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未来はどこにある  作者: しぐ
魔法の世界で決着
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1-9

 一度家に戻り、クラウスとデリアを交えて昼食を取ることにした。

 ベルにとってはここへきて本格的な食事である。

 ヘルマンの紅茶の件から考えて大層なものが出てくるのだろうと期待が膨らむ。

 ベルは診療所での一件さえも忘れ小躍りしながら歩いた。


 家の食卓のある部屋まで着くと既にクラウスとデリアが二人を待っていた。

 デリアが「どこへ行ってたの」と軽い調子で聞く。

「クラウディアもヘルマンおじさんのところとおばあちゃんのところ」

 とクラウディアも軽く言って早速目の前の食事にありつきたいといった様子である。

 もちろんベルはクラウディア以上に食べたいのだが、クラウスもデリアも自分たちを待っていてくれていたことを察している。そのためそれではどうぞといった段になるまでは手を出せないでいた。


 テーブルの上のそれは肉料理らしいことがわかる。

 料理といっても特に変わった味付けや調理法が施されているわけではなく、せいぜいが塩コショウで焼いた肉を味付けした程度である。

 見るからに大味なそれはベルのもとの世界での食生活から言ってあまりに大雑把であった。

 しかしベルの状態はそれに文句が出ないほどに困窮していた。


 いや、その困窮は目の前に食事を出された事によって生じていた。それほどまでに食事とはベルの中で価値の高いものだったのだ。

「それでは、いただきます」

 そうデリアが言うとクラウス、クラウディアも小さく「いただきます」と言って食事を始める。それに倣ってベルも「いただきます」と言う。

 食事の前のそうした挨拶の文化はベルの世界には無かったが言葉の意図としては理解できた。


 肉を口に運ぶ。味はやはりわかりやすい塩である。ハーブのような臭み消しの香りも感じられる。筋張っていて硬いことから昨日の猪肉であることがわかる。

 その歯ごたえがほどよくベルの満腹中枢を刺激する。

 最後の肉類独特なのどごしも最高であった。食事の最大の調味料は空腹とはよく言ったものである。

 舌は肥えている方だと自覚しているベルをもうならせた。


 デリアもその様子を見て口に合わなかったとは決して思わなかった。

 ベルは作ってくれたデリアに心からのお礼を述べた。

「デリアさん本当にありがとう。おいしかった」

 にこやかに言うベルにデリアも悪い気はしない。

「あまり自信のある内容でなかったのだけど喜んでもらえたらよかったわ」


 前までは猪肉をそのまま焼いて出すような真似はしなかった。

 デリアたちにとっても粗悪と言えるその料理とも呼べない食事はその食糧事情に裏付けられていた。

 この辺り一帯では不作が続いていた。そのため周りに住む動物たちにもその栄養は行き渡らず、痩せてきていた。痩せた大地に実りは無く、荒廃の一途を辿っていたこの街だった。


