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未来はどこにある  作者: しぐ
囚われの身で決着
29/43

3-6

 一週間ほどが経っただろうか。

 ベルはあれからカード仲間たちとうまくやっていた。言葉が通じなくても意思疎通は取れるのだとベルは知った。

 彼らは看守たちともつながっているらしく、娯楽用品は看守たちから得ているようだった。


 ベルもカード仲間を通じて、美味しいものをねだってみた。すると、ぶどうや梨といった果物や毎日の食事に使われているじゃがいもなどが与えられた。

 仲間に入ったとは言え簡単に自らの利権を分け与えることは通常、ありえない。しかし彼らも男である。異性であるうえ、気の合う仲間となったベルにおねだりされては無下に断ることはできなかった。


 そうして食の改善を得たベルはいたく満足した。

 当初の予定ではこのまま食事を管理している者たちに繋いでもらおうと思っていたのだ。それなのにこうも簡単に問題が解消されてしまうと拍子抜けである。

 わざわざ波風立てる必要もないと判断してベルは幸福のもとに計画を断念した。


 また、一日二日ではわからないことも次第にわかってきた。

 ベルたちが囚われている理由である。これだけの看守と食事と寝床を用意しているのだから無意味に拘束しているわけではないようだ。


 毎日檻の端から中の囚人たちが入れ替えられているのだ。どこへ連れて行かれるのかはわからない。

 ただ、連れて行かれた場所の檻は次の日には新しい囚人が入っているのだ。

 運動場には複数の収容する建物の囚人たちを集めているため、別の建物に移動になったとしても運動場をくまなく探せば見つかるはずなのだ。

 それがどこにも見つからない。となれば売られるなり殺されるなりどこか外へ連れて行かれているはずである。


 脱出するとすれば生活基盤が変わる前には実行しなければならないだろう。

 ベルはチャーと相談して自分たちの檻の順番が来るまでには脱出を試みてみようということになった。

 檻の数から言ってもう5日ほどだろう。ベルはなにか無いかと頭をひねるのだった。


「見えづらいのでもうちょっと右にお願いできますか」

「でしたら一回降りてください」

「いやです」

 ベルはチャーに肩車を頼んで牢の窓を覗きこむ。

 しかし手が掛かりそうなところでチャーの右肩に体重がかかってしまって潰れそうになってしまう。

 それでしかたなく移動を頼んだのだ。


 おそらく、肩に乗せたまま移動するには困難な重量なのだろう。

 体重差はほとんどない。本当にコピーしてきたように体格も身長も顔も一緒なのである。


 筋力に関してもお互い同じくらいには少なかった。

 その点から考えても脱獄などという大仕事には不向きなのだが目的設定が曖昧なのだからしかたがない。


 そんなあやふやな脱獄計画のため一度肩車から開放し、位置調整のあと再び肩車を組む。体重の半分を壁に任せ、徐々にベルの体を持ち上げていくチャーだった。

 持ち上げられ窓越しに見えた光景は壁だった。ねずみ返しのように頂点で手前に向かう出っ張り。

 仮にこの窓から鉄格子をはずして抜けたところで、この壁をどうにかしなければ先には進めないだろう。


 壁の先がどうなっているのかもわからない。

 もしかしたら2つ目の壁があるかもしれないし、地平線までずっと途方もなく続く砂漠かもしれない。あるいは水平線の彼方まで続く海の上かもしれない。

 考えればいくらでも想像できうる純粋な未知が目の前の壁を介して広がっていた。


 ベルはチャーの上で考えこむ。

「ベルさんまだ終わりませんか。バランス取るのも簡単じゃないんですよ」

 チャーはまだ終わらないのかとベルを急かすが聞こえないふりをしている。

 ベルとしてはチャーにいままでちょっかいをかけられていたのだ。ここぞとばかりに仕返しをしてやらねばならぬ。


 そもそも考えてみればチャーのせいでやりたくもなかった決着屋をさせられている。

 ベルはそんな勝手なことをさせられてそれを甘受しているのだ。たまには解消させてほしかった。


「もうちょっとです。ついでに下がれますか」

「下がったらもう立ってられないですよ。何なら代わってくれてもいいんですよ」

「あ、じゃあいいです」

 ベルは自分の番が回ってきそうだったのでここまでにしておくことにする。

 外の状態をチャーに伝えたあと、ベルは昼食の時間まで眠ることにした。

 事実把握はしたのだ。考えるのは食べたあとでないとはかどらない。それがベルの思考法である。


 ベルは食事中にも機会はないかチャーと話し合う。

 いつも食事内容はかわらぬ離乳食かと思えるほどの栄養摂取である。食器はいつも丸みの強いスプーンである。


「なんとか抜け出す方法を考えないと」

「スプーン……は使えないですよね」

 チャーは手にしているスプーンを見てつぶやく。

 いつもなら脱獄の代名詞ともいえるスプーンだが、今回は使えない。ただでさえ時間が無いのだ。5日の間に穴を掘ったり鉄格子を削ったり悠長なことはできない。

 しかしベルはそれとは別の理由で使えなかった。

「食器を別の用途に使うなんてとんでもない!」


 次に考えられるのは自由時間である。枷などもついてない。

 ただ一点、反り返るように立つその壁さえなんとかできれば比較的簡単に抜け出すことができるだろう。


 この時間には看守もあくびをしたり仲間内で世間話なんかをしながら時間を潰している。そのためタイミングを見計らい、素早く壁を越えれば点呼の時間まで見つかることはないだろう。

