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未来はどこにある  作者: しぐ
モダンな世界で決着
16/43

2-2

 コリンに情報収集を任せて再び一週間ほど経った。

 初仕事との比較をすれば、息の長い決着のように思うかもしれない。

 しかし決着における体感時間は関係なく、元の世界では一瞬の出来事である。

 何年戦っていようが決着がつくまでは戻れないし、いきなり決闘の最中に送り込まれて一瞬で決着がつくこともある。


 そんなこともあって、決着条件が明確でない場合ゆるゆると過ごすのが常識である。

 ベルもその常識に漏れず、快適な食生活を送っていた。


「ここのケーキ美味しい! あ、でも。すいませーん! 紅茶おかわりください」

「ベル、それ食べ過ぎだよ。さっきからそれ何皿目なの」

 ベルは友達の秋穂とケーキ屋にいた。

 この世界に来ると同時に持っている知識や装備と同じように人間関係も用意されている場合がある。

 その日も同じで、昨晩携帯を見るとメール機能よるお誘いがあったのだ。


 ベルとしては知識はあってもこの世界の礼儀作法などは知らない。

 地理に関しても知っているが、実感が無いためうまくそこまで行ける自信が出ない。

 あるいは、ベルの知らないルールによって誘拐や逮捕が行われる可能性もあり、何らかの案内人がいなければ簡単には出れなかったのである。

 コリンとの約束もある。

 あれだけ何もしない方が良いと言ったにも関わらず、贅沢な食事のためにふらふらと出歩いていると知れたら面目が立たない。

 そう思って自発的には出られなかったベルだったが、秋穂の強い押しに負けたということにして大手を振ってケーキを貪り食っているのである。


「秋穂さ。ケーキは遊びじゃあないんだよ」

 新しく入った熱い紅茶を勢い良くすすったため熱がっている。

 そんなベルを見ながら秋穂も言う。

「何を言っているのやら。それより親御さんはそんな贅沢してて許してくれるの? ベル、バイトとかしてないでしょ」

「ああ、それね。ちょうだいって言ったらくれた」

 実質異世界人のベルは家庭でも特にわがままを言うこともなかった。


 若い女子大生なら服だの化粧品だのに異常なまでの執着から、とんでもない額の投資をねだるのが世の常である。

 それがベルときたらどうだろうか。

 一応は知識から化粧も流行のファッションもおさえているが、あくまで最低限である。

 ほぼファッションショーと化した大学でも特に気に留めるでもない。


 それが交友、それもちょっとしたおやつのための出資ときた。

 多少は財布の紐も緩むというものである。

 というわけで今ベルのケーキ暴食を止められる者は存在しない。

 秋穂の話もほとんど生返事でひたすらフォークを操作する。

 一心不乱。いや、大いに乱れている。ひたすら食の方向に。


 いちご、チョコレート、クリームに生地の弾力。そして、渋みも美味しい紅茶に洗い流され後味は爽快である。

 今までの二週間、食に困っていたわけではない。

 母親である光子の出す料理は素朴な味わいで悪くない。

 父親、正志のこだわりのコーヒーはベルの舌には合わなかった。しかし食通としてコーヒーの教養は知って得する情報だった。


 だが甘味処のある世界というのはめったに無い。

 あっても行けないことが多いのだ。

 理由はベルが毎回女性として送り込まれるため、社会的に自由でないことが多かった。

 そうでなくとも決着を迫られ、食事などしている暇のない世界がほとんどであったからだ。


 そうして、一息つく。

 ベルはしばらくは空腹に悩まされることも無いだろうというほど食べることが出来た。

 しかしせっかく案内人としてついてきてもらった秋穂にも、何らかの還元をしなければ失礼というもだろうと思ったベルは話を聞いてやることにした。

「あ、やっとこっち見た。ベルさんお味はいかがでしたかー?」

「味には文句なし! ただちょっと家から遠いね」

 おどけて言う秋穂にベルも調子を合わせて言う。とりわけ食に関しては機嫌の良いベルであった。


「そんなにしょっちゅう行くつもりだったの」

「娯楽はこれぐらいしかわからないしね」

「そうだね、ベルはゲーセンもカラオケもやりたがらないしね」

 ベルにはお誘いのメールが来ていた。

 しかしこれも知識としては何のことかわかっているベルだが、それに参加するという画を想像できなくて断っていた。


 特にカラオケというものが何を目的とした行動なのかわからない。

 例えば、今のようにケーキを食べに来るということは、腹を満たすという表向きの理由が存在している。

 カラオケはなんだろうか。発声練習というべきか。

 集団で酒を飲むなどと同じ、高揚感やノリを楽しむものだとされている。

 しかしベルにはそれを経験する機会は無かったため知らない。

 元の世界にもそういった高揚感の共有に近い娯楽はあるのだが、友人のいないベルにはやはり無関係であった。


「うむ」

 特に言うことでもないので生返事で返す。

「ここも新しく出来たって聞いて来たんだけど当たりだったね。私は新しいもの見たさで来たけど、ベルはこういうの好きだもんね」

「今後ともよろしくお願いします」

 ベルは取り澄まして言う。心からの言葉である。

