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未来はどこにある  作者: しぐ
囚われの身で決着
27/43

3-4

 これほど簡単なゲームである。1試合1分ほどで終わることもある。

 そのため少し見ているだけで10試合ほど観戦できた。いい加減にゲームのルールについても理解が進んできた。


 うろちょろとしているうちに目障りに思ったのか、正面にいた腕輪の男がベルに向けて手招きする。

 ベルは怒られると思い身を固くしながら腕輪男に寄る。

 男はぎゃあぎゃあと何か言っているようだがベルにはわからない。

 すぐに手振りでわからないと伝え、男は納得したように頷く。


 手振りで隣に座るように誘われる。

 ベルは一等席で観戦できるならと思い、誘われるがままに正座する。


 腕輪男は後ろに控えていたひょろ長の男に声をかける。

 ひょろ長の男は「ぎー」と了解の声を上げるとその場を離れていく。

 ベルは何が起こるのか気になるが、今までゲームをしていた男たちも待ちの姿勢をしているものだからベルも手持ち無沙汰ながら待っていることにした。


 走ってきたひょろ長の男は手にカード一式を持って戻ってきた。

 ベルにはその意図がはっきりとわかった。ベルに手渡されたそのカードは8枚横にずらしながら絵柄を確認する。

 模様は4種類丸、三角、四角、星。色も赤と黒の二種類だけ。

 絵がわかればゲームに参加できるだろう。彼らは黒い爪の先ほどの小石のようなものを賭けて遊んでいたようだがそれは端に置いてベルに合わせてくれるようだ。


 男たちもやる気がなったらしく座りなおしてカードを混ぜていく。

 腕輪男はベルからカードを受け取るとベルのカードも混ぜていく。


 ベルはこのゲームが何人でできるのかわからないが、この方式でやれば何人でもできるんじゃないかと思った。

 5人で始まったこの勝負。ベルも先の決着がある。こんなところで負けるわけにはいかない。

 その自信は今すぐにでも食事を作っている者たちに改善要求とともに勝負したいところだった。

 ベルは自らの食の改善のためのいち手段としてカードを使おうと考えた。しかしそれははからずもカードを通じた対話である。


 しかし今は目の前の勝負である。ここで負けては威厳が許さない。

 腕輪男が5枚づつカードを配っていく。

 反時計周りにカードを配り、最後にベルに与えられたカードはこれからを切り開く剣のように思えた。


 ベルは手札を確認する。赤の星、赤の四角、赤の丸、黒の星が2枚である。

 ここから簡単にアプローチできる役は3つある。


 まずはわかりやすい赤か黒一色で揃える役がある。これは一番弱い役だが、他の役と一緒に揃うと、色の揃っていないその役に勝てる。

 ふたつめは黒を2枚交換して赤の三角を加える仮称ストレート。このカードには模様が4つしか無いため比較的揃えやすい役と言えよう。

 最後は赤2枚を交換して星のカードの数を増やし4カード、5カードを狙う役がひとつ。

 共通する2カード交換ということでカードを2枚引くことを心に決め、ベルは自分の手番を待つ。


 最初は腕輪男である。

『俺はまあ3枚ほど換えようか。これ俺5カード揃ったぜ』

 身振り手振り、声の調子からそのように言っているようにベルは思った。

 続いて若い男の番である。

『僕は、そう。あ、やっぱりいいです。交換なしで』

 またも交換を断る若者の様子を見てベルは考える。

 若者は先ほどからこのパターンが多い。

 少し考えた後に交換しないというその手は賭けをしないという姿勢なのだろうが、それは最大の賭けである。最低でもそのままで役に関係ないカードは捨てるべきなのにそれさえもしない若者のその態度にベルは違和感を覚える。


