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未来はどこにある  作者: しぐ
魔法の世界で決着
5/43

1-5

 河原に流れ着いたベルは膝をつき、息を整える。

「やーっと落ち着ける。死ぬかと思った……」

 この世界に来てから不運続きの息つかせぬ緊張感にさらされ続けたため、一度全快したとは言え精神的にはもううんざりといったところだった。

「まー空腹がなくなったからいいや。あのままだったら本当に動けなくなってた」

 ベルにとって満腹中枢の刺激は命の次に重要な事項である。


 しかし、一方で別の危機に瀕していた。真っ裸で水辺に放り出されているのである。

 命の危機にもはや恥らいもなくなったベルにとって見られるなどということには関心がなかったが、体表の水をどうにかしなければ凍え死んでしまう。


 雑に髪の毛を雑巾絞りの要領で水気をきる。生粋の女性がいれば髪の毛が傷むだとか悲鳴が上がりそうだが仕方があるまい、命には代えられない。


 日の出ている内に人通りのあるところまで行って衣類をどうにかしようと指針を固めるベル。裸の少女が突然家を訪ねてきて「着るものを下さい」などと言われればこれほど不自然なことはない。何か裏があると疑われるのだがベルはそんなことは知らない。なぜなら温室育ちだからだ。


 そう思って移動しようとしたベルだが、大きな岩を挟んだ向こう側に人の気配を感じる。岩陰から様子を伺うベル。

「ったく! どうなってやがんだこの森はよ」

 誰もいないと思っているのか苛立ちを隠さずにぼやいている男がいた。

 毛皮に猟銃をみて猟師だろうと当たりをつける。さらによく見れば足を怪我しているように見えた。真っ赤に大きく開いたその傷はざくろの実の様で黄色や白色が見えることからかなり深い傷であることがわかった。


 ベルは、なるほどこれならば交換条件に持ち込めるかもしれないと交渉にあたることにした。

「すいません、ちょっといいですか」

 警戒されないよう岩陰から声をかける。流石のベルも交渉のため殊勝な態度で望む。

「うわっ誰だ」

 突然の声に驚いた男は猟銃を構える。

「ちょっと待ってください、こちらに敵意はありません。それより助けて欲しいのです」

「助けて欲しいだと? 姿も見せねえのに信用できるかさっさと出てきやがれ」

 岩陰から声をかけたのが間違いだったようだ。野盗とでも思われては話が進まない。ベルは岩陰から両手を挙げてゆっくりと出て行く。

「他にはいねえのか」

「はい、見ての通りです」

「見ての通りってぇと、丸腰とかそういうことか? というかここまでどうやってきたんだ……」

「銃を向けたままでいいので話を聞いて下さい」


 怪訝そうな顔の男に拉致されてからここまで流れ着くまでの経緯を説明し、もしかしたら怪我を治すことができること。もし怪我を治したら衣類を分けて欲しいという希望をつけて男に話した。


「なるほどねえ、あの教団に捕まっちまったのかいそら災難なこった。んで、その交換条件も悪くない。よしわかった俺はクラウスってんだ。嬢ちゃんは」

「ベルです。早速治療に入りましょう」

 そういうと男の足に集中する、手をかざしてイーの顔を思い浮かべ、祈る。目を固く閉じて「治れ、治れ」とつぶやく少女にクラウスも初めは大丈夫かこいつという思いでいた。


 ベルが目を開けると何の傷跡も残らない綺麗な足。毛が生えていないのでどの部分に処置をしたかはなんとなくわかる。それにクラウスの顔を見れば治療は成功したことがわかった。

 イーが治療魔法のきっかけになっていることにはなんとなく気づいていた。必要なのはその実証だけであったためベルはそれを交換条件として提示したのだ。


「ほーこんな精度も高くて速度も早い回復魔法はじめて見るな。そりゃ教団にも目をつけられるわけだ」

 一人納得するクラウスをじっとり見つめるベル。

「ああ、そうだったな。なに、忘れてないさ。さっさと着な」

 羽織っていた毛皮をベルに渡す。

 すこし加齢臭を感じるが仕方があるまい。貰い物にケチをつけてもしかたない。とベルはサイズの合わないそれを着る。

 半日ぶりの衣服らしきものに感激するベル。それに足を治してもらって歩けるようになったクラウス。両者の悩みは円満に解決したのだった。


「それで、その怪我はいつどこで?」

 ベルが怪我の原因を探ろうとする。治療魔法の効果範囲や、怪我をして治せる時間的範囲を特定しておきたかった。

「いや、見ての通り狩りに出ていたんだが後ろから猪に襲われてな。すぐに銃で仕留めたんだがうまく歩けなくてな。俺は治療魔法も使えないしベルちゃんがいなかったらどうしようもなかった」

 ベルちゃんと言われて眉をピクリとさせるが何事もなかったように繕う。そもそもベルは少女の身であるわけで子供扱いを含めたちゃん付けというのは不自然なことではない。むしろ自然であると言える。