「はいはい。それはそうと」

 秋穂にとっては閑話休題。

「コリン君とはどういう関係なの」

 ベルにとっては大脱線。

「何その変な名前……」

「変かな」

 ベルにだけわかったその名前の違和感。と同時に依頼人だと思い出す。

「あ。いや、そうじゃなくてそのコリンがどうしたの」

「大学でちょっと話題になっててさ。ここらで有名なんだよコリン君」


 そこまで話しても思い至るところの無さそうなベルを見て秋穂が補足する。

「探偵を自称して人探しをしてる人。みんなは信じてなくてナンパ師だとか言ってるけど」

 ベルはため息をつく。派手なことをしてくれているようだ。

 あまり望ましい展開ではないが、そういう方法でもやっていけなくはない。

 そもそもベルは決着の中でより良い食生活をすることを目的としている。

 そのため、消極的な手を好む。

 決着屋としては積極的だろうが消極的だろうが結果を出せば評価は同じである。


 コリンが目立って相手方の攻め手を待つ。そこへ目立たずに生活を送っているベルが手を回して仕留める。

 積極的な手として定跡のひとつである。


「それで、そのナンパ師がなんで私と?」

「いやいや、知らないふりはさせないよ。コリン君がベルと付き合ってるって言ってたんだから」

「は、はあ……」

 コリンともっと作戦を練ればよかったと後悔する。


 定跡では知識と経験の乏しい依頼人が目立ち、それらを補う決着屋が陰ながらフォローに回るのである。

 だからできるだけ決着屋の自由を確保するためにも、依頼人との接触は最低限で情報交換をしなければならない。

 にも関わらず、依頼人ときたらベルと付き合っていると吹聴してまわっているのである。

 ナンパ師と言われているように、何か女性関係で厄介事があったのだろう。とベルは推測する。

 まったく余計なことをしてくれる。


「違うの? 確かに女の子の警戒心を解くために適当に言ったとも考えられるけど、無関係とも思えないんだよね」

 ベルの曖昧な返事にややこしい背景を直感的に感じ取ったらしい。

 これにいかに答えたものか思案していた。

 面倒だから付き合っていると答えたとする。

 それでは秋穂やその背後にいるであろう噂好きの女子を過剰に煽ってしまう。


 しかし無関係を装うことも既に不可能である。

 一度話題から離れる一手も考えたが、この手の話題に強い秋穂である。すぐに軌道修正の一手でもって返してくるだろう。

 しかたない、適当な関係をでっち上げよう。あとでコリンには連絡をいれるとして……


「そうそうベルちゃんは僕と付き合ってるんだよね」

 嫌な声が聞こえる。

 背中に針を突き刺されたような焦りと緊張が襲う。

 秋穂の「付き合っているの?」という問いへの最大の悪手。

「あ、コリン君」

 秋穂が気がついて声を上げる。

 やはりそうなのだろう。ベルは自らの背後にいるであろう依頼人の顔を強い感情を込めて振り返り、睨みつける。


 ギリギリと今にも歯噛みしそうな顔で睨みつける決着屋をコリンは「今日もかわいいねー」と言いながら頭を撫でる。

「どうも」

 ベルはコリンの手を振り払い、不機嫌に応える。

 もはや言い逃れはできない。手が遅かったのである。

 既にできてしまった流れに逆らっても逆効果であろう。痴話喧嘩として暖かく見守られてしまう。


 ベルはとりあえずは話の流れの中、誤解を解く形でどうにかしようと結論づけた。

「適当なことを言わないでください兄さん」

「ほう、兄さんときたか。それもいいねえ」

 付き合っているということを、誤解ということするベルの一手。それにもコリンは余裕の表情である。

「ん? 兄妹なのか。あれ、でも付き合ってるって……」

 ベルは怪しい関係を想像する秋穂を横目に見てわずかに焦りを感じる。

「何でふざけて付き合ってるとか言って回ってるんですか」

 依頼人ではあるのだが敵意を向けておく。余計なことをしたことをわかってほしい。


「いやちょっと変なのにつきまとわれててさ」

「それはあれの関係で?」

 秋穂のいる前であまり決着の話をするわけにもいかず、それとなく尋ねる。

「さて、もしかしたらそうかもしれない」

「確証が無いのならばやめてほしいんですが」

 ベルは決着に関係ないのならば即刻誤解を解いてもらおうと思った。

 しかし決着を匂わされたら強くも言えない。

「冷たいこと言わないでさ、名前貸してよ」

 なおも心地の悪い恋人関係を迫るコリン。ベルには意図がまったくわからなかった。


「なになに、面白いこと?」

「秋穂はいいから」

 話がこじれるから黙っていてほしい。

「そうだよ。秋穂ちゃん? でいいか。三人でカラオケいこっか」

「ベルのお兄さんなら問題ないでしょ。ね、ベル」

 先ほど話していた娯楽のひとつを挙げて言う。

 ベルは驚いた。この男は最初から会話を聞いていたのかと。


 ベルとしては食に関しないならばあまり乗る気はしない。

 しかしこのままこの男を放っておくわけにはいかない。ベルの見ていないところで秋穂に何を吹き込むかわかったものではない。

 方針を一致させておくためにも一緒に行ったほうがいいだろう。

「そうですね。兄さんのおごりでお願いしますよ」

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