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ここは横町、四ツ辻診療所〜今日も個性的な妖怪患者達で一杯です〜  作者: 鮎弓千景
第二症例 伝えられなかった言葉〜遺族へのグリーフケア〜
6/20

(一)

こんにちは。

いよいよ第二症例の始まりです。

序盤から切ない場面が入っております。苦手な方はお引き取りください。

なお、今章はあまり病気や医療用語は登場しない予定です。







 静かな病室の中に心電図モニターの音と、啜り泣く音が響いて聞こえる。

 様々な音の中心であるベッドには一人の患者が横たわっていた。


 「お母さんっ」


 脇に腰掛けた娘が彼女の手を握り、悲痛な声で呼び掛ける。呼び掛けに反応したのか、彼女は重い瞼を無理やりこじ開けた。


 「ーーっ」


 口を開くがもう言葉を発する気力もないのか、耳に届くのは無音だけだ。


 「なんて言ったの……?」


 聞こえないと訴える娘に、彼女は優しく笑った。徐々に瞼が彼女の意思とは関係なく降りていく。呼吸も深く緩慢になりーー。


 「お母、さん……?」


 ついに手が力なく垂れ下がった。同時にモニターに映る波形は直線を引いた。それは正しく、心肺が停止した瞬間だった。

 八坂が呼吸・心拍・瞳孔を確認する。


 「十月十四日、午後十五時三十分。心肺停止を確認しました……ご臨終です」


 私も八坂も深く頭を下げた。瞬間、病室内に嗚咽が木霊した。亡くなった患者の体に覆い被さるようにして泣きつく娘。

 彼女の悲痛な叫びは、病室のドアを閉めてからも聞こえていた。その声が耳を突く度に、私はただ胸を痛ませることしかできなかった。


    ☤*


 日が短くなり始めた十月中旬。病院によるがこの時期から始まるものといえば、これまで診療所に来なかった者まで来るという年内一大イベントーーインフルエンザの予防接種だ。

 毎日毎日通常の診察に加わり予約が入る度に、ワクチンを取り寄せては打つの繰り返し。問診で熱がある人には次回に持ち越してもらい、体調に問題がない人から順に打っていく。