 そもそもこの国の落城を狙うとはどういうことなのか。

 ベルにとってこの世界は来た時から混沌に満ちあふれていた。戦争だろうと道端の喧嘩だろうと似たようなものだ。

 決着機の既にある時代から来たベルにそれらは異質に感じられた。

 だからその理由は気にならなかった。


 クラウスたちにとってもあくまでなんとなくこういう理由だろうという察しであるため、直接それを口に出して説明することは憚られた。

 その代わりにと食事も見栄を張らないいつもの内容にした。

 ベルは気に入ってしまったがしかたのないことだろう。少女に大人の何を察せよと言うのだろうか。


 クラウディアがこの街を案内したのも似たような意図である。クラウディア自身にはそれほど考えは無かった。むしろベルと一緒にいること自体が目的だった。

 クラウディアの両親は放っておけば街に出ることを知っていてあえて野放しにしていた。街の実態を知っておいてほしかったからだ。


 何のために戦うのか明示されていない本来異常な戦いである。いや、集団での戦いとは末端にとってそれが普通なのかもしれない。

 明示されない理由と目の前の飢餓。つまり誤解をさせられているのかもしれない。そんな思いもあって直接は言えなかったのだ。


 一方ベルにとっては仮にそれを知ったところで何とも思わないだろう。

 そもそもがベルにとって紛争行為は決着機による決着に限るとされている。

 それは絶対的な決定である。そこに至るまでの過程はあまり重視されないのだ。

 つまり争点があってそれに対して決着をする。争点と決着の二要素しかベルたちには無いのだ。


 何のために戦うのかと言われれば自らの利益だと答える。家族のため、街のためなどということはベルの世界の一般にさえ無い。

 これは決着屋全般にも言えて、彼らは知らない誰かのために戦わされているのだ。

 苦しい思いもする、知識も技術も必要とされる場面もある。


 ベルの世界の技術レベルから言って本来は働かなくても生きていけるのだ。仕事といっても自己実現欲求と自己承認欲求を満たすためにしか過ぎない。

 どうしようもない自分の欲のために戦っているのである。


 この世界に来て良いことも悪いこともあった。今までその波に流されるままだった。

 ベルには自覚こそないものの何か行動を起こしたいと無意識に感じている。

 衝動が湧いているのである。究極の自分本位が、自らのために他人を救いたいという衝動が。


 食事を進める四人の中、勢い良く食べるのはベルだけ。

 夢中で食べているベルを横目にクラウディアはデリアに診療所での一件を報告する。

 デリアは少し驚いた様子だったが概ね予想通りだったらしく思案顔である。

 クラウスはあまり興味が無いようだったが、ベルの働き口は決まらなかったことがわかると「だったら猟についてきてもらおう」と提案する。


 しかしその提案もデリアとクラウディアによって一蹴される。やはり危険な目に合わせるのは反対らしい。

 その能力も直接みたのはクラウスとベル本人だけである。そのクラウスからすればベルはどこへ出しても恥じないだけの能力はあるように感じられる。


 ホルストは結局その能力を目にすることはできなかったが、ベルの精神的な打たれ弱さを浮き彫りにすることはできた。その点でホルストの試験はベルを正しく判定したと言える。

 それにベル自身が気づけば改善の余地があった。


 だが本人は肉の旨味に夢中でそんなことは忘れている。成長にはまだ時間がかかるようだ。


 クラウスと夢中で食べていたベルは食事を一足先に終えて、家の地下に降りていた。ベルがこの世界の武器について知りたいと言ったからだ。

 クラウディアとデリアは「ベルちゃん武器がすきなの?」と不思議そうにしていた。

 食事が好きで使う魔法も癒やしをもたらすそれであるため、なんとなく大人しい感じのする少女だと思っていたからだ。

 その黄色に光る長髪も戦いなどとは無関係な印象を与えていた。


 その反対にクラウスはベルの少女とは思えない一種のたくましさには気づいていた。

 もしただの少女であるならば河原でもあれほど取引然として落ち着いて話ができるはずがないからだ。


 クラウスの武器庫は整理され、すぐに必要な物を取って出かけられる機能性に富んでいた。


 ベルが猟銃の仕組みについて知りたいというので解説を交えてそれを伝える。

「この空洞に破壊魔法の爆発を起こす。その圧力がこっちの弾に伝わって筒を通る。その時筒に風の魔法で加速と回転を与える」

 簡単なその構造に緻密で正確な魔法による操作で成り立っていることがわかる。

 猟と言っても獲物を仕留めるだけの力があればよい。それ以上の力は自らを傷つけるだけである。

 精密度の高さについてもそうだ。


 河原から家に行くまでの道で一度発砲しているのを見せてくれたのを思い出す。

 筒の先から腹に響くような大きな音と共に強いエネルギーが指向性を持って発散される。

 その時は歴史で知っていた火薬を使って弾丸の発射する、化学的な物理現象であると結論づけていた。

 しかしその爆音ゆえにそれはとても緻密さも正確さも感じさせないただのエネルギーの爆発であるようにベルには感じられた。


 クラウスの話によるとクラウスの家も破壊魔法を脈々と受け継いでいる家系なのだという。ところが他の破壊魔法の家系に比べてそれは弱かった。

 そのため、破壊魔法の使い手はほとんどが国の配下であるのにクラウスの家だけは田舎で猟をしながら生計を立てていた。


 猟銃にしても元は火薬を使った物だったのを自らの伝手を使って改造したものだ。

 名家とまでは行かないまでも永く続いた家系であるからそういった伝手には困っていなかった。

 少ない力で生きていくための工夫の賜物であるそれを魔法銃と単に呼んでいる。物には執着しないのだそうだ。武器庫にはいくつかの予備があるといったところだった。


 ベルも使えるかも知れない、と魔法銃と普通の銃とを手に取って家に裏に回る。


 浅いすり鉢状になった窪みの中心にマトがあり、それに向けて放つんだと説明される。

 クラウスが準備をしているとクラウディアが話し声を聞きつけたのか「外は寒いねー」などと言いながら家から出てきた。

 クラウスは「ディアもこれ使えるようになってほしいんだがなあ」などとつぶやいている。


 魔法は十才前後に発現すると言われているが、クラウディアは十三になっても使えない。クラウディア本人もほとんど諦めているが、両親もそれを気にはしていない。

 使えたとしても低いコストで銃が使えるという程度だ。女性ということ、デリアが診療所と懇意にしていることもあって将来的には診療所に勤めることになるだろうと考えていた。

