(四)
精密検査の結果、倒れた原因は心筋梗塞の再発に伴う胸痛によるものだと分かった。蘇生に成功した後、彼はすぐに近くの病院でステントを再留置する手術を行って帰ってきた。
一週間が経ち、意識は戻らないがなんとか一命を取りとめた童子くんの一件は、あっという間に人間に紛れて暮らしている妖怪達中心に広がった。
毎日色んな妖怪が診療所の奥の病室へお見舞いに来ては、目を覚まさない彼に声をかけてくれる。性格に問題はあるが、こんなにも多くの妖怪達が慕っているということを知った私は驚いた。
中には小豆さんやお花さん、せつなさんの姿もあり、他にも見知った顔があった。
「童子くんって、案外人気者なんですね」
「そりゃあ、一応妖怪達のトップでもあるからねえ」
「へえ、トップですか……トップ!? それってつまり、頭領みたいなものですか!?」
「そうだね、頭領みたいな感じかな」
八坂の言葉に程よい温度で蒸したタオルで童子くんの顔を拭いていた私は、思わずタオルを落としそうになった。まじまじとベッド上の童子くんの顔を見つめてしまう。
人は見かけによらないとはよく言うが、正にその通りだ。誰がこんな小さな男の子を妖怪達の頭領と思うのだろうか。
「じゃあ、早く目を覚ましてもらわないといけませんね」
彼が目を覚ますのがいつになるのか分からない。例え意識が戻ったとしても、多少の後遺症は残るだろうというのが八坂の見立てである。
「今回詰まっていたのは、前回ステント留置したところとは違っていたよ」
「そうですか……。意識があるのなら内服を怠ったからだと叱れるんですけど、当分無理ですね」
診療所内に響いていた怒声を思い出して、少し寂しいと思ってしまった。
意識回復の兆候がないまま十二月二十五日、クリスマスがやってきた。病室が簡素なのはあれなので、この日だけでもとクリスマスの飾りをつけている。
「童子くん、クリスマスがやってきましたよ」
「病室が寂しかったので飾り付けしてみたんです。どうですか? 綺麗でしょう?」
「プレゼント、枕元に置いておきますね。これは私達から童子くんへ、マフラーです」
毎日些細なことでも声をかけているが、相変わらず反応はない。つらい気持ちを押し隠しながら、窓から外を覗いてみる。
今日は一段と冷えている。もしかしたら、雪が降るかもしれない。
「あ、雪だ」
夜空から白い雪が降ってきた。空からのプレゼント、今年はホワイトクリスマスだ。
童子くんも見れたらいいのにと思いながら、外を眺めているとドアをノックする音が聞こえた。
「はい。どうぞ」
「失礼するわね。東雲ちゃん、童子くんの容態はどう?」
入ってきたのは恵さんだった。彼女はベッドの上へ視線を向けたまま、彼の容態を聞いてくる。私は変わらないと首を横に振った。
「そう……。意識は戻らないままなのね」
室内には彼に装着した心電図モニターの電子音だけが流れる。自発的な呼吸があるので、今回は酸素マスクは装着していない。だがいつ予測しない事態が起こらないとも限らないため、部屋の隅には用意して置いてある。
「でも、可哀想ね。小さな男の子なのに。導尿のカテーテルも入れられてるし、腕からは点滴だって繋がっているわけでしょ。これで酸素マスクがあったら、つらくて見ていられないわ」
そっと彼の頭を撫でる彼女の仕草は、子供を心配する母親そのものに見える。撫でられても何の反応も返さない彼の姿に、私は瞳を潤ませた。
しばらく撫でていた彼女は、ふと何か思い出したかのように手を止める。じっと彼の顔を見つめたまま動かない。
「そっか。そうだったのね」
「恵さん?」
俯いた彼女の顔は髪で隠されて分からない。小刻みに震えているところを見ると、泣いているように思える。
私は無言でティッシュを差し出した。彼女は小さくお礼を言って涙を拭った。
「どこかで見たことがある顔だと思ったわ」
「童子くんに会ったことがあるんですか?」
「いいえ。彼自身に会うのは初めてよ」
見たことがあるけど、会ったことはない? 一体どういうことなのだろう。私の記憶が正しければ、二人が対面するのは初めてのはずだ。
それか私の知らない所ですれ違ったか、はたまた顔を合わせたことがあるのだろうか。
「気付かなかったわ。あたし、彼の弟に会ったことがあるのよ」
「弟? 童子くんには弟さんがいるんですか?」
兄弟がいるという情報に目を見張る。カルテにはそんな記載どこにもなかった。
自宅を伺った時だって、二人で住んでいるような感じはなかった。まさか弟がいたなんて。
「ええ、なかなかの好青年だったわよ」
好青年というフレーズに引っかかりを覚える。確か雪葉さんが言っていた。童子くんは昔は今のように気性は荒くなく、“素直で真面目な好青年だった”と。
ますます分からなくなる。大体性格というのは急に変わるものだろうか。おかしい、どこかで歯車が噛み合っていない気がする。
頭の中を色んな情報が入り乱れていた時、聞き逃してしまいそうな程控えめなノックが響いた。
「あの、失礼します」
そしてゆっくり開かれたドアの向こうから顔を覗かせたのは、童子くんと同じ顔をした男の子だった。