 「いやあ、やっぱり予防接種の時期は忙しいねえ」


 カルテに記入しながら八坂が呟く。


 「八坂先生、呟いている暇があったら手を動かしてください! 予防接種の方はまだたくさんいるんですからっ」


 診察室内の作業台でアンプルからワクチンをシリンジで吸い上げながら、八坂に向かって声を張り上げる。


 「そんなにカリカリしなくてもいいじゃない。まあ、確実に終わらせていこうよ」

 「だったら臨時で看護師を雇ってくれたってよかったんじゃないですか!?」


 臨時でもいないよりはかなりマシだ。


 「何を言っているんだい? この状況をどう説明するつもりなの、紫苑ちゃん」

 「どうって言われましても」


 診察室から待合室を覗く。溢れんばかりに待っている妖怪達を見て、私はそっとドアを閉めた。

 できるわけがない。こんな状況を他人に。


 「無理です。説明できないです……」


 深く項垂れて嘆く。


 「ね? だから二人で頑張ろうよ」

 「……はい」


 泣く泣く私達は、予防接種に追われる羽目になった。



 「んー! 疲れたー!」


 湯船で大きく伸びをした後、肩まで浸かった。お湯が一日の疲れを取ってくれる。

 あの後全ての業務が終わったのは、普段の閉院時間を一時間程過ぎた午前七時だった。

 眠い目を擦りながら帰ろうしたが、家まで車で二、三十分は掛かると知った八坂が離れの自宅で休んでいくようにとお風呂を貸してくれた。ついでにご飯も作ってくれるらしい。

 さすがにご飯までご馳走になるわけにはいかないからと断ったが、一人で食べるより二人で食べる方が楽しいよという彼の言葉に乗せられ、ご馳走になることになった。

 なんだか上手く言いくるめられたような気がするのは気のせいだろうか。


 「まあ、考えても仕方ないかあ……」


 身じろぎする度に、水面が揺れる。


 「今日は木曜日で休診日だし。帰って眠るだけだからね。作ってくれるって言うんだから、有り難く思わないと」


 ふと、脳裏に台所で調理をしている八坂の姿が浮かんだ。あの風貌で料理ができる男……。


 「ふふっ、似合いすぎ!」


 あまりの違和感の無さに笑いがこみ上げてくる。ひとしきり笑った後、私は湯船から出た。

 お風呂場から出ると、籠の中に新しい下着が置いてあるのに気付いて伸ばしかけた手を止めた。


 「な、なんでピッタリなの!?」


 示されたサイズを見てひどく困惑する。一応身に着けて、私は脱衣所を出た。


 「八坂先生!」


 茶の間に続く襖を勢いよく開け放つと、八坂はちょうど出来上がったばかりの料理をテーブルに運んでいるところだった。


 「やあ、上がったみたいだね」

 「お風呂お先にいただきました……って違います! 先生。これは一体どういうことですか!」

 「え? 何が?」


 八坂は仁王立ちでいる私を少し下から見上げて首を傾げた。


 「サイズですよっ。何で知っているんですかっ」

 「サイズ? ああ……」


 ここでようやく私が怒っている理由が分かったようだ。


 「よかった、ピッタリだったみたいだね。ご飯できてるよ?」


 悪気もなく満足そうに微笑んだ彼に私はこれ以上何も言えず、ただ顔を赤くしただけだった。



 美味であった八坂の料理を食べて自宅に帰ってきた私は、服を着替えるとベッドに直行した。お腹も一杯になり眠気がきたからだ。

 このまま微睡みに身を任せてもいいだろうと瞼を閉じた時、耳元で声が聞こえたが大して気にすることもなく眠りについた。


 「起きて。看護師さん」

 「んー」


 聞き慣れない声に私は起こされた。


 「誰……?」


 まだ眠っていたいと思いつつ瞼をこじ開けて寝ぼけ眼に映ったのは、半透明な何かのどアップだった。


 「ーー!?」


 悲鳴を上げる間もなく、慌てて私はベッドから飛び出した。得体の知れない何かがいる、自分の部屋に。


 「なんねぇ、この前看取った患者の顔も忘れたんかえ?」

 「え、患者?」


 目を擦り、よく半透明のものを見てみる。すらりとした女性らしい体付きに雪のように白い髪をしている。


 「もしかして」


 彼女を見て一人だけ思い当たる者が浮かんだ。


 「雪葉せつは、さん……?」

 「当たり」


 雪葉さんは微笑んで、そう言った。

 彼女ーー雪葉さんは妖怪だ。彼らの中でも誰もが知っているポピュラーな雪女である。

 雪葉さんは胃癌を発症したのだが治療を放棄して倒れてしまい、小豆さんの退院と入れ替わる形で十月初旬に搬送されてきたのだ。運ばれてきた時には、すでに全身に転移しており手の施しようがなかった。

