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未来はどこにある  作者: しぐ
囚われの身で決着
28/43

3-5

 牢に戻ってもベルは締りのない顔で微笑を浮かべ続けていた。

 いい加減にみかねたようにチャーが言う。

「そろそろしっかりしてください。気持ち悪いですよ」

「いやあ、完全勝利でしたなあ」

 依然どうしようもなく緩みきったベルにチャーは呆れ顔である。


「あ、それはそうとチャーさんあのとき何を見たんですか?」

 あの時とは最後の試合で若者の手札を見た時のことである。チャーが変わった表情をしたからベルには印象的に映ったのだ。

「いや、気がつきませんか?」

「何をですか」

「あの人のこと」

 周りくどい言い方に何かを感じたベルは、緩んでいた顔を元に戻し真顔で再び尋ねる。

「わかりません。なにかありましたか」

「あの一番若い人、カードを操作しています」

「操作ですか? と言うとあの人は念力か透視能力、はたまた事実改変魔法でも使っていると言うのですか。もしそうならチャーさんよくわかりますね」

「いえいえ、そうではなく」

 どこまで回りくどい言い方をするのだろうか。


「では、詳しい説明をどうぞ」

「勝敗を操作しているんです。あの場の支配者はあの男なんですよ」

 支配とはどういうことだろうか。ベルは一瞬考えてみるが答えはでない。

 ベルから見てあの男はむしろ逆である。カードも交換しない受け身の姿勢であり、その場への干渉も最小限だったはずである。


「だから、その手段とできれば目的を教えて下さい。あのとき私たちは賭け事をしてたんじゃないんですよ。あくまで一体感を楽しむゲームじゃないですか」

「そうですね。だからこそ動機やその目的はわかりません」

「では手段を教えて下さい。言っておきますが『自分で調べなさい』は無しでお願いします」

 先手を打っておかねばならない。なぜならばチャーという人物はそういったことを平気で口にするからである。


「手段もわかりません」

 すまし顔で言うチャーにベルは苛立ちをこめてまくしたてようとする。

 それを察してチャーがなだめる。

「まあまあ落ち着いてください。なぜ分かったかを説明するので」


「そうしてください。これでは消化不良です。せっかく勝利の余韻に浸っていたというのに」

「ええ、まあそのにやけ顔を取っ払うためにこうして言っている部分もあるのですが」

「もういいです……」

 チャーの撒く毒にベルはやられてしまう。めまいがして話を聞くのも嫌になってくる。

「あのゲーム、毎回あの若い人がカードを配ってますよね」

「そういえばそうだったような……」


 ベルが輪に入れてもらって最初の回は腕輪男が配ったがそれ以降はどうだったか。

 ベルは覚えがよくないため自信は無い。しかし正面方向からカードが配られていたようなぼんやりとした記憶がわずかに残っていた。


「配っていたんです」

 よくわからないといった顔をしたベル、それに対してそこは問題ではないとばかりに次に進む。


「では、毎回配る順番が違っていたのには気が付きましたか?」

「ええと、変わってましたか? あまりに手札が気になって意識してませんでした」

「それでも決着屋ですか。いままでどうやってやってきたのやら」

 決着屋の大先生からお叱りである。ベルは謹んでそれを受ける。

「誠に恐悦至極にございます」

「喜んでどうするんですか」

 チャーにはうまく伝わらなかったようである。とベルは勝手に納得する。


「最後にひとつ。勝つ順番が時計回りしています」

 ベルははっとする。こればかりは言われて気がつく。

「たしかにそうですけど。最後ということはこれで判断材料は出揃ったわけですよね。これだけではあの若い男がそのように仕向けていると考えることはできないですよ」


「ベルさん。あなたは観察力だけではなく思考力も低いみたいですね」

 ため息混じりに言われるとベルもかちんと来てしまう。

「では大先生からありがたいご推理を披露願いましょうか」

 どうぞどうぞとチャーに差し向ける。


「今まで出した材料は手段の一部だろうと考えられるものです。つまり勝敗への干渉度の高さを示したのです。そして勝敗が人為的に操作されているとくればあの男が何らかの理由と手段を持って勝敗を操作していると考えるのが妥当だと言っているのです」

