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未来はどこにある  作者: しぐ
魔法の世界で決着
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1-7

 打ち合わせまでの間クラウディアと街に出かけることにしたベル。

 クラウディアに対して初対面では引いてしまったベルだが、情報収集ためにも街に出る必要があった。


 案内を頼むとしても、できればクラウスかデリアがいいと言ったのだが、クラウスは武器の手入れがあると言って地下へ引きこもってしまう。デリアもお昼の仕込みだとか言って奥へ引っ込んでしまった。しかたがなくクラウディアと共に表へでることにしたのだ。


 情報収集はやはり決着屋としての仕事のためである。相手方の依頼人は判明したが、決着屋のコニシがどこに潜んでいるともわからない。

 一方で自らの依頼人の所在についてはあてがあった。

 再生魔法の行使に必要な要素であることから、ベルの魔法の源になっているのがイーだろう。


 ベルの魔法が再生魔法であることもあり、特殊であることはクラウスから聞いた。

 異次元からの来訪者として魔法を使うのだからそれは特殊どころの話ではないだろう。

 その魔法の性能は同じ魔法を使う診療所の専属魔法師よりも抜きん出ているとデリアには言われた。


 そんな魔法の性能も正確に測るため、また明後日以降の働き先としての挨拶も兼ねて診療所へ行こうというのにクラウディアはさっきから寄り道ばかりしている。

「こんなデート日和にいそいそしたってしょうがないでしょ。それに時間もまだ余裕があるしもっと楽しいことしようよ」

 結局クラウディアはそう言ってベルと遊びたかっただけらしい。

 ベルも仕事があるとはいえ真っ直ぐに向けられた好意に正面から断る勇気もなかった。なによりデートとはっきり言われて、全く興味がなかったわけではないためそのままリードしてもらうことにしたのだ。


 元の世界では食にしか興味無いという姿勢をとり続けることで周囲に言い訳し続けてきたベル。

 実際には機会に恵まれない、あるいは機会を作れないことが原因で接触できなかっただけである。

 こうして新たな世界で偶然にも機会を得たベルは消去法でたまたましかたなくこうなってしまったと自分に言い訳し、その実ついに巡ってきた機会を堪能しようと考えていたのである。


 はじめに連れて来られたのは夜は酒場、昼は食堂として運営している飲食店だった。

 ベルとしても飲食店と聞いて心中大興奮だったが、一度クラウディアの前で決めてしまった無口キャラを崩すわけにはいかず「ふ、ふーん」などと興味の無いふりをするのは非常に心苦しかった。


 それにしても昼夜で営業形態を変えるというのも大変ではないだろうか、いったいどれだけの人間が入れ替わり立ち代りすればそんなことが可能になるのだろうかと考えていた。

 昼は女子供、夜は仕事から帰ってきた男たちという幅広く人を呼びこもうという二枚舌のような態度もなんだかやりきれぬ思いを抱いていた。どうせやるなら一本筋通してやったほしいものであると商売に対して経験も考えも浅いベルは偉そうなことを考えていた。


 食堂へ案内してくれるクラウディアに別の飲食店がいくつも目に入ったので「そのあたりではだめなのか?」と尋ねたところ。

「いまから行くところはね、うちのおじさんの店なの。すごく優しいからベルちゃんも紹介しようと思って」

 そういうことだったかと意図を察したベルは黙々と足を進める。


 街の風景は元の世界とはまた違った美しさであった。

 元の世界で街並みと言えば曲線美だとか黄金比だとか言われて解説を受けながら眺めていたものだ。

 しかしその実、効率重視であるという裏の事情を知ってしまっていると心からは楽しめなかった。


 だが今見ているのは石や木を土で組み上げたような非効率的であるのに、そこには組み上げるために命を燃やした匠の魂がこもっているように思えた。

 ベルには非効率的に映るが今ある材料と持てる技術を最大限に使って組み上げてきた建築家たちにとっては最高の出来である。

 その土地の技術力も何も知らないベルにとってそれは居住性に優れた建物ではなく芸術的なオブフェのように思えた。

 ただそれとは別に気象の完全コントロールされた元の世界と違う降雪という現象。これに対処した角度の急な三角屋根はベルにとって初めてピラミッドを見た観光客のような気持ちと同調していた。


 クラウディアの言う飲食店につく。立派な見た目から察するに厨房に食料庫まで一箇所に詰め込んだのだろう。

 クラウディアが「こっちこっち」と手招きしながら扉をあけてベルを迎え入れる。

 内装は小奇麗にまとまっていて、客の目のつくところにはひと通りの気配りが見受けられる。硬質な大理石を思わせ、ブーツとぶつかるたびにコツコツと音のなる床面を進む。


 クラウディアはここで待っててとベルを席に座らせ、慣れた足取りで奥へ消えていく。

 私をひとりにしてどこへいくのだと一瞬子供っぽくふてくされるベルだが心は大人なのだしっかりしなくてはと少し顔に力をいれ、キリッとした表情を作る。


 奥から「あれあれ、かわいいでしょ」とペットのようにベルを指をさして自慢するクラウディアの声が聞こえる。

 大きな声で所有物のように言ってくれるクラウディアに顔をひきつらせながら大人しく待つ。


「あーおまたせ。こちら、この店の店主ヘルマンさん」

「どうもベルさん、よろしくね」

 柔和な笑顔で握手を求めるヘルマン。ベルとしてもこれを断る理由はないので握手に応じる。

「ベルです」

 短く答える。

 ゴツゴツとしたヘルマンの手のひらは温かくそれでいてしなやかさを失わないのは料理人として日々調理に励んでいるからだろう。鍛えられた腕の筋肉もまた調理に必要なのだろうか。その体も恰幅のよい上品な紳士を思わせた。


