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譜術の書士  作者: みるく
12/21

12.訪いと占い






 魔術師スィーリスフィアが店に来たのは、地下書庫で意見を交わしてから四日目の、閉店間際だった。一緒に、エレの姿もある。

「なんか、疲れてるね」

「おまえはやたら元気そうだな」

「これでも昨日徹夜だけど。そちらのあなた、今日は平気なの?」

 以前店に入ってすぐに倒れた彼に尋ねると、「ヘーキ」という軽い言葉と笑顔が返って来た。

「頼まれたもの、けっこう出来てるよ」

 イサナは分厚い紙の束をカウンターに置いた。

「さすが仕事が早いな。これでしばらく煩わされずに済む」

 スィーリは枚数を数えると、値切ることもなく、当初の約束通りの値段で引き取ってくれた。金貨数枚に及ぶ取引である。

「ところで、こういうもん作ってみたんだけど、どう?」

 イサナは勝手にアレンジした、彼の譜の複製を見せた。

「私のインクと紙使ったの」

「線一本で式になるのか。恐ろしいな」

「使えそう?」

「むしろ問題を探す方が難しい」

「こっちは紙作るのに手間がかかるけど、これだったらインクだけ。調合を厳密にやらないといけないところが難しいけど、入ってるものは単純だし、材料費高くないし、量産にも向いてるよ」

 スィーリはほう、と息をついた。気に入ってくれたらしいことを察し、イサナもほっとする。本職に見せるのは緊張するのだ。

「仕事の終わる目途は立った?」

「それなんだが、聞きたいことがある」

「なに?」

「お前、妙な噂を流されているな」

 イサナは眉間にしわを寄せ、ため息をついた。

 話が面倒になりそうなので、カウンター脇のテーブルへ二人を案内する。

「・・・私の自作自演、ってやつ?」

「それだ。なんでそんな話になった?噂の出どころはわかるか」

「その前に教えて欲しいんだけど、噂って、どう聞いてる?」

「予め隊商を襲うように仕組んでおいて、占いをして当てて見せて名声を得ようとしている、と。そんなに当たる占いなのか」

「厳密に場を整えればそれなりの結果は出るけど、未来視の能力があるわけじゃない。基本的に、友達限定でやってた。でも、第一の被害については、商会から直接依頼が来て・・・仕入れで懇意にしていたところだったから、確率はこれくらいだってことまで先に説明してから内密に占ったの。

 第三の被害は、私の友人の家が支援する隊商で、その友人から頼まれてこれも内密にって話で占った。どっちも悪い結果だったよ。第三の被害が明らかになったころに噂も出始めたから、私の友達が内緒に出来なかったと考えるのが普通かな」

「魔術譜屋なのに占いで名を上げようとしている、って噂には無理ねーかな?」

 エレがテーブルに置いてあった茶菓子に手を伸ばしながら首を傾げた。

「占い師って、別にこう、いい職業ってイメージはないよな?」

「ないな。予言者ともなれば別だが。世間に名を出して眉唾扱いされない占い師は大魔女くらいだ」

「ふうん?とにかく変な噂だな」

 言うだけ言って、エレは茶菓子を食べ始めた。感想は言うが、深く考えることはしないようだ。

「魔術譜を売りつけるのが目的だったならば、わざわざ占って目立つ必要もない。よって、噂は信用ならん、と結論付けるべきだな」

 スィーリは顎に手を当てて「ふむ」と唸る。

「――イサナ、改めて占えるか」

「出来なくはないけど・・・」

 占いのせいで今の状況があるのだ。出来るならば遠慮したい心境だ。

 しかし、やたら眼力の強いスィーリに気圧されて、結局折れることとなった。

 魔術織の敷物をテーブルに敷いて、魔素濃度の高い油を使うランプを灯し、カードを並べる。席を立って様子を見守るエレがずっと茶菓子を食べていることが気になるが、深呼吸して正面に座るスィーリを見る。

