3-7
「こっちのチャーさんとゲームするためのカードくれない?」
腕輪男にベルは言う。もちろん隣のチャーと手元のカードとを交互に指さしながら言葉が通じなくても意味がわかるように言っている。
一週間ほどの間で簡単な単語ぐらいはわかるようになったベル。しかしたったこれだけの内容を言葉で表現できるほどの語彙は身につかなかった。
「ベルさん、私はそんなこと言ってないんですが。遊んでる暇なんてないんですよ」
「わかってますって。とりあえず服にでも隠しといてください。牢に入ってから出してもらうんで」
もちろん看守の目を奪うための布石である。「脱獄とはこういった小さな積み重ねなんですよチャーさん」と得意げに言いながらカードを受け取る。
このカード、やたらと簡単に手に入ると思えば看守が持ち込んでいるのだ。そして余暇時間を潰すためと言って囚人たちに横流ししている。
「その積み重ねももうひとつあってですね」
ベルはそう言いながらこちらを遠巻きに見ていた男とやり取りをする。
しばらくやりとりをすると男はおもむろに上衣を脱ぎ出す。そしてそれをベルに渡す。
ベルは嬉しそうにチャーの元へ駆け寄る。
「ベルさんついに男色に目覚めてしまわれたのですか。肉体の変化は精神にもその影響を及ぼすということですか……。私も気をつけます」
自分にはそんな変化はなかったはずだがといった調子のチャーに対してベルは言う。
「違いますよ! まあそう見えてしまうでしょうけどね。これも必要な道具なんですよ」
そう言うベルだが、チャーは半裸になった男の照れ顔を見ながら納得しかねるようである。
「ああ、その匂いに興味があるのであって男には興味がないのだという主張ですね。経口摂取は嗅覚でも楽しめるそうですし、そういうつながりでしょうか」
「……」
ベルはこの手の勘違いは放っておくことにしているのだ。勘違いは一貫した態度と時間が正してくれる。
その考えは間違いないと思う反面、ベルは自分がした否定を信じてくれるよう祈る。
その場を逃れたくてベルは看守に目を向ける。
「あ、チャーさん。あれって火縄銃ってやつですよね」
言われてチャーもそちらを見る。
「あれは違いますね。表面の質感から言ってもうすこし後期の自動小銃だと思いますよ」
「なにが違うんでしょうか」
ベルが今まで決着世界で経験してきた銃とはより原始的なものだったのだ。ベルの世界では銃とはすこし違って砲と呼ばれるエネルギー発射装置が主な武器だった。
つまりその中間、自動の銃機構には親しみがなかった。
「操作が少ないんですよ。火縄銃には一発ごとに掃除や火薬込めなどの手順があります。しかし自動になると少ない手順で何発も撃てます」
そう言ってチャーは経験に基づいた銃の扱い方をベルに教える。
もちろん経験であるから構造そのものを理解しているわけではないので間違いもあっただろうが、それでも扱えるほどにその時代の銃は洗練されていたのだ。
だからベルの理解にある単純な火縄銃などの機構の方が根源的ではある。しかしこの世界の銃を扱うにはチャーが適していたのだ。
「となればあれがどこから出ているか考えましょう」
チャーは銃を利用するつもりでいるらしい。
正面突破なのだから当然なのだろうが、その手の銃の扱いには不慣れなベルには不安だった。
「銃はこの自由時間にしか持ってないようですし」
チャーは最初から銃には目をつけていたようだ。どおりで話がはやい。
「看守の控え室とかでしょうか」
「ふむ。しかしそれだとそこまで簡単に通してもらえないでしょうね」
ベルのなんとなく言った仮定でそのまま話が進んでいる。これでよいのだろうかとベルはさらに不安になる。
「私たちが考えるべきはそれを手にする方法ですよね」
「そうですね。だからどの時点で奪うかです」
そこに繋げたかったのかとベルは納得する。
「完全武装している自由時間に奪って脱出しようとしても他の武装した看守がフォローに入りますよね。ということは武装するのを待つというのはどうでしょう」