 延命治療についても持ち掛けたが、今も病気で充分苦しんでいるのに延命なんてしたら苦しみが続くだけだと、雪葉さんも娘さんも頑なに拒否した。

 そこで私と八坂は、彼女が苦痛なく穏やかに余命を過ごせるように疼痛コントロールを中心として緩和ケアを提供することにした。

 そしてこの間、私達と娘さんに看取られながら彼女は生涯を終えたのだ。


 「あの。とりあえず、座りますか?」

 「大丈夫や。ほら、もう疲れたりなんてしないからのう」


 何気なく発せられた彼女の言葉が胸に刺さった。別に疲れないことは悪いことではない。だがそれは、相手に否が応でも自分は死んでいることを伝えていることになる。


 「看護師さん? どうしたんかえ?」


 雪葉さんに顔を覗き込まれて我に返る。


 「へ? ああ、大丈夫ですよ」


 にっこりと笑うと、彼女もつられて笑ってくれる。その様子からあのむこうでも元気そうなのが分かった。


 「それでどうして幽霊になってまで、ここに来たんですか?」

 「なんね、もうバレていたんかえ」


 つまらんのう、と呟きながら雪葉さんは腕を組んだ。


 「えっとな、確かこんな用だったんじゃ」


 こんなってどんな用だ。思わずベッドの端からずり落ちそうになった。どうやら彼女、何しに来たのか忘れてしまったらしい。


 「忘れてしまったってことは、そこまで重要な用ではないということですかね」

 「いいや、大事な用だったのう」


 外は綺麗な夕陽でオレンジ色に染まっている。仮眠のつもりだったが、がっつり眠ってしまったようだ。


 「思い出したのじゃ!」

 「うわっ!」


 景色を見ていた私は突然大声を上げた雪葉さんに反射的に身を引いた上、驚いて声が出た。

 見れば、彼女はすっきりした顔をしている。つかえていたものが取れた時のような表情だ。


 「夕陽で思い出したんですか?」

 「違うのう。実はのう、儂……儂には伝えられなかった後悔があるんじゃ」


 後悔ですか、と聞き返すと彼女は小さく頷いた。


    ☤*


 「それで、雪葉がいるんだね」


 離れの縁側で私と雪葉さんを加えて日向ぼっこをしながら、タマさんは納得したように呟いた。今日は土曜日である。

 気温が高めで割と暖かく、タマさんは気持ち良さそうに目を細めた。


 「診療所、開けられるかね?」

 「あの状態では無理だと思いますよ」

 「そうじゃのう」


 私の言葉に雪葉さんが頷きながら同意した。三人で背後を振り返れば、換気のために襖は開かれ畳に敷かれた布団の上でダウンしている八坂の姿が視界に入る。


 「まさか、八坂先生がインフルエンザに罹るとは思いませんでしたよ」


 高熱を出して寝込んでいる彼を見て怒りを通り越して、最早可哀想に思えてきた。


 「もしや予防接種してないのかえ?」

 「いえ。ワクチンが来た時点で二次感染を防ぐために、先に打っています。打っていなかったら軽めで済みませんよ」


 言いながらマスクを着用して近づき、八坂の額から温くなった冷えピタを剥がして貼り替える。後頭部にあるアイスノンも新しいのにした。


 「ごめんね……紫苑、ちゃん」


 さっきから頬を真っ赤にさせたまま、何度も謝ってくる。術が中途半端に解けたらしく、獣の耳と尻尾が見えていた。


 「いいんですよ。そもそも手洗いやうがいだけで完全に予防できるなら、風邪自体引きませんから」


 だから今はゆっくり静養してください、と伝えると彼は弱々しく笑って眠りについた。


 「なんだか大きな子供みたい……」


 安心して眠っている彼の頭に手を伸ばして撫でる。伝わってくる髪の感触は柔らかく、絹を触っているような感じだった。

 なるべく物音を立てないように離れ、換気が済んだので襖を閉めて縁側に腰掛ける。遠くで、焼き芋売りの車がボイスを流しながら通っていくのを聞きながらお茶を口に含んだ。


 「看護師さんは先生のこと好きかえ?」

 「うぐっ」


 雪葉さんが唐突に変なことを言い出したので、思わず私は口に含んだお茶を中庭に向けて思い切り吹いてしまう。


 「見事な吹きっぷりだね」


 タマさんから賞賛の言葉をもらったが、残念なことに全く嬉しくない。


 「なっ……なんてこと言い出すんですかっ。雪葉さん!」


 大声を上げそうになる。眠っている病人を起こさないように慌ててボリュームを下げた。


 「違うのかえ(かね)?」


 同時に聞き返されて戸惑いながら私は違うと否定した。診療所は休診で面白いことがないから、私と八坂の仲をからかおうという魂胆なのだろう。案の定二人はつまらなさそうな表情を浮かべた。


 「あんなに優しくしているのにね?」

 「そうじゃのう」

 「優しくって、ただ看病しているだけじゃないですか。勘違いしているみたいですが、私は八坂先生のこと同僚としてしか見ていませんからっ」


 私は深く溜息をついた。何故小豆さんもこの二人も、私達をくっつけようとするのだろうか。恋愛感情がない者同士をくっつけたって上手くいくはずがないだろうに。


 「というより、そもそも私は人間で八坂先生は妖狐じゃないですか。人と妖怪では寿命が違いすぎます」


 必ずどちらかがいなくなるなんて分かっていながら付き合おうとする程、私の肝は据わってなどいないのだ。人間の百年なんて妖怪の彼らからしたら、瞬きする間に過ぎ去ってしまうくらいに短いだろう。


