13.地下書庫にて
真夜中になって、イサナはいつものようにカンテラを手に地下書庫へと向かう。
階段を降りた先、アンティークの椅子にはスィーリが座り、本を読んでいた。
イサナが来たことに気づいて、片手を上げてあいさつするが、視線は本から一瞬たりとも外さない。
「エレは?」
「奥で寝てる」
「客擬きは吐いた?」
「すがすがしいまでに。――あの地区の大家?に頼まれたらしいぞ」
「ああ、やっぱり」
イサナが予想した通りだった。
店舗の斡旋をした、地区の世話役のことである。
「流通が止まって、仕事がなくて食い詰めていたところを雇われたらしい。ちょっと脅せば魔術譜も手に入るからと口車に乗せられて安い金で使われていたようだ」
「ベタ過ぎてもう何も言えない」
「そうか。――大家に退去を迫られているのか?」
「うん。例の噂のせいで。自分が世話したやつが失踪事件の犯人だった、なんてなったら嫌みたいで、ちょっと前にこんなもの送ってきたの」
結果は予想できていたので、彼らにわかりやすく説明するために持参した退去勧告の文書を見せる。本物ではなく、魔術で写し取ったものだが。
スィーリがその紙を手に取る。
「退去勧告というのはいいが、なんで理由が書いてないんだ?」
「書けることがないからじゃない?契約前ならともかく、噂だけじゃ追い出せないもん。腹立ったから、届いたその日に役所にこれの本物添えて訴えたの。たぶん不当に借主を脅してることになるから、行政指導でも入ったんじゃないかな」
世話役は、建前上行政の委託を受けての仕事である。このような田舎では役が世襲されており、ほぼ家業になっている。そこに、「この世話役が不正をした」と訴えられたら、内容によってはお役目御免、他に働く術も持たないのに職を失うことになるのだ。
「ま、あの程度なら注意で済んでると思うけど」
「おまえ・・・案外容赦ないな」
「率先して拷問なんて提案するあなたには言われたくない」
――あの客擬きは、ここに運ばれている。運んだのはエレで、その間街の人々に怪しまれないよう幻惑術を使ったのはスィーリである。幻惑術はシグナが得意とする魔術の一つらしく、まったく怪しまれることなく気を失った人間を運ぶことに成功した。もっとも、イサナは任せっきりだったので見ていないが。
「そういえば客擬きは?」
「街外れに置いて来た。――まだ吐かせたいことがあったか?」
「ないない。もともと吐かせるほどのことでもなかったし、これ証拠に訴えてもあっちがしら切通して終わるだろうし」
店に来て説教していたあの善人ぶった顔を殴りたいと思う程度にはまだ腹が立っている。放置してもおとなしくなるとも思えない。
しかしこれ以上は何もできない。少なくとも合法の内に収めようとすると、手段がない。
憂鬱を抱えながらも、イサナはスィーリの正面に座る。
「それで、できたのか」
「はい、どうぞ。街の構造魔術からの引用と、占術を組み合わせた探索魔術」
二枚の固い紙の間から、少し大きめの魔術譜を取り出した。
この街全体を使った地下書庫を隠蔽する役割を持つ大規模構造魔術。これを写し取った紙の上に、さらにイサナが占術を加えたオリジナルである。
「おまえ、本当に純血じゃないのか」
「雑種だよ。残念ながら」
スィーリが驚き感心しているが、イサナの心は躍らない。ずきずきと胸が痛み、気分が沈む。
「あくまで占術だから、現在のこととはいえ完全に当たるわけじゃないってことを覚えておいてね」
「無論だ」
ここに探し人の名前と生年月日の情報を入れて、街の中のどこにいるかを導き出す。
見つかれば、手掛かりになる。なんせ、痕跡一つなく消えた隊商のメンバーの一人なのだ。何かを知っているに決まっている。
「対価はこれくらいでいいか?」
と、スィーリは金貨を十枚、机に積み上げる。
イサナはちょっとげんなりした。
「ほっんとに金持ちなんだね」
「必要経費として請求するから問題ない」
「うわぁ・・・」
それはイサナ含む街の人々が納めた税金だ。
「何度も言うが、魔術を安売りするな。大規模構造魔術を理解し利用できるような魔術師はごく稀だ。お前は記述魔術を仕事にするほど精通しているから特殊技能とは思えんのだろうがな」
イサナは口頭魔術をほとんど使えない。だから魔術師を名乗らない。
師もいない、教本もたった二冊。そこから得られた知識に考察を加え、組み合わせ、記述し、――そうして身についた思考が、イサナのオリジナルの譜製作を支えている。
決して恥ずべきことではない。むしろ重ねた努力には胸を張っていい。
そうわかっていても、イサナの心は晴れなかった。
スィーリが譜を見ながらぶつぶつとつぶやき始めた。何やら怪しい光景だが、頭の中を整理するのにイサナもよくやることなので気にしない。
イサナがやることはもうないので帰ろうとすると、奥からエレが伸びをしながら出て来た。
「あー・・・良く寝た。――あれ、イサナ?なんだ、夜中に。仕事?」
「うん。今渡したから、ほら」
没頭するスィーリを示すと、エレは納得したようにうなずいた。
「そういやチンピラは捨てといたけどよかった?」
「うん。スィーリに聞いた。ありがとね」
「いいよ、俺運んだだけだし」
「・・・吐かせたのって、スィーリなの?」
てっきりエレの方が適任だと思っていたのだが。
「スィーリの方がうまいよ。俺だとほら、回復が難しいから?」
「そういうのに適した魔術とかあるのかな・・・」
「あるみたいだぞ」
「・・・・・・」
なんでも貪欲に学んできたイサナだが、それは学ぶべきかどうか迷う。
「帰るなら送るぞ」
「ううん、大丈夫。いつもの道だし」
「いや。変なの湧いてるし。ああいうのって、夜の方が酷いだろ」
「ああ・・・」
確かにエレの言い分には説得力があった。経済の悪化は治安の悪化と比例する。昼間に面倒があったばかりなのだ。イサナの呑気さのほうが問題である。
「俺、街に問題がないか毎晩見回ってんの。ついでだから気にしなくていーよ」
「別に料金取るわけでもない、送ってもらえ。お前の知識と技術は粗末にしていいものではない」
スィーリが魔術譜から目を離さず言う。この男は目の前のものに没頭しているようで、意外と周囲の会話を聞いている。
ふとエレの方を見ると、なぜかイサナを同情するような表情だった。
「・・・なに?」
「スィーリの今の言葉を訳すと、便利で使えるから今後も利用する、そのために無事でいろって意味。こき使われないように気を付けてな」
「・・・帰る。送って」
「はいよっと」
エレは置いていた剣をつかむと、先を行くイサナを追って来た。