 もちろん特に決まりなどもないので、本人が望めば火薬の猟銃を持って猟にも参加できるという緩さである。


 クラウスに教わりながら魔法銃を構える。痛いほど当てられたストックは硬質で冷たい。

 筒の先端はマトに向けられる。

 発砲時の爆音を思い出して緊張が背を登ってくる。

 しかし目は現実を直視しようと毅然とマトを見据える。

 姿勢が発射用に固まったと見たクラウスは魔法行使のための指示を行う。

「右人差し指から右耳にかけてのちょうど中間に意識を集中するんだ。そこがちょうど薬室になる」

 そう言うと魔法銃の横をコンコンと弾く。ここのことだと言いたいようだ。


 ベルも集中する。こうした位置調整は元の世界では得意な方だった。

 というのも対人の仕事が主になってしまったベルの世界では立体視を鍛える機会は無かった。

 だがベル自身は食事を通して覚えた箸の使い方、一応は古い伝統となってしまったテーブルマナーまでひと通り学習していた。

 その結果立体的な操作にはわずかに元の世界での平均を超えていた。


 そう思って言われた通り集中しているのだが何も起こらない。クラウスも「おかしいな」と言って魔法銃をベルから取り上げる。

 精査してみたところ、おかしいところはなかったのだがベルには破壊魔法の適正は無かったということがわかった。

 魔法の源である血筋はあるのだから使えると思ったのだがとクラウスは言うが使えないものはしかたない。


 単純に考えてベルの魔法の源であるイーから破壊魔法は得られないのだろう。ベルはそう考えることにした。

「こっちは使えないにしても護身用で持ってないといけないからなあ。細かい威力の調整はできないけどこっちでいくか」

 そう言って火薬猟銃を手に取る。こちらは比較的手入れが面倒なようで掃除が欠かせないのだという。

 その点でベルに持たせるにはすこし厄介だということで適正が見たかったようだ。


「まあいいさ。ベルちゃんの仕事は治療がメインだからな」

「そうよ、ベルちゃんに物騒な物ばっかり持たせないでよね」

 クラウスにクラウディアが続いて言う。

「んじゃこんどは引き金を引くだけだから気をつけてくれよ」

 そう言うと発射状態にある猟銃をベルに手渡す。


 同じ用に構えるが、今度は引き金から指を離している。

「よし、そのままこことここを覗いて狙いをつけて引き金をゆっくり引け」

 緊張の一瞬である。自らの心音が聞こえ、銃身を支える左手が震える。

 後ろからクラウディアが「怖かったら一旦置いてもいいよ」と言っているが集中しているベルの耳には入らない。このまま引き金を引けばあの時の爆発音が、と思うと気が引けるがそうも言ってられまい。


 覚悟を決めてベルは引き金にゆっくりと指を伸ばす。

 体の緊張をほぐすように深呼吸をする。

 息を止め、指に力を込める。

 大音響と共に肩に押し付けるような圧力。それに一瞬耐えるとその矛先にはマトをわずかに掠ったと思われる破壊の後があった。


「最初だとこんなもんじゃないか? まあ間違って自分撃たなければなんとかなんだろ」

 などとのんきに言っているクラウスだがベルの動悸は収まらない。


 しばらく息をついて落ち着くのを待つが、初めての破壊行為に強烈な違和感を感じていた。

 まるで魂が無理やり変形させられるような、型にはめられるような感覚である。

「どんな人間だって、こうやっていろんなものを踏みつけたり折ったりしながら道をつくって歩いてるんだよな。たぶんいま感じてるのはそういうのを理解してるからだとおもうぜ」

「ちょっと、お父さん。それ説教くさくてきらい」

 クラウディアに言われて「しらねーよ」なんて言ってるクラウスだが、ベルの耳には届いていた。

 これが生きているということかと。

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