自由時間には大量の囚人を放ってあるのだ。それを従えるために銃を採用しているのだろう。よって銃を持ってこさせるためにはその状況を作ればよいのだ。
チャーは流れができてきて先を促すように言う。
「では、武装するのはどういったときでしょうか」
「この収容所の秩序が乱れたとき、つまり私たちが抜け出せば武装を始めるはずです」
囚人に枷をするまでは看守たちは素手である。毎回素手で制圧するよりも銃で脅せば早いと思われるが、奪われたり人の密集した場所での誤射などがある。よって多少の苦労をしてでも素手である必要があったのだ。
それが牢舎を抜けだした自由な囚人二人を仕留めるには銃による制圧が有効になるのだ。
「すこし行き当たりばったりになりますがそれでいきましょう」
「何言ってるんですか。脱獄はアドリブが命です」
「いえ、綿密な計画ですから」
「行き当たりばったりとさっき言ったじゃないですか」
チャーは脱獄を決めたのにも関わらず特に何もしていないようにベルには感じられた。今やっと銃を手に入れる算段で口を出した態度である。
この人は本当にやる気があるのだろうかとベルは思う。
「銃のことはそれでいいでしょう。次の脱獄案をチャーさんが出してください」
「私ですか。十分協力しているつもりなのですが」
そう言ってチャーは俯いて長考に入る。
ベルはそれを見て時間がかかると感じたため辺りを見回している。そこで視界の隅に半裸の男が入る。
緩んだ顔でこちらに手を振っている。なるほど、あれを見て男色というわけだ。ベルは誤解の原因を知るがそれをどうにかする術は無い。
「そういえば」
気づいたようにチャーが言う。
「この施設全体で見られるため、この時代の主流の形式なんでしょうね」
「何がですか」
主語がないのである。ベルには見当がつかない。
しかたなくたどったチャーの視線の先には扉である。
「カギ。というより錠ですね。私たちで言えばかなり旧式のセキュリティシステムの一種です」
「扉を開かないようにしておくためのものですね」
「そうです。それでここにある錠の多くはシリンダー錠です。硬めの針金を用意してくだされば私が開けます」
「……ということは私が用意しないといけないんですよね」
「私は技術者ですから」
チャーが経験を活かしたやり方で決着屋をしていたことはベルも知っていた。
しかしこうも任せきりにされてはどうもやりづらい。
「それにベルさんはここの言葉が少しわかるじゃないですか。でしたら針金の入手も適任だと思うんですよね」
原住民と努力して接触した自分が苦労をさせられるとは思っていなかった。
これではがんばっただけ損ではないかと思うベルだがチャーの言うとおり適任であるし、ここで決裂しては先へ進めない。
何よりチャーほどの技術力はベルには無い。しぶしぶながらベルはそれに従うことにする。
「こういう形の鉄! ください!」
ベルはカード仲間たちに片言のこの世界の言葉で協力を求めてみる。
しかし形状までは言葉でうまく表現できなかった。そのため身振り手振りで形状を示すがうまく伝わらない。
伝わらないどころか鉄のように硬い棒というように誤解され、脱がされそうになったところで誤解に気づいてもらってベルの純潔は守られる。
もっと細いのだと説明してなんとか伝わったらしく捜索してくれる。
男たちは残念そうにしているがベルにとってはたまったものではない。
ベルの手元に届けられたのはどうやらヘアピンとして使われてきたものらしい。表面の凹凸感から言って針を平たく叩いてそのまま曲げたような形状である。
おそらく作ったものだろう。
凶器になりうるものを囚人に持たせることはめったにない。ただの針一本にしても持ち出すのは苦労しただろうと思うベルだが今は感謝してこれを持ち帰るしかない。
「いいってことよ」
男たちは作り笑顔を貼り付けている。ベルの機嫌は重要なものと位置づけられ、よろしくやっていこうという魂胆だろう。
しかしベルには時間が無い。もう間もなくここから脱出しなければならないのだ。




