に来ませんか、と。確かに伝えたよ」
「そう。ありがとう。午後からうかがうと伝えて頂戴」
「うん」
使いのこどもに駄賃を握らせて帰す。
すると少女らが騒ぎ出した。
「物件ってどういうこと?家でも借りるの?」
「イサナ、うちを出て行っちゃうの?!」
「はいはい、甘味屋についたら話すよ」
友人たちをあしらいながら、イサナは心の内でにやりと笑った。