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未来はどこにある  作者: しぐ
魔法の世界で決着
3/43

1-3

 雪のつもる十二月、街の外れに長いブロンドの髪に青い瞳の十二歳ほどの女の子が横たわっていた。

 決着屋として世界に送り込まれたベルその人である。


 気がつけば日が暮れ、肌寒さを感じ目を覚ました。

 赤い夕陽が沈む雪で白くなった山間を見ながら、ベルは睡眠状態からの覚醒の不快感を感じていた。

 その不機嫌さを慰めるように美しい景色を眺めながらベルも行動を始めることにした。


 幸い、肉体を離れ決着機に入った時点で疲労感はなくなっていた。この世界での新しい体にまずは慣れるところから始めるのが定石である。

 ベルは軽く屈伸運動、飛び跳ねたりしながら確認する。

 確認作業によって、いくつかの幸運とそれを上回る多くの不運な事実が明らかとなった。ポジティブシンキングを信条とするベルとしては、すがるような気持ちで現状都合の良いことを並べる。


 まず、積雪地帯であるにも関わらず、日がくれるまで目が覚めなかった理由である服装である。

 毛皮だろうか。とても柔らかく、かつ丈夫で暖かい素材のコートに身を包んでいる。野宿できるほどではないが、冷え込む夜になってもしばらくは行動できるだろう。


 次にその包まれている方の体だが、身長は低く胸と腰に膨らみを感じる。

 つまり燃費の良い体に寒さに強いと言われる女性の体であるということだ。

 なんという僥倖だろうか、などと自らを奮い立たせようとするベルだが、裏を返せば体力に乏しい女性のさらに体力のない子供として、寒空の下日没近くに放り出されたということで何ら良いことなどはなかった。


 慣れない女性の体であり、さらに完全に空調管理された温室の中の温室しか経験したことのないベルにとって、この寒さは本来絶望以外の何者でもなかった。

「ええい、考えても仕方ない。寒いし歩こう」

 ベルは気づいて気づかない振りをすることで、何とか正気を保っていた。野垂れ死んでも良いだなんて考えていたことなど忘れて生への渇望を元に一歩、また一歩と人通りのありそうな明かりの方向へ歩みを進める。


「しかし、イーさんはいったい何になったんだろう。偉いみたいだったしこの国の王とかになってれば仕事も楽なんだろうけど」

 この世界での姿は入ってみるまで何になるかわからない。

 なぜなら人の脳は指紋のように個々に違い、互換性は効かない。なのに人格を無理やり読み取って同じ空間に放り込むのだ。

 そのため決着機の中ではその規格に合せて姿が変わる。

 ベルの場合は少女として送り込まれた。元の姿と大きく変わることもあればまったく変わらない場合もある。


 しばらく歩いて余裕を取り戻したベルは、足型通りに圧縮され音をたてる初めての雪の感触を楽しみながら街の大きな通りを目指す。


 石畳の上に積もる雪は非常に滑りやすいのだ。地域に適した装備で送り込まれたベルだったが、経験の差だろうか気を抜いた瞬間踏み出した足が空を切り、腰に衝撃が走る。

「ひうっ! なんでこんなに冷たいんだよ! 何もうまくいかないじゃないか……」

 可愛らしくも悲痛な声が寒空に虚しく響く。独り言になると分かっていながらもどうにもならない現状に対する不満を垂れ流さずにはいられず「もう歩けない、歩きたくない!」などと、誰にともなく喚き、駄々をこねる。


 そんな姿を物陰から怪しげな一団が覗いていた。目配せして命令を下す老婆。命令を受け目深にローブをかぶる男たち、仕事は一瞬で僅かな隙も許さない。

 人通りが完全に絶えたことを確認して老婆からの力強いゴーサインがでた。


 一団が迫る音に気がついたベルは咄嗟に立ち上がり一歩踏み出す。

「な、何? なんなのさ来ないでよ!」

 怯えながら男たちに背を向け走りだそうとするが、滑った足は捕まえようとする男たちにちょうど差し出す形になってしまい、いとも簡単に捕縛されてしまった。

「大人しくしな、この場で死にたくなければね」

 嗄れた声でそう言いながら後からゆっくり歩いてきた老婆に光物を突きつけられる。


 ベルとしてもここで仕事を諦めてしまうにはまだ早かった。いや、それ以上に死と暴力的な力への恐怖心から抵抗する気は失せていた。

 ベルの手足を手早く拘束した一団は、それを乱暴に麻袋に放り込む。

 麻袋の粗い目にベルの柔肌はヤスリがけされているような刺激を感じる。移動のため揺れる袋の中で上下左右縦横の感覚は失われ、自分の今の姿勢もわからない。縛られた腕が体の下敷きなって痛い。