 いままでお嬢だの小娘だの言われても他人ごとのように感じていたベルだが、僅かに好意のこもった扱いには動揺を隠しきれなかったようだ。


「そうですか。さて、行くところもないですしできれば人のいるところまで案内して頂きたいのですが」

 自分の話題になりそうな雰囲気を察して次の行動を促す。

 先ほどまではギブアンドテイクのほぼ対等な取引だったのに対して、案内を頼むというのはいささか図々しいかとも思った。

 しかし男は既に自らに傷を負わせた獲物を捕らえているため概ねその目的である狩りには不足していないだろう。という打算もあった。

「そうだな。それがベルちゃんにとってもいいだろう。俺の街は教団とは無縁だからな。どうせ一文なしだろ、うちに来ないか? なあに心配いらねえ、カミさんもいるし子供だっているんだ変なことしねえよ」

 ベルにとって嬉しい申し出であった。この世界にきて悪意しか突きつけられてこなかったベルにとって人間の暖かさに胸打つものがそこにはあった。


 そうして喜びが表情にまででているベルをみてクラウスもよかったとばかりに言う。

「なんなら家で働いてもいいんだぞ。治療魔法もそれだけ使えれば役に立つしこっちも大助かりなんだ」

 なるほど、そこでも利害は一致していたのかとベルは納得する。安寧は勝ち取って得るものだとしみじみ思う。


 ベルとクラウスは街へ向かう道で家族のことや街のことを話した。

 ベルはそうしたコミュニティーを持たないため、なんとなく話をあわせるだけだったが、クラウスもなんとなく気づいたのかあまり踏み込んではこなかった。というのも、治療魔法の使える家系というのは多かれ少なかれ問題を抱えているのがこの世界では常であった。


 魔法のことについても、この世界の法則を見出して決着をつけなければならないベルにとって関心の強い話題だった。

 クラウスも魔法の使い手が魔法について疎いとはおかしな話だと思いながらも、家族がいないと察しているためそうした教育は受けられなかったのだろうと結論づけ、説明する。


 クラウスが言うには魔法とは血筋なのだという。


 長い人生の積み重ねの間にたまった感情の歪が魔法として具現化しているもので、先祖の積年の思いが末代にまで及んで現実に影響を及ぼすのである。

 負の思いでは、無念さやいわゆる呪いがその魔法の源となる。逆に愛や子孫を思う気持ちといった正の思いというのもまた魔法の源である。

 呪いというのがまた厄介で、よく言われる末代まで呪ってやるというのが呪った対象にとって魔法の源となるのだ。人の思いは出発地点がいかに悪感情だろうが清らかなる感情であろうがあくまでエネルギーに過ぎないとうのがこの世界の基礎となる考え方であるらしい。


 なので王族などというのは大抵強い魔法を持っているもので、多くの犠牲を払い憎まれ続けた王も国民に愛されよりよい国づくりに励んだ王もそこに生じたエネルギーに合せて力が決まる。

 ベルが出会った教団と呼ばれている者たちもこれに近い存在で、破壊神キヨと呼ばれるものにそのエネルギーを注ぎ込んで日夜怪しい儀式をしていると噂の勢力だそうだ。


 ベルの持つ治療魔法も非常に特殊なものだと言われた。百年以内にできた比較的最近の魔法という話だ。

 それまでは魔法とは歪の解消行為だったため、エネルギーの発散にすぎなかった。つまり破壊しか産まなかったのだ。

 対して再生魔法とは破壊の逆であり、当初は時間遡行技術であると言われていた。しかし、再生の魔法の行使された箇所には破壊以前の状態よりも良くなっているという現象が見られた。

 例えば、破壊された建物は破壊以前よりも硬質になり壊れにくくなっていた。再生の魔法とは破壊を前提とした強化の魔法であると結論づけられたのである。


 少し前には人を瀕死に追いやって再生魔法をかける作業を何度も繰り返すことで、肉体強化あるいは進化を求める人体実験も行われたそうだ。

 結果は生まれながら骨太と言われてきた人と同じ程度でそれ以上強化は行われず、治るだけだった。

 骨が鉄になったり、皮膚が鱗になったりなどを期待していた学者たちは肩を落とした。つまり、生まれ持った潜在性を引き出すにとどまる。


「そんな拷問みたいなことが許されるんですか」

「今はできないけどな。そんな野蛮な時代も再生魔法黎明期にはあったって話だ」

 治療魔法とは再生魔法の一分野で生物に対する再生魔法の行使全般を言う。

 ベルは物に対してもできるとわかり、今度試してみようとかんがえる。


 何より不思議とされているのは再生魔法の出自で、今まで破壊魔法が使えなかった家系の者が突然その力を振るい始めたのである。

 当然権力を維持したい旧体制の破壊魔法を得意とする一派が弾圧を図ったがそれも失敗に終わった。

 破壊魔法に対して再生魔法は相性が良すぎたのである。致命傷さえ負わなければ瞬時に復活できる再生魔法の前に破壊魔法はなすすべがなかった。

 しかたなく表向きには手を取り合い、再生魔法としてその存在を認めたのである。


 そんな歴史があるため、隔世遺伝などによって破壊魔法の家系に生まれながら、再生魔法に目覚めてしまった子供を秘密裏に処分する動きがあった。

 そういった事情でベルの家族がいないという事情も無くはない話としてクラウスには察せられた。

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