 もちろん壁の向こうがどうなっているのかわからないため、最悪の場合壁を越えた先で捕まってしまう可能性もあるだろう。


 そのリスクを負ってでもそれをやり遂げる必要がベルとチャーにはあった。

 もう少し期日が迫ればカード仲間の手も借りてみようとは思っている。今話してしまうのはどこからか漏れて懲罰房に入れられるかもしれないからだ。


 ベルとチャーの間で使われている懲罰房とは、喧嘩や看守に逆らった囚人が入れられる小部屋のひとつだ。

 中で何が行われているか詳しいことはわからないが、脱獄のうえで生活基盤が変わってしまうのは不都合だった。


 肩車ぐらいでは手も届かないその壁を見てベルは辟易する。

 自由時間できる脱獄の案はもうひとつあった。

 暴動を起こすことである。ひとり立ち向かったところで懲罰房に送られるのがせいぜいのところだが集団となれば鎮圧には時間を要する。

 その説得に使えるのがこの時間だ。幸い、自由時間に接触が可能な囚人の数は100は下らない。


 看守の目があるため、大々的に全体に向けて協力要請はできないだろう。だが個人間でやりとりをする分には看守に気付かれずにやりとりできる。

 そのため計画を知ったひとりは次の誰かに、その誰かは次の誰かにというようにネズミ算式に情報浸透させれば不可能ではない。


 しかしこれにも問題がある。いつどこでだれがどの合図をもって行動を起こすか詳しく説明するための言語がない。

 次にそれをしてもらうための動機付けができない。対価と言っても囚人だから脱出には興味があるだろうが全員が脱獄できる保証はない。看守に最初に捕まった者はその時点で脱獄の機会を失ってしまうのだ。


 そういった不確実の上で行動を起こしてもらう。

 カード仲間のような数少ないよく知った面々には危険を負ってもらう程度ならば可能かもしれない。だがここにいる囚人全体を動かすには力が足りなかった。


 結局のところ人を動かさない方法を考えようということになった。

「そもそも人を思い通りに動かそうというのが間違っています」

「あなたは私を思い通り、決着屋にしましたけどね」

「それはあなたが定職につかないからです」

 ベルは痛いところをつかれる。自らの不出来を突かれてはベルも返す言葉もない。


「他人を信じる信じない以前に、人を確実に動かすための動力が無いんですよ」

「チャーさんは私を権力で動かしたわけですか。説得力ありますね」

 懲りずにやっかみを言う。

 しかしベルも言っていることは理解している。自分を決着屋の職に付すことができたのも今までの積み重ねの上の権力である。


「まあそういうわけですね。私たちは最近入った新参者であり、見くびられても当然です。そのうえ迫力も筋力もない女性としてこの世界にいるわけですから簡単には従ってくれません。暴力も看守によって規制され、金銭という概念すらここには無い」

 ベルはチャーの口から女性という言葉を聞いて思った。

「ああ、でも支持を得る方法はありますよ。チャーさんアイドルになればいいんですよ」

 人を動かす方法のひとつである。人を魅了することで言うことをきかせるという手段を提案する。


「なんで私だけなんですか。やるならベルさんもですよ。……いや、そんなばかばかしいこと考えるまでもない。支持を集めるだけの時間は無いんです。却下です」

「だめですか。いいと思ったんですけど」

 ベルはそう言って大げさに肩をすくめる。

 本当はベルもチャーもその容姿の美麗さからファンクラブのような派閥ができているのだが本人たちの知るところではなかった。


「もっと真剣に考えてください。ただでさえ情報が足りないんですから無駄な時間を減らして情報収集にあてないといけないんですよ」

「だとすれば脱獄にかけられる時間は短いですね」

 ベルはそう言って考えこむ。

「最初からそう言ってるじゃないですか」

 チャーは覚えの悪いベルに苛立ちながら言う。


 この世界に来た段階で時間は限られていたのだ。

 そして最近になって情報が整理されてきてようやくその制限時間に気づけた。しかたないではないか。

 出た目は変えられない。決着とはそういうものだったはずだ。決着のため行き着いた世界も決着による結論も一度目の前に突きつけられた現実は変えられないのだ。


 ベルは答えを出す。

「一番最短ルートをとりましょう。何も壊さず、誰も使わず、私たちでできる最短ルートを」


 ベルも一番馬鹿な選択だとわかっている。しかしそれをやらないでは前に進めないのだ。

「昼食前に牢舎の鍵を開けますよね。そこで強引に抜け出しましょう。枷もついていない鍵も開いている時間はその間だけです」

 この収容所の仕組みの内一番脆い部分がそれだった。大人数で制圧しているつもりだろうが、反面に一度その人垣を越えてしまえば他の囚人に紛れて捕まえるのは困難になる。


「最悪の場合はそれでもいいですが看守の目を惹きつける手段がほしいですね」

「それについても既に手は考えてあります。そのための手回しをしつつ別の手を考えましょう」


 そうして二人は明日から3日間見つかっても懲罰房に入れられない程度の脱獄手段を講じた後に強行脱出を行うことを決めた。

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