 ベルはそれを聞いて一応の理解を示すと同時に、別角度から問題へのアプローチを行おうとする。

「つまり勝敗が人為的に操作されているならばそれはゲームの干渉度の高い者による仕業だということですね。物理的なゲームの干渉度から犯人を導き出す、非常に単純明快なアプローチをしていますね。しかし現実はそう簡単ではないのでは?」


 チャーも前のめり気味な聞く姿勢に入り、先を促す。

「チャーさんは当然のように勝敗への干渉度をカードに触れている時間で測っています。それは正しいのでしょうか。勝敗に干渉する手段はまだあるはずです」


「そうでしょうか。腕の良いディーラーはカードの位置を把握しながらシャッフルすることができるそうですよ。ずっとああしてプレイヤー兼ディーラーを任されているとすればあの男にその能力が身につくという可能性も無くはないのでは?」


 例を挙げて補強説明するチャーだが、ベルはそれでも納得しない。


「カードを操ることだけが勝敗を握る方法ではないんですよチャーさん。腕輪の男がいたでしょう大きなキズのある」

 ベルをゲームに誘った男である。ベルにとっては彼こそがキーパーソンであり、若者はあくまで怪しい男にすぎない。


「ええ、彼が親玉でしょうね。それがなにか」

「場の支配で言えば彼の物だったのは言うまでもないですよね。カードの開示は彼の掛け声を合図に行われます」

 ベルは一息ついて考える。


 そして思いついたように言う。

「そう、こちらも例を挙げましょう。じゃんけんは掛け声をかけた側のほうが勝率が良いそうです。これはつまり場の支配は勝敗に関係することを証明しているのではないでしょうか」

 そう言ってベルは場の支配と勝敗とを関係付けることで犯人をあぶり出していく。


「じゃんけんではそうでしょう。それはじゃんけんのゲーム性が乏しく、掛け声ひとつで結果がゆらぎうる単純な遊びだからです。カードゲームはそうではありません。配られたカードで勝負するしかないはずです」


 チャーの『じゃんけんではそうでしょう』がベルの耳に強く残ったのか、ベルはあえて似せた言い方をする。

「一般的なカードゲームではそうでしょう。しかし私たちのやっていたゲームはそんな難しいものではなかった。どれだけ役が悪くても必ず勝負する。ルールであえて降りても良いと決めているのにも関わらずです。もはやそれはじゃんけんと同じなのではないですか?」

 ベルにも今ならわかる。あれはルールのある遊びではない。出目に一喜一憂してそれを共有して盛り上がるだけの遊びである。


 形骸化されたルールに狂気じみた笑い声。傍から見ればさぞ異様に見えただろう。だがベルたちにはそれが楽しかったのである。

「ですが、じゃんけんと同じということは掛け声をかけた者が勝利するはずではないのですか? その理屈ならば腕輪の男が常勝するはずです」

 すぐにチャーが抗弁する。いままで言ってきたことと違うではないかと。


「そこが若者よりも腕輪男が犯人に向いている理由になります。腕輪男の目的はこのゲームで勝つことではありません。あくまで楽しむことです。つまり皆平等に勝ってほしい。それが表情や仕草に自然と出ていたのでしょう。それを無意識に感じ取った若者もまた手心が加わってしまったといったところではないでしょうか」


「つまり、若者を実行犯として腕輪男が黒幕であると言っているのですね」

「その通りです。だからチャーさんの推測を内包しているのです」

 ベルは胸を張って言う。


 チャーは納得しかねているような表情で固まっていた。

 しばらくすると諦めたように床に崩れ、横になる。

 格好つけた手前恥ずかしいのである。

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