 食には強い興味を示すベルにとって料理人とは自らの胃を満たす、尊敬できる人種である。すぐにでも「先生、今日は何をつくるんですか。味見はまかせてください」といいたくなる。

 食に触れられる機会に恵まれたベルはこれを逃すのはもったいない、とクラウディアのいることも忘れて食に関する質問をヘルマンにする。


 この地域では塩味はどうやって取り入れているのだとか甘みはなどと興味津々といった様子で少女に迫られるヘルマンとしても嫌な顔はしなかった。

 ヘルマンもまた自分の得意な話題とあって興味を持ってくれるベルを好ましげであった。

 横でたまに口をだすクラウディアもそんな二人をみて、ベルと初対面したときの自分の一方的な迫り方を反省する。


「そうだ、気分がいいから今日届いたあれをみんなで飲もうか」

 そう言って奥へあれを取りに行くヘルマン。なんだろうとベルとクラウディアは相談する。


「今日届いたということは牛乳とかかな」

 ヘルマンの去り際の言葉を根拠とした憶測を述べるベル。

「いや、いつもの通りなら今日はあれ、紅茶の茶葉が届いたんだと思うよ」

 経験から結論するクラウディア。


「紅茶もいいねえ、私もたまに飲んではあの香りにいつも癒やされるんだ。そういえばこの地域ではどうやってお茶を煮だすの? 私のところではジェット逆噴射方式だったけど」

 ベルも飲料系の話題にはそれなりに事欠かない。

 しかしその飲み方はベルの世界では一般的でもこの世界では技術的に実現不可なのであった。


「え?紅茶ってお湯を注いで茶葉をこす以外に飲み方があるんだ。ベルちゃんは詳しいね」

 ベルの失言は『詳しいね』で軽く流されたようだ。

 ベルも特に気にした様子はなく、「ここではそうなのか」と独りごちる。

 ティーカップを盆にのせて足元に注意しながらやってきたヘルマン。それをみてベルは今回はクラウディアの勝ちか。と悔しげにしている。


「今日は紅茶と新鮮なミルクだよ。この紅茶にはミルクが本当によくあうんだ」

 そう嬉しそうに言うヘルマン。

 結果として両者引き分けといったところだろうか。それも当然なことで、どちらも根拠ある事実に基づいた推測である。根拠が間違っていなければ結論もまた間違いではない。

 今回はたまたま同時に実現しただけであり、どちらも可能性としてはありえたのだ。


 ヘルマンは慣れた手つきでティーポットからティーカップへ紅茶をそそぐ。もちろんカップは温めてある。

 そこへカップより半分ほどの大きさの容器に入ったミルクを紅い水面にゆっくりと落とす。とぷんと波紋を広げて落ちたミルクはカップの底で広がりをみせる。そこへ銀色に光る匙をカップに入れて静かにかき混ぜる。


 そうしてできた温かいミルクティーにベルは目を輝かせた。

 この世界にきて辛いことばかりだったが、ここにきてこんなにも心躍らす紅茶にありつけたのは真の行幸であった。

 素直に「嬉しい!」と叫びだしたいベルだがそこは大人の余裕ということで我慢する。


 声に出すのは我慢したベルだがその締りのない顔はその心中を言葉よりも雄弁に語る。

 甘みのあるその香りに鼻をくすぐられ心地よさを感じる。息をつき、久々の紅茶に手が震える。

 考えてみればこの世界にきてまったく味のあるものを口にしていないのだ。


 ベルは久々の紅茶をゆっくりと口に含む。ヘルマンは濃く煮だした紅茶が好みのようだ。渋みと同時にミルクの甘みが駆け抜ける。喉を通った後にはその紅茶独特の甘い香りが鼻を抜ける。

 その味わい深さに文明の進捗具合で言えば自分の世界のほうが一歩も二歩も進んでいると自負しているベルだがもしかしたら紅茶の技術だけは負けているかもしれないと思わせた。 ベルにとってまさに味の大革命と言える大事件がそこで起きたのだった。


 ベルはこの決着屋というまったく興味の持てなかった仕事に価値を見出し初めていた。

 そもそも考えればベルの世界では味覚を満たすことを目的としている経口摂取とはその経験を楽しむものである。経験を楽しむ以上、より多くの経験を味あわせてくれる決着という仕事はベルにとって天職なのである。


 そんな紅茶に堪らないという表情を垂れ流しにしているベルをみている二人もそれぞれ癒やされているのであった。

 一方は連れてきてよかったと、一方は淹れてよかったと。

 振舞うということはその性質上楽しんでもらうことが大前提である。誰かのための行動でいうならばクラウディアの行った連れてくるという行為もまた楽しんでもらうことを目的としている。


 ベルの反応は二人に自らの行動は間違っていなかった、むしろ正しかったのだと満足感を与えるにいたらしめたのであった。

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