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未来はどこにある  作者: しぐ
魔法の世界で決着
12/43

1-12

 戦の朝は早い。日が出れば既に行動の時間である。

 この地域では日の出ている時間は数時間と短いためである。

 クラウスと共にこっそりと家をでる。デリアとクラウディアを起こさないためだ。

 これで最後になるかもしれない旨は既に伝えてある。


 クラウスは「よく寝れたか?」と長年ともに戦ってきた戦友のような調子でベルに尋ねる。

「大仕事の前日は寝れない質なんだよね。だけど不思議とよく眠れたよ」

「ディアが寝かせてくれたならいいんだけどな」

 クラウディアとずっと話していたのを知っているのは話し声が聞こえていたのだろう。

 壁はそう厚くなかった。少し恥ずかしい気持ちになるベルだった。


「それよりクラはどの辺で戦うことになるの?」

「俺もだいたい後方支援気味だな。破壊魔法のブルーノさんとこと一緒に高台から火力支援ってとこだ」

 ブルーノの家系は一家揃って破壊魔法の家なのだが、こちらもまた一癖あるため国から田舎のこの街へ追いやられていたのだ。

「そっか。怪我したら私を呼んでよね。クラを死なせたらディアになんて言われるか」

「なあに、そんなヘマしないさ。それよりベルちゃんは引っ張りだこになるんだからこっちなんか気にしてる暇ないと思うがな」

 実際にベルの再生魔法はこの世界の最高レベルに達している。


 しかしホルストに治してもらったときも動揺していたためよく覚えていない。つまり比較対象がないのである。

 クラウスも今日のために何丁も銃を調整してきている。街で銃を専門に扱えるのははクラウスだけである。

 普段は嫌われていようとも今日のように戦わねばならないときには街の人々も受け入れざるを得なかったのだろう。

 そんな風に話しながら各々国の中枢へと歩いて行く。


 国王のいる城とクラウスたちの街とにはベルが流れてきた川を挟んで向こうにある。

 橋が壊されてはどうにもならなくなるので、橋を渡ったところに集合しながら守っているのである。

 疎らに集まってきている。相手側に動きを気づかれないためなのだが、幸い朝早いことも手伝って特に異常は無いようだ。


 大方集まったのだろうか市長が大声で指示をしているが人垣に阻まれ、ベルの身長ではよく聞こえない。

 聞こえなくともベルにはそう不都合はない。というのもベルにとってこの隊列に紛れることができさえすればいいのだ。

 その後は最前線にいようが裏方に徹しようが、決着をつけるという目的さえ果たせればよいのだから。

 幸い、点呼なども無い雑な管理体制で好都合であった。


 城へ向かうための隊列を組み出したため、ベルは邪魔者のように隊列からはみ出されてしまった。

 すこし不安になり、クラウスを探して一緒に歩いて行こうかと考えたが、なんでもクラウスに頼りきりになるわけにはいかない。

 列の半ばあたりでやる気のなさそうな固まりに交じることにした。


「市長に呼び出されてきたけどどうなってるんだ。みんな武器や鎧担いで城に向かってるけど工事でもすんのかね」

 人数だけは多いこの隊列もここまでやる気のない連中が揃えばただの遠足である。

 特に目的を知らされていないとは、働かない若者を駆り出そうという魂胆なのだろう。

 たしかに戦場に放り込まれればその役目を果たすことを余儀なくされるだろうし間違いではないのだろう。

 その駆りだされ方は彼らの烏合の衆具合を物語っていた。


 のんきな彼らの話し声を聞きながら完全に緊張感を失っていたベルだが、街道の向こうに城壁が見えてきたため気を引き締める。

 今ベルたちがいるのは城下町の反対側で、直接城の城壁に面しているのだ。当然城への物理的な距離は最も詰めやすい。

 ここまでせっせと運んできた秘密兵器を最後尾から筋肉隆々の男たちが押し進めてくる。それはベルの背丈ほどもある巨大な銃、つまり大砲である。


 如何に頑丈な城門といえど、ベルの体重の何倍もあるその弾丸を何度も叩きつければ破壊はそう難しくないだろう。そういった判断である。

 最悪の場合には破壊魔法も使える用意がある。

 ここで魔法を使わないのは単に温存のためである。奇襲のこの一回だけはより手間と準備に時間のかかる物理的で強引な手立てが有効だと考えたのだ。

 地響きのようなその大砲の移動と街人の騒ぎ声によって、眠り眼の衛兵たちも気づいたようだ。城壁の上から見えるその異様な雰囲気を察して大慌てで仲間を呼びに行く。

 一人は逃がしてしまうが、出遅れた二人目は逃さない。ベルの後方で衛兵の彼らを狙っていた、街の人たちが銃を乱射する。


 はじめから容赦のない攻撃にベルは舌を巻く。

 ベルにもこの世界に入ってすぐにそのような態度が取れればいかに有利な立場を形成できたか。わずかな尊敬、羨望、後悔を胸にことの成り行きを見届ける。

 衛兵の一人を逃してしまい、集まった街の衆は残された時間は短いことを悟る。

 素早く城内に入り込まねば不利な立場で戦い続けることになってしまう。そうなってしまってはジリ貧となる前に撤退しなければならない。


 一発目。大砲からの大音響に鳥たちも大慌てで飛び去っていくのが見える。

 ベルもそこから飛び去ってしまいたいほどその大音響に不快感を感じる。

 壁は順調に壊れているように見えた。壁にあいたへこみはその周辺のヒビと一緒に生じていて、このまま三度と撃ち続ければ人が二人、いや三人は通れる程の大穴を開けられるのではないかと思わせた。