 「私は嫌ですよ。大切な人を看取るのも、逆に看取られるのも」


 もっと相手と生涯共にいたい。そう感じた瞬間に来る永遠の別れは、何よりもつらいものでしかない。そんな思いを相手に抱かせたくはないのだ。


 「似た思いをしたことがあるのかえ?」

 「いえ。上京した先で再会した身内がそうだったので」


 雪葉さんの言葉で、脳裏に体験した最も悲しい別れの場面が蘇った。


 「あれはもう二年前になりますね」


 瞼を閉じて当時のことを思い出しながら、私は言葉を紡いだのだった。


  『第三回 東雲 紫苑の医療講座』




 はい、お馴染みの東雲 紫苑です。いよいよ定着化しつつあるコラムも第三回目となります。

 「伝えられなかった言葉(以下略)」、いかがでしたか? 何か感じ取っていただけましたか? 長いと感じた方もいらっしゃるのではないでしょうか。今回は遺族のグリーフケアを取り上げました。

 人に限らず生きている者には死が付き纏います。生と死は常に隣り合わせなのです。誰もが大事な恋人や両親や家族などを失って、何度か深い悲しみを経験したことがあるかと思います。

 通常、人の死を嘆いていいのは四十九日までと言われております。四十九日を過ぎると漂っている魂は天へ昇るのだそうです。

 しかし遺族が悲しみから脱しなければ、魂は天へ昇れなくなります。そこで必要となってくるのがグリーフケアです。

 それでは、グリーフケアとは一体なんなのか説明していきたいと思います。



 【グリーフケアとは?】


 グリーフケアとは簡単に言ってしまえば死を受け止めさせる、つまり認識させ深い悲しみから立ち直れるように行う遺族へのケアのことを指します。

 日本ではあまり馴染みのない言葉ではありますが、欧米では既に実施されている立派なケアです。


 ここで間違ってほしくないのは、一般病院では現在ほとんどこのグリーフケアを実施しておりません。ホスピスや緩和ケア病院では行われている所もあります。では行っていない所はどうするのかというと、手紙のやり取りや電話で行うことが多いです。遺族と電話・手紙でのやり取りを通じ、共に悲しみを分かち合うといった方法を取っています。

 他にも皆さんがよく聞いたことがあるのは、遺族会という言葉だと思います。あれも一種のグリーフケアに当たります。同じ病気で亡くなった者を持つ遺族同士が集まり、それぞれ当時の状況等を話し共有するといった目的があります。

 ただ、ケアによって悲しみを受け止め立ち直れることが出来るかどうかは遺族の心持ち次第となります。

 作中ではせつなさんとの思い出話をするシーンがあり、そこから徐々に悲しみやつらさを聞き出していきます。場合によっては話してくれない時もありますが、無理に聞き出そうとはせず時間を掛けて行うのがポイントです。話しやすい環境を提供してみるのも一つの手でしょう。



 【ミニ知識 癌について】


 癌=悪性新生物とは、日本人の死亡原因第一位を占め、その下に心疾患、肺炎、脳血管疾患が続きます。

 最新のデーターを見ても、悪性新生物……三十七万人、心疾患……十九万人、肺炎・脳血管疾患……十一万人と圧倒的な多さであることが分かるかと思います。これだけ多くの方が年間にわたり悪性新生物で亡くなっているのです。


 また癌には様々な分類があります。まず大まかに腫瘍として良性か悪性かに分かれます。

 良性腫瘍は発育速度が遅く再発や転移もなく比較的全身への影響が小さいのが特徴ですが、悪性腫瘍は発育速度が速く再発も転移もあり、全身への影響が大きいのが特徴です。

 さらに細かく分類するなら、

 消化管の粘膜や肝細胞などの細胞の表皮部分にできる「癌」

 骨や軟骨、筋肉などにできる「肉腫」

 造血機能がある血液やリンパ、骨髄にできる「白血病」「悪性リンパ腫」などがあります。




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