 隊商に所属する人々の名前や生年月日の情報は彼がちゃんと持って来ていた。シグナだけあって、占いの方法を知っている。

 隊商三つ分となると、占う対象はかなり多い。途中休憩を挟みつつ、生死と居場所を丁寧に占っていった。

 全二十一人中、十七人が死亡、四人が生存と出た。

 居場所については、十人が近くの森の中、二人がこの街に、四人が隣町と出た。そのほかは不明である。この街にいると出た二人は、生存と出た四人の中に入っていた。

「・・・この街で、生きているだと?」

「外れる可能性もあるよ、鵜呑みにしないで。・・・でも変だな、最初の被害を占った時も、生きている一人が街にいるって結果が出た」

「・・・怪しいな。もっとピンポイントで居場所特定ができないのか」

「それは中途半端な占いよりも千里眼のほうがいいでしょ。風使い、仲間にいるって言ってなかった?」

「まだシスコンの兄貴に捕まっているから帰らん。それに千里眼は、術者が知っている人間でなければ難しい」

「じゃあ探索魔術?それにしても血か爪か髪の毛ほしいけど、うーん・・・この街の構造魔術を利用したら探せるかも?」

「なるほど、それなら術を大幅に省略できるな」

 急いで占いの道具を片付けて、今度は譜のための紙を広げる。

 スィーリは何も見ることなく、この街の構造をさらさらと描き出して見せた。

「あなたって、記憶力いいんだね」

「魔術に対してだけだ」

 誇ることともなく彼は言う。

 店の外に闇が降り、店の中では天井に仕込んだ魔術の灯りが点る。

 普段ならば家路を急ぐ街の人や、夜の街に繰り出そうと言う流れの者がそわそわし始める時間なのだが、最近は人通りも少ない。

 ドアベルが鳴ったのはその時だった。

 魔術に関して議論していたせいですっかり忘れていたが、「営業中」の札を出したままだ。勘違いを招いても仕方がない。

 そう思って慌てて顔を上げたイサナだったが、目に映ったのは客とは思えない輩だった。

 小物臭のする、冒険者風の男二人だ。これ見よがしに腰に剣を下げているが、粗悪品。酒場の給仕中にも、こういう男たちは何度も見て来た。ニニの言葉を借りれば、安酒しか飲めない底辺のゴミ、である。

 イサナの譜を買えるほどに稼げる冒険者や傭兵は、もっといい装備を身に着けている。装備品だけで客か否かを判断するつもりは全くないが、入って来た瞬間の表情や態度からも客でないことはわかっていた。

「いらっしゃいませ、何をお求めでしょうか?」

 それでもイサナは満面の笑顔で迎えた。小娘のふりまく愛嬌で毒気を抜かれて去ってくれるなら、安いものである。

 酒場でも、金はないくせにイサナから譜を得ようとする薄汚い輩はいた。へらへら笑いながらイサナを口先で丸め込もうとしたり、暴力に訴えようとしたり。――はじめのうちは戸惑ったが、ひるまずに天然のふりをして微笑んでやればクズのうちの一割は引いた。