 次弾はまだか、そう思ったベルは大砲の方に目を向ける。

「時間はないぞ!」

 そう急かされ、掃除をしながら次の射撃準備をする。だがベルは何をもたもたとしているのだと切羽詰まっていた。

 現場を指揮している市長にも背中に冷たいものを感じる。時間は無い、しかし大砲もひとつしかない。ひとつしか用意が出来なかったのである。

 ただでさえ極秘、そうでなくとも物資は不足している。食料にさえ困っているのに武器にまで十分な投資をすることはできなかった。


 二発目。大砲の真裏についたベル、先ほどに比べれば音の影響は少なかった。

 城壁の上から様子を伺う衛兵の姿が見え隠れする。時間はもう間もなくといったところだろう。

 もし相手が体勢を整えてしまったら、それ以上は先へ行けない。自分の戦いはそこで潰える。ベルはそう直感した。

 厳密にはそういった未来もあるのだろう。

 しかし先があったとしても明日があったとしても負けた先の未来などベルは受け入れられない。

 必ず成功させるのだ。この状況がベルにそう決意させたのだった。


 三発目。先ほどよりは早く撃ちだされたその大質量は壁にぶつかる。

 もう向こう側は見えている。しかしもう一回は必要だろう。

 相手からの銃弾が飛んでくる。幸い誰にも当たらなかったようだが、相手に武器が渡ったようだ。見れば三人ほどがこちらへ銃を向けている。

 既に攻撃を受けている彼らにとって警告している暇などないのだろう。ベルたちに攻撃を浴びせる。


 音が大きいからと大砲の裏に回ったのは失敗だったのだろうか。

 城を守る彼らにとって一番厄介なのは大砲である。その周りを制圧しようと銃を撃ち続けているのである。

 策を練るベルだが、自分にできることは負傷していく大砲の周りの人間を治すだけだ。いや、本当にそれだけだろうか。


 ベルは考える、この世界のルールを。自分の持っている魔法は治療だけのものではない。再生の魔法である。

 地下水を流れている間に自分に使った再生魔法を思い出す。既に流れでた酸素さえも取り戻していた。

 血を流して倒れていたクラウスを治したときを思い出す。血は跡形もなく消え、クラウスの顔色も戻っていた。

 自分の魔法は最も万全な状態に戻す魔法なのではないか。直感だったその考えは次第に確信へと変わる。


 大砲に魔法を使わねば。と思うと同時にベルは駆け出す。

 大柄の男たちの間を少女の小さな体ですり抜けていく。今ほどこの体でよかったと思ったことはなかった。

 力も無い、感情には振り回される。人と話せば見くびられ、子供扱い。

 元の世界に比べて弱肉強食なこの世界では不利にしか働かないものだと思っていた。

 もしこの体でなかったら、後方にいるであろうクラウスも巻き込まれて捕まっていただろう。本当に良かった。


 ベルが大砲に触れると、大砲全体が淡く緑に発光する。

 ベルは気づかないが、このとき既に発射された弾の内一つがその形を失い光となって霧散していた。大砲に最も適したと判断された弾が大砲に装填されたのである。

 この武器における万全の状態とはどういうことだろうか。

 それはこの大砲を見たものすべての集団認識からはじき出された絶対解。決着機にも備わっている絶対解を導き出す世界のルールを引き出すことがこの再生魔法の本質だったのだ。

 ベルにおいてはその面が強くでており、より繊細な治療に特化したホルストとは一線を画することになっていた。


 発射準備が完了していると直感したベルは、すぐに隣にいる点火の役割をしていた男に指示を出す。男も突然少女に命令され何が何だかわからないといった表情だったが、上からは銃弾の雨が降り注いでいる。考えている暇はないとすぐに点火にとりかかる。


 発射される四発目。ついに城門は破壊され、大きく土煙を上げて崩れていく。

 この絶好の機会を逃すまいと皆歓声を上げながら城壁の内側へ走り出す。

 ここからだ。ベルの決着はこれからはじまり、先のどうなるかわからない未来へ走り出すようにベルも土煙の先へ飛び込む。


 先が読めないのはいつだって同じだった。

 ただ単にいままでが同じ日々の繰り返しだったから読めていたように錯覚していただけだったのだ。

 土煙に全身が包まれる。知覚できることなど針の先ほどしかない。

 しかしそれを知ることが知への一歩。

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