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彼女は揺り椅子に座って四苦八苦しながら新聞を読んでいた。
身にまとうは黒いドレスかと見紛うよう、かといって装飾過多にならない。
美しく黒い髪はどこまでも伸びていると思わせるようなしなやかで滑らか。
そして、小柄な体躯から十代前半に見える。
そんな彼女が体のほとんどを覆ってしまうように大きく広げて新聞を読んでいる。
小さな体にあまりに大きな新聞。
不釣合いさにその場にいるもう一人は手にある彼女と自分の分のコーヒーを揺らしながらくつくつと声にならない笑いを堪えていた。
「君は何をそこで笑っているのだね。早く持ってきたまえ」
もう一人は彼女が偉そうにそんなことを言うものだから完全に吹き出していた。
「はあ、おかしい。ところであなた、それ読みづらくない?」
「これでいいのだよこれで。はあ、なんでこの世界には電子機器が極端に少ないんだ?」
もう一人はコーヒーをテーブルの上に置いて、少し考える。
「私の世界ではもう少しはあるんだけどね」
などと言いながらソファで一息つく。
少女は小さな体で悪戦苦闘しながらその大きな紙を読もうとしている。
もうひとりは立ち上がるとそれをひったくって「こうしたらいいんじゃない?」とばかりに縦に二つ折りにして手渡した。
少女は「まあ知っていたがな」と恨み事のように言うが実行していなかったのだからしかたない。
もうひとりはソファに座りなおして言う。
「さて、敵同士が相対してこんなにも寛いでいるのはおかしいでしょう。何故か説明してもらえますかベルさん」
僅かに緊張感を醸し出しながらもう一人はベルと呼ばれた少女に問う。
「何故って、この世界では必ずしも敵対するとは限らないと言ったはずなのだが」
ベルは戸惑った様子で言う。
だが、それもすぐに呆れ顔に変わり「話を聞いていなかったのか」とベルは言う。
四つ折りにして新聞を脇に置くとベルは、机のコーヒーに手を伸ばす。
「この状況でいったいどうやって白黒つけろって言うんですか。私達の未来をかけた一世一代の勝負じゃなかったんですか」
「そうは言っても我々でもここに入るまで何もわからないのだよ。何で決まるのか自分が何になるかもわからない。そもそも私の姿を見てみろ、なぜ毎回毎回決まって少女として送り込まれるのか不思議でたまらない」
もう一人は、はたと気がついた。ここに入るまで彼女は彼だったことに。
時は遡り200X年日本に宇宙戦艦を思わせる巨大な構造物が着陸した。
そこから一人だけ男が降りてくる。
見た目は、成人男性で禿頭のスタイルの良いスーツ姿である。
そこで彼が宣言したのは「この世界が欲しいので代表を立てろ」という内容だった。
もちろんすぐに信じるわけにもいかず、ひとまずそこの自治体の代表が話を聞くことになった。
それが西崎香その人だった。
女性にして知事に選ばれ、それなりに住民の支持も集めた。これからこの県を変えていこうと、そう思っていた矢先であった。
大事件と言っても都会とはほど遠い地方での出来事である。下手に国民感情を揺さぶることがないよう、その宇宙戦艦の着陸は地域のニュースにもならなかった。
そのため幸か不幸か香が秘密裏にその対応にあたることとなった。
始めはばかばかしいと思いながら下手をうてば支持も下がるとあって気は抜けなかった。
約束の日、彼を応接間に通す。香はその背の高さにやや驚きつつお茶を勧める。
世界征服を望む彼はベルと名乗り、それ以外には自分のことを明かさずに話を進める。 少し戸惑った香であったが話を進めていくうちに信じられない内容が明らかになる。
どうやら彼、ベルが言うには万能決着機と呼ばれる装置ですべての紛争は解決できるそうだ。それを通してこの世界に挑戦したいということらしい。
世界に挑戦と言っても単にその世界の住人に対して決着をつければそれで良いのだという。
荒唐無稽な話にいまいちついていけなさを感じる香であった。
彼は腕輪をスーツのポケットから取り出すとこれを着ければ話は済むのだと懇願するように、あるいは執拗に迫る。
香は訝しみながら腕輪を観察してみる。真鍮のような黄色い輝きと金属とは思えないような軽量感、そして出っ張りもなく滑らかな表面には何も仕込み様がないように見えた。
これを着けてお引き取り願えるならば話は早いとなんとなく左腕にそれを着けて見せた。
そして気づけば香はベルと名乗る少女と部屋に二人っきりだったというわけである。
ベルは、コーヒーを啜りながら香を見て「ここまで話のわからない相手とははじめてだ」と言う。
しばらく考えごとをしたあとに告げる。
「特に目的設定も無いようだ。しかたあるまい、この世界の解釈について参考になるいくつかの事案を私の経験から話すとしよう」
淡々と自分の話をするベルを香は、現状の情報の少なさからしかたなくそれに乗ることにした。