 本日の客擬きは、残る九割に属していた。

「ここで、いいもんをくれるって聞いたんだけど?」

「はい!魔術譜を取り扱っております。少々値は張りますけど、どんな方にも簡単にお使いいただけて、皆様からご好評いただいているんですよ」

 イサナは微笑んだまま、カウンターの内側へと戻る。

 スィーリは客擬きをじろりと見ただけで動こうとしない。エレは目立つ動きはしなかったが、体重をかける先が、背から足へと移ったのをイサナは見ていた。

 客擬きの片方が、カウンターに肘をついて身を乗り出してくる。

「おまけしてくれるって聞いたんだがね?俺たちにも、おまけくれないかなぁ?」

「一定数お買い上げいただきましたら、ですね。普段は手を出しにくいものや新作を、お試しと言う形でお渡ししています」

 そう答えた瞬間、もう一人がカウンターを蹴りつけた。

 音に驚くが、表情は変えない。怯えを見せると、つけあがるのだ。

「あんた、状況わかってんのかよ?」

 客擬きがせせら笑う。あまりにも滑稽で、ついつい素で笑ってしまった。

「え?あなた、それ本気で言ってる?」

 ちょっと迂闊な対応だったかとも思ったが、口から出た言葉は消せない。

 男がへらへらした表情を消して、突然こぶしを振り上げた。

「おい、なめてんじゃねーぞ!」

 こぶしが向かう先はもちろんイサナだが、それは届かなかった。

 どっ、という大きな音と同時に、店全体が揺れる。

 それを確認した時には、客擬きの一人がエレに組み伏せられていた。

「てめぇ・・・!」

 残る客擬きが剣の柄に手をかける。

 するとエレは獣のような瞬発力で、もう一人の方までも床に押し倒していた。

 息一つ切らさず、エレが立ち上がる。

 見れば、二人の客擬きは意識を失っていた。あまりにも短い間に起こったことなので、イサナにはエレが何をしたのかさっぱりわからなかった。

「だいじょぶ?」

 エレが先ほどまでの鋭い表情を消し、軽い調子で問いかけてくる。

「大丈夫。一応聞くけど、怪我とかしてない?」

「するわけねーじゃん」

「でしょうね。――ありがとう」

 客擬きたちは相手が若造だと油断していたのだろう。だがスィーリが魔術師なのは明らかだし、エレの装備もいい物なのだから、その実力を一目で見破るべきだった。

 そして何より、ここは魔術譜を扱う店。店員が魔術を使えないと思う方が間違いだ。

「別に助ける必要もなかったぞ、エレ」

「え、そうなの?」

「お前が魔術酔いするくらいに、ここは術式であふれかえってるんだ」

「ああ、防犯のための諸々?泥棒対策ばっかりかと思ってた。ふうん、そっか」

 そうだろう?と椅子に座ったままのスィーリがイサナに問うので、是と返す。

「基本的に、この店の中なら私が一番強いと思うよ」

「だろうな。攻撃系の呪術はあらかた封じられるし、譜術の効果も半減、あとは・・・」

 スィーリはぐるりと壁を見渡した。

「カウンターとこちら側の間には結界があるし、言葉一つで相手を昏倒させられる程度の雷の術も仕込まれている」

「そうそう、そんな感じ」

 木版に一生懸命術式を彫った、イサナの渾身の作である。見た目が悪いので壁の内側に設置し、素人には全くわからない作りだが魔術師は気づいていたようだ。

「うーん、魔術ってすげーな」

「だから覚えろ。せめて簡単な魔法くらい覚えろ。お前は素養があるんだから」

「だって敵は切った方が早いだろー?」

 エレが反論する。確かにあの瞬発力があれば、魔法よりも殴るほうが簡単だ。

「で、こいつらどーすんの?店前に捨てると、あんまりよくないよな?」

「そうだね。酒場の酔っ払いならそれでいいんだけど・・・」

「というか、そいつらただのカツアゲが目的か?」

「どうかな。酒場で出張営業してるときにも似たような輩は結構いたけど。・・・うーん、一件、思い当たるんだよねぇ・・・」

 イサナは天井を仰いだ。

 単純すぎて考えたくもないが。

「どうする?吐かせるか?」

 ごく軽い口調を一切崩さないままエレが問いかける。

「変な噂立てられても嫌だから、やめてよ」

「音漏れしないような魔術使えば?」

「あるにはあるけど、うちを汚すのは嫌」

「でも、こいつらだっていつまでも寝ててくれるわけじゃねーぞ。早めにどうするか決めようぜ」

「最初から気絶させず、自分の足でお帰り頂ける程度に痛めつけてくれればよかったのに」

「えー、あの程度でおねんねされちゃうとか思わねーじゃん普通」

 イサナとエレが気だるく言葉を交わしていると、スィーリが懐から魔術譜を取りだした。

「イサナ。吐かせるから対価としてこれ十枚作ってくれ」

「そこまでして知りたいわけじゃないよ。ここじゃないところで、他の人に知られないように、こいつら殺さないようにって条件付けて、五枚ってところだね」

「じゃあそれで」

 素早く商談をまとめたスィーリは人の悪い笑みを浮かべ、客擬きたちを見下ろした。

「シグナを見て随分舐めた真似してくれたもんだ。こいつらの今後のためにも魔術師がなんたるか骨の髄まで教えてやろう」

 もう少し値切ってもよかったかもしれない、とイサナは思った。





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