 先ほどまで手前にいた緑の服の男の番である。

 こちらもまた手堅い手か2枚だけ交換する。

『はずれだよ。何も役がつくれねえ』

 そう言っているように見えた。


 次は左耳にピアス穴の男だ。

 現在ベルはその男の右隣に座っているため、その穴は見えない。左右でバランスが悪いのではないかとベルは思うが口には出さない。出したとしても伝わらない。

『まあ俺も適当で。そっちの姉ちゃんのお手並み拝見といこうか』

 そういう具合でベルに目を向けてくるピアス男。ねちっこい目つきが苦手だが、そういったところでは区別しないのがベルである。


 まずは2枚カードを引く。目に飛び込む赤い色。

 色で揃えることはできそうだ。すぐに柄を確認する。

 幸運にも赤の三角があったため、これでストレートは取れそうだ。


 2枚の黒を捨てる。もちろんこれで勝負にでる。ここで降りては面白く無い。

 他の4人も同じ気持のようですぐにでも手札を開示したいという気概が伝わってくる。


 腕輪男が掛け声をかける。

 そして開示。


 もちろんベルはオール赤のストレートにワンペアである。

 腕輪男は赤の三角が3枚で黒の四角が2枚である。フルハウスといったところか。

 若者はワンペアだが、このゲームでは模様が4種類しかないのである。そして手札は5枚、つまりワンペアは役として成立しないのである。


 ベルはこの若い男が何をしたいのかわからない。この男に対してほとほと愛想が尽きた。半ば無視の形で次の手札を読む。

 緑服の男はスリーカードである。このゲームにおいては通常のポーカーのワンペアほどの価値である。


 続いてベルの隣のピアス男も若者と同じワンペアだった。

 比べることになるのはまともな役のでている腕輪男だ。ストレートとフルハウスではベルにはいまいちどちらがより良い役なのかわからず、あたりの反応を見る。


『お姉ちゃんやるねえこのこの』

 ピアス男が嬉しそうに笑顔でベルの脇腹を肘で突っつく。チャーの悪意のこもった突っつきと違って共にゲームを楽しむ仲間としてその場の一体感を感じてベルも嬉しくなる。

『これは参った』

 偉そうにしていた腕輪男も破顔して盛大に笑う。

 このときベルは初めて一体感、場の共有に楽しげな雰囲気に身を置くことの愉悦を知った。


 楽しげな雰囲気の中、ひとり様子の違う若者の姿をベルは見逃さなかった。しかし具体的にああだこうだと細かい意図を伝える術が無いためにベルは口を挟むことができなかった。


 そうして5試合ほど適当にカードを回して遊んでいた。すると先ほどどこかへ消えていったチャーが戻ってきた。

 チャーはベルの馴染み具合に驚いた表情だったが、ベルはウィンクで応える。どうだ、私は一歩リードしたのだとそういった意味を込めたウィンクだった。


 だがチャーはそれを無視して観戦にまわってしまった。今やベルの反対側にいってしまった。

 ベルはここで私の腕前を見せてやるとばかりに座り直すと気合の一声。「キエー!」と奇声を発して男たちを驚かせる。


 それでも無表情なチャーにわずかに怯むベルだが気を取り直して配られたカードに目をやる。

 手元に来たカードでこの後の展開が読めるようになったベルである。

 カードを見てすぐに察する。この勝負勝った、と。


『なんだって言うんだ姉ちゃん。気合入れたってカードの神様は振り向いちゃくれないぜ』

『おっさんさっさとカード換えろよ。次俺引くんだからさ』

『僕は今回も換えなくていいです』

 若者がそんな仕草をした瞬間だった。その後ろに控えていたチャーが顔色を変えた。

 それを見て若者はそれなりに良い手札だったのだろうと思う。しかしベルはそれでも自信は失わない。この手ならばほとんど負けることはないとわかっているのだ。


 このゲームの基本的な骨格はそのカードの少なさに裏付けられている。

 赤黒4枚づつの8枚が人数分である。つまり現在カードは合計40枚。そのうち自分の5枚は把握の上で、残りの35枚が未知のカードである。


 しかしその未知のカードといっても手元の5枚がより偏った5枚だったらどうだろうか。

 残りのカードがいかに交換され、動こうとも自分の手元のカードだけは自分の監視下に置かれ動くことはない。ましてやプレイヤーは5人である。


 そう、ベルの手元のカードはその偏りに偏った結果、黒の星5カードである。黒の星は模様の中で一番強いカードだとこれまでの試合でわかった。

 つまりこのカードがこのゲーム最大の手。いわばロイヤルストレートフラッシュである。もちろんロイヤルストレートフラッシュと比べて確率的には足元にも及ばないほど高確率ででるこの役だが、言いたいのはそこではない。最高の手だということである。


 笑いがこみ上げ、顔に出てしまうがもはや関係はない。勝負にひとりでもで出てくれさえすればそれでベルの勝ちが決定するのである。

 今までの流れから言ってもこの男たちが勝負を降りたことはない。もちろん降りることもできることは知っているベルだが、そんな野暮なルールをこれからも使うつもりはない。


 もはや役を集めて発表するだけの戦略性の欠片もないそのゲームに何故かベルは熱中できた。

 冷静なときのベルだったならばくだらないと一蹴していただろう。しかしそんなベルを盲目的にさせるほどにその場の空気は熱気であふれていたのである。

『お前らいいか、せーので出すぞ』

 腕輪男がそんな感じに声をかけて沈黙を作り出す。緊張感を出すための演出である。

 慣れてしまわないための手段としてたまにこうした演出を入れる。


 各々、手札を確認してはにやにやと締りのない表情を浮かべる。そのなかでも一際様子のおかしいのがベルである。

『開示!』

 腕輪男の一声で全員がカードを開く。乱雑に並べられた25枚のカードたち。

 すぐに落胆と歓喜の声が一斉に上がった。


 チャーがなぜ顔色を変えたのかベルにはわからなかったがあえて気にしないことにした。

 今は勝利の余韻に浸るのである。

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