3-12
「という決着があってだね。君にこの理屈がわかるかね」
強い眠気をこらえながら、話半分に聞いていた香ははっとする。
「あ……えっと。まずはそんな変な施設は本当には無いんだよね」
「いつかの時代の世界のどこかにはあったのかもしれない。しかし辺境の地の境界などには両陣営とも注力しなかったのだろう。片手間に行われる駆け引き。時とともに忘れ去られ、人知れず消えたのかもしれない」
「やっぱり変な施設だ」
香は境界の収容所に感想を述べる。
「それでこの場合の決着はどうなるの?」
重要なのはその点である。
二人は対立しなかった。そういう意味では今現在ベルと香の状況と似ている。そのため参考になると考えたのだ。
「私の働きと決着条件の理解度を評価されてか、私にやや有利な結論がでたのだ」
決着屋を辞めたいベルと辞めさせたくないチャーの決着で、ベルが有利な結論がでた。
つまり決着屋を辞める方向に有利でなければおかしいのである。
香の目の前にいるのは少女でありベルだ。したがってベルは決着屋を辞めていないのではないだろうか。
「その有利な結論とは?」
香は先を促す。
「必ず決着世界で美味しいものがある世界に行ける権利が付与された」
「待ってよ、ベルさんは決着屋を辞めたかったんじゃないの?」
「そもそも私はその決着の前までまったくまともに食事のある世界にあたっていなかった。そのためこんな苦しい決着をし続けるくらいなら辞めたい。その思いで辞職を選んだのだよ」
香は辞職理由のあまりの矮小さに頭をかかえる。
「でもそれは有利な決着といえるの? チャーさんが勝って、ベルさんはいくらかの慰みをうけただけのように見えるけれど」
「決着機はあくまで紛争解決が目的なのだよ。その紛争に決着がつきさえすればよい」
「それで、権利と言っても決着世界を選ぶのは決着機のはず。姿も決着条件も選べないから困っているような話だったじゃない。チャーさんはそこまで干渉できるということなの?」
決着機は人の手を離れた独立機関であるはず。チャーに決着機からくだされた命令が決着機の干渉だとすれば、決着機は中立ではなくなってしまう。
「いや、決着機との直接契約を行ったのだよ。決着機は柔軟にできているからそのくらいの手心は造作も無いことだった」
「なんでもありということですか」
もはや香にはこう言うしかなかった。
絶対的な中立仲介者、紛争解決案を絶対にだす。そう言われ、新たな世界をも創造するその装置。いや、すでに装置と言うことさえはばかられる。
「紛争解決するためならば。という前提ならそのとおりだろう」
思考が追いつくのか微妙なところの香だが、頭を休めるため話題を今回の決着世界の話に切り替える。
「……それで今回、結論が出た後の決着世界はどうなるの?」
囚人たちは看守を制圧した。
しかしそのあとはどうなるのか。看守たちの属する国が応援に来るかもしれない。あるいは囚人たちも施設を乗っ取った上で設備を使い、応援を呼ぶかもしれない。そうなったら本格的な戦争の幕開けである。
「なるほど。話を聞いているだけではわからないのだろうな。体感しているとだいたいわかるのだが」
ベルは自分の話がなぜ伝わらなかったのかようやくわかった様子である。
「あるいは情報が少なかったのかもしれない。あの施設は囚人たちが看守をするのに適していた」
「囚人が看守? 言葉が紛らわしいわ」
「身体的な特徴として囚人たちは背が低く、看守たちは背が高かった。施設も看守たちが使うには天井が低い。一方で牢屋は常に高くできていた。平均的な私たちなら肩車で天井まで届くが彼らにはそれはできなかっただろう」
「ええと、どっちが囚人でどっちが看守だったっけ?」
ふたつの言葉が交差してわかりづらい。香はベルに注釈を求める。
「ではわかりやすくしよう。私が決着しに来た段階での囚人は南の国、看守は北の国だ」
「その区別は根拠があってのものなの?」
「そうだ。看守たちは人と物資の出入りをすべて北門で行っていた。そして施設を作ったとされる南の国は南門のまわりに物流の都合を置いていた」
「施設の作りから、もとの持ち主を南の国の人としたわけね」
「私たちが来た段階で囚人と看守は入れ替わっていた。歴史は繰り返すということだろうか、私たちが起こした暴動とまったく同じことが主客転倒して行われていたのだよ」
「待って、そう考えるのは早いんじゃない? 北の国の人が南の国の人を使って作らせた可能性があるんじゃない」
墓穴を掘らせるようなものである。囚人たちはとらわれびとであると同時に労働力である。そういった可能性を検討せずにはベルのいう結論はだせない。
「まず第一に先ほど言った建物の構造上南に対して物流が良い。わざわざ対立する南の国方向に倉庫や食堂を置くだろうか?」
攻められた時に武力が後方に集まっていては守りづらい。
仮に被害を受けながらも守り切ったとして物資が失われている可能性が高いのだ。
背水の陣ではあるが、ただでさえ被害を受けて瀕死の状態なのだ。攻める力が残っているとは限らない。
その上この施設は攻めることを目的とした施設ではない。囚人たちを管理、保持しておくための施設である。攻守を考えれば守りを固めるのが当然である。
「第二に北の国の者にとって看守活動のしづらい施設構造である。作らせたのだとすれば設計も北の国の者によるものである可能性は高い」
「むう……」
どちらか片方であれば偶然が通用したかもしれない。
しかしそのふたつの偶然が共存することは考えづらい。
「そういう特殊な施設だったのはわかった。だったら決着は看守と囚人が主客転倒し続ける、円環構造を打破することじゃないの?」
ループ構造の一部をベルたちが演じただけでそこに決着があったと言えるのだろうか。
それともベルがよくあると言っていたよくわからない決着の一部なのだろうか。
「誰がそれをしたかが重要なのだよ。広い視野で言えば円環構造を感じるかもしれない。しかしそれならば争い事すべてが円環構造なのではないだろうか。片方が勝利を納めれば敗北した側はそれを良しとはしない。復讐が行われ、主客転倒がおこる」
「だからそれを具体化した話じゃないの?」
それを解消するための話ではないのかと香にとっては先ほどと同じ問いかけである。
「そうではない。決着自体がそういった円環構造を持っているためにループの一工程を誰がするかで決着がつけられるのだよ」
それでも香の疑問は尽きない。
「結果として、チャーさんとベルさんでふたりともその一工程を終えてしまったわけだけどそれでなんで決着ができるの? 誰と決着したの?」
対立しなかった場合の決着の話に戻る。
ベルは結論が自分に有利だったと言っただけである。その決着結果について言及にはいたっていない。
「決着機は折衷案を出すためのものなのだよ。決着機は私たちを対立させずに共闘させることが折衷案をだすために必要なことだと判断した。そう考えるべきだろう。誰とという問いにあえて答えるならば決着機そのものと、だろうな」
ベルは香が目を回して「今日はもう寝ます」と言って退室したので自らも睡眠をとることにした。
すでにベルに睡眠は必要ではない。
ベルに必要はなくとも香には前の世界の習慣からか眠らなければならない。そこでベルだけが起きたまま情報収集をしたり寝首をかくというのは不公平に思えた。
ベルは決着相手である香とは公平な立場で決着をつけたいと思った。
そうして無理矢理に眠りに落ちていく。そこでベルは夢を見る。
ベルがこうして世界征服をし続ける理由になった決着の夢である。




