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未来はどこにある  作者: しぐ
モダンな世界で決着
21/43

2-7

 店を出たベルはその足で駅に行く。

 この時間、午後7時にはここに居ようと決めていたのである。

 急いで出る必要はなかったがあのような水を出されてはしかたがない。美食に水を差され我慢がならなかった。


 そうして待っていると正面から男が駆けてくる。目出し帽をかぶった怪しい男である。

 何かに取り憑かれたような顔をしているがこの男だろうと、ベルは認識する。



 強盗犯を追い払った光子は中林の拘束を解く。

 中林に自由が戻る。


 そして考える。

 まず料理の秘密がこの女の言ったそれに近いこと。

 自分で作る料理はうまい。結局は気持ちである。

 作り手の気持ちとそれを食べる側の気持ちの同調によって料理は最大の快を発する。

 中林が取っているのはその同調を強めるための雰囲気作りである。店の細かなところまで彩りと形にこだわった。


 音楽が時間をデザインするものだとするならば、料理とは瞬間をデザインするものである。五感すべてで料理を味わってもらうことに中林はこだわった。

 女の言うオカルトじみたまじないは料理人が陶酔状態になることによって雰囲気を作り出すひとつの方法である。

 当然中林も知っていたがそれはある程度作り手と客が近い関係でしか使えないため最初から使うつもりはなかった。


 そして犯人の正体には既に見当がついた。

 料理へのこだわり様。金庫のわずかな違いに気づくなどは毎日分量を感覚で入れている我々料理人でしかなかなかありえない。


 決定的なのは、挨拶まわりである。

 中林は挨拶まわりを不届きなことに一軒しか行っていない。最も自分と立場の似た、良きライバルになるであろう尾高のレストランである。

 なぜかと言えば、一軒目に彼のレストランを選んで、次を考えているうちに両親の病態が悪化したからだ。

 そのまま帰らぬ人となり、いろいろと手続きをしている間に挨拶のことなど忘れてしまっていた。


 声で性別も判別できない中林だったが、犯人を試していた。

 金の入った金庫である。金庫だけでも十分に重いはずなのに、中身にぎっしりと詰めた札束も入っているのだ。女性の力では簡単には下ろせまい。

 いくつかの理由から犯人を尾高と断定し、監視カメラなどの証拠から追えばそのうち見つかるだろうと考えた。


「さて、ここで出している炭酸水のボトルをくださいませんか」

「はい?」

 光子の目的はただひとつ。ベルがほしがった炭酸水である。長年見てきた娘の足取りから怒りを感じ取れない光子ではない。



 光子が席を立ち、厨房に入ったそのとき。

 あの水はどういうことか従業員に尋ねた。


 大人として突然怒鳴り散らすような真似はしない。

 相手の事情を聞きたいのだといった姿勢を従業員も察したのか状況を説明する。

 光子は警察には通報できないと言う従業員に呆れながら話を聞く。

 個人運営だからだろうか、マニュアルもまともにないのだろう。犯人がなんと言おうと警察への連絡は基本である。


 店長の名前だけ従業員から聞き出した光子はあまりにリスクの高い賭けとして犯人の説得を試みたのだ。

 説得と行っても部屋から出てくれればそれでよかった光子なので比較的無責任な立場で交渉にあたれた。非常識極まりないその行動も功を奏して結果として難を逃れた。



 炭酸水のボトルを受け取り光子は言う。

「あと中林さんの作った魚料理からフルコース再開お願いします」

 これから警察に届けを出そうとした中林は断ろうかと思った。


 その様子を光子は見逃さず、先回りして言う。

「犯人なら大丈夫です。足も軽く手当すれば痕も残らないでしょう」

「は、はあ」

 中林はこの女には逆らえないと判断して従うことにした。


 光子は出て行ってしまったベルに電話をかけて呼び戻す。

「ベル、すぐに帰って来なさい。水も料理も新しいのが来るから」

 こう言えば仮に嘘だったとしてもベルは戻ってくると光子は知っているのだ。



「おい、こんなのメニューにあったか? 今日は肉メニューしか無かったと思うんだが」

 正志は中年男に開放され、千鳥足で集合した家族の元へ着く。

「特別メニューらしいわよ」

 光子は平然と自分が強要したメニューを紹介する。

 ベルも「これが食べたかったんだよ」と言いながら嬉しそうにフォークを動かす。


「ちゃんとした水も出てきたし料理は美味しいし最高だね」

「ベルは何を食べても同じように喜ぶんだから扱いやすいわ」

「はいはい」

 もう光子に毒を吐かれても気にならないほどにベルは夢中だった。

「もう終わるんでデザートお願いします!」

 ベルの元気な声が店に響き渡る。



 光子が大奮闘を果たした翌日である。

 光子は自分の活躍の成果を見たくてテレビや新聞に目を光らせていた。

 名前も覚えていないニュースキャスターに何の専門家かわからない解説者が送るニュース。


 そこに尾高は出ていた。光子にはその名前に聞き覚えは無いが、その背丈やレストランにほど近い場所での発見とあっておそらく彼だろうとわかった。

 なるほど駅で見つかったのかと光子は情報に満足してソファーで寛ぐ。



 その一方で事件後の中林。

 先日の強盗騒ぎで自らの店の欠陥が明らかになった。中林は雰囲気作りの一環で従業員にもゆるく接してきた。

 しかし最低限のマニュアルくらいは作っておこうと今回の事件を通して思った。


 中林も何の気なしにつけたテレビで尾高が出ていて、やはり彼だったかと確信する。

 やはり、本人の言っていた通り因果応報だったのかもしれない。しかしそれはあまりにも高くなったツケも合わさって返ってくるとは本人も思っていなかっただろう。

 若干の哀れみとともにこれからの店の方針を見直す中林であった。

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