 この先どうなってしまうのかわからない未知への恐怖は、決着屋の仕事の前日の不安感を優に超えていた。


 十分な苦痛の中解放されたのは小一時間ほどの移動の後だった。

 ひんやりとした床面、窓の無いその一室は地下室であることが分かった。

 後ろ手に縛られた腕は依然としてベルに苦痛を与える。


 男たちに引き起こされ、革のコートもブーツも強引に奪われる。

 外気に触れ、鳥肌がたつその白い肌はまだ幼いとは言え男たちを魅了した。

 小さく震える肩、わずかに蒸気して赤く染まる頬は庇護欲を掻き立て、今すぐに家に連れて帰り一緒にお風呂に入りたい。などと男たちは考えるが後ろから男たちの間を縫って来る老婆に気づき、気を引き締める。


 身ぐるみを剥がされ、裸で混乱しているベルに老婆がすぐ隣に立っている男から桶を受け取り、冷水を打ち付ける。

 ただでさえその気温の低さから芯まで冷えていた身に切りつけるような痛みが走る。

 何をするんだと怒鳴り返そうとするベルだが、自らの立場を思い出し寸前で思いとどまる。

「これからあたしが直接手を下すんだから綺麗にしないとね。あたしはハイケと言うんだ」


 直接手を下すと聞いてベルはこれから殺されるのだろうと思った。首を洗って待っていろではなく、首を洗ってやるから今といったところか。

 たがわざわざこんなところまで連れてきて単純に事を起こすだろうか。

 当然否であり、ハイケには別の目的があった。それに気がつかないベルはひとまず返答することにした。


「私はベル。不当な拘束からの解放を要求したい」

 話の通じることを願って震え声で交渉を試みる。なんとか足首の縄だけでも外せないかと、正座の格好で後ろ手に足首の縄に手を伸ばすが手がかじかんで感覚も掴めず、諦めるしかなかった。

 縄の痕がついたらどうしてくれるのか、元の世界ならば処罰の対象だ。とベルは心中で叫ぶ。


「不当なものか。お前は理由があってここにいるんだよ。そう簡単に解放できないのさ」

「理由? 何故さ、私はここに来て間もないのに」

 それもそのはずでベルとこの世界はつい数時間前まで一切無関係だったのだ。

 決着機に生成されたばかりの世界だというのにベルになんの関係があるのだろうか。まさか、相手方であるコニシかキヨがすでに行動を起こしているのだろうか。理由を検討するベル。


「お前は破壊神キヨ様に捧げる生贄なのさ」

「キヨがいるの? どうにか会わせてほしいんだけど」

 キヨと聞いて相手方の依頼人、肉まんさんを思い浮かべる。

 突然知った名前が出たため破壊神などという不穏な言葉は聞き流して意識の上には登ってこない。

 どうにかこの者たちの裏にいるであろうキヨをやっつけ、決着をつけてしまえばこんな辛い世界から抜け出せるのだ。


 藁にもすがるように会わせてくれと懇願するベル。一方でベルの言葉に男たちがどよめいているのには気が付かなかった。

「お前今なんと言った! 小娘の分際でキヨ様を呼び捨てにしおって!」

「ひうっ!」

 突然爆音とも言える声量で怒鳴りつけるハイケ、怒りで体をわなわなと震わせる。声に驚き体を震わせるベル。その両者の温度差は明らかだった。


「そんなこと言われても……」

 目に涙をため、消え入りそうな声で言うベルに追い打ちをかけるようにハイケは言う。

「このままではキヨ様に捧げることなど到底できぬ! かくなる上は」

 ハイケの平手打ちがベルの左頬に直撃した。衝撃を感じるベルの体は拘束のため支えることもできず床に崩れる。

 驚きに目を白黒させながら事態を把握する。頬から沸き上がる熱を感じて堰を切るように涙があふれだす。


 止まらない涙、嗚咽し既に何も考えられず、感情の爆発に流されるがままになる。何故怒鳴られなければならない、何故女になっているのだ、何故裸なのだ、何故こんなにも寒いのだ。どうにもならない現状にただただ泣くことしかできなかった。


「キヨ様の御前でなんとまあ情けないことか」

 ハイケが呆れたように言う。男たちからもベルを非難する声が聞こえる。

「あれが今回の生贄かよ」「いい加減にしてくれよ、こっちは急いでるんだ」「躾もなってないのか」「馬鹿なんだろ早くはじめろよ」

 悲しみにくれる少女、ハイケ率いる一団はそれを取り巻き、怒りと焦りと苛立ちを増していく。初めはささやくような小さな声だったのが今では叫びに近い怒声に包まれていた。


 そのとき地下室全体が赤い光に包まれた。

「キヨ様? おお、皆の者キヨ様が喜んでおられるぞ!」

 そう言うハイケの視線の先には、赤く光る両刃の大剣が祀られていた。

 ハイケの言葉を聞いた男たちはその大剣に向かって頭を垂れ跪いた。

「おお、キヨ様。やはりこの少女で間違いなかったのですね」

 ベルの意識は薄れ落ちていった。


 ハイケは男たちと地下室を後にすると、すれ違うように地下室へ入っていく女の一団にベルの処置を命じる。手当をして万全の状態で捧げなくてはならない。だから生贄としてここで死んでは困るのだ。


「お前たちもあの娘に手を出したらただじゃおかないからね」

 常に生贄は純潔であることに意味がある。ハイケはそう言って男たちに釘をさして明日の儀式に備えることにした。

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