空中都市
独房というよりは、家畜小屋のような風情だった。
連れてこられたのは、寝転がればそれでいっぱいな広さの部屋。石の壁に石畳。小汚い布団が一式。部屋の隅には便所代わりの溝があり、水が流れている。着替えのつもりなのか、袋に三つ穴を開けただけみたいな服が三枚置かれていた。鉄格子の扉があり、鍵が掛かっていて、廊下の様子が窺えた。向かいは壁だが、隣にいくつか同じような部屋があるようだ。誰かいるかはわからない。
手錠は外されたが、荷物は何もなかった。財布と携帯と音楽プレーヤーはあったはずなのだけど。
どうしたもんかなぁ。非日常に巻き込まれたのはいいが、これは楽しくない。近くに可愛い女の子でもいれば、どんな状況でも楽しめるのだけど。
せっかくの非日常の中なのに、僕はずっと退屈していた。
もう三日になる。一日に二度、食料を運んでくる男がいる以外、なんの変化もない。そのうえ飯もマズいときた。何かの穀物と葉っぱを煮たような、味の薄い飯。これでは食っちゃ寝していても太ることはない。
主人公が捕まった場合の行動としていくつか考えてみたが、どうにもうまくいかない。男に話し掛けてみたが、一瞥しただけで無視された。仮病をしてみてもすぐに見抜かれる。抜け穴なんて無いし、鉄格子は壊せそうもない。一応、小便をかけてみたが、一向に腐食する様子はなかった。
いい加減、汗で服が臭くなったので、置いてあった服に着替えてみる。意外に肌触りはいい。要するにワンピースのスカートなので、下半身がスースーした。女の子が着ていれば良いものだったろうが、僕では台無しだ。解放感と女装しているような倒錯感で少し興奮した。
「ひまだー。風呂入りてー。腹へったー。女の子ー。女の子くれー。写真でもいいー」
喚いていたら、誰か来た。
「やあ、元気かい?」
イウコティだ。
「あー、女の子ー」
「やれやれ……第一声がそれ? 私は女の子って年じゃないよ。これでも子持ちだ」
「マジかよそんな見た目で? まあ人妻でもなんでもいいよ。遊んでくれ。暇なんだ」
「大人しくすると約束するなら、条件付きで出してあげてもいい。まだ逆らう気はあるかい?」
「もうどうでもいいよ。女の子成分の無い生活なんて耐えられない」
「君……去勢したほうがいいんじゃないか?」
「性欲じゃないから無駄だよ。花を愛でるように、動物を眺めるように、星を見上げるように、みんな好きなものを視覚的に楽しんでいる。そうする対象が、僕の場合は女の子なんだ」
「嘘だ」
「嘘だよ」
嘘だとも。
僕が女の子を見る目は犯罪だともっぱらの噂だ。
「去勢された人間は無気力になるというし、それは少し困るかな。きみにはやってほしい仕事がある」
やっとイベントが進む。三日も待たされた。これだって、マンガやゲームだと一瞬のことなんだろうな。
「仕事ってなんだよ」
「きみ、中等教育は終わっているのだろう?」
「はあ?」
「義務教育は終わっているね?」
「終わってるよ。一応、高校生だ」
通ってないが。
「そうか。では、きみには教師になってもらう」
「はあッ!?」
「釈放だ。ついておいで」
「あっ、ちょっ、待っ……」
鉄格子が開く。僕は自前の服を回収すると、慌ててイウコティの後をついていった。
「なあっ、教師ってなんだよ」
「人に物を教える仕事だ」
「知ってるよ。誰に何を教えろってんだ」
イウコティはそれに答えなかった。かわりに、黙ってついてこいというようなゼスチャーで応じた。
階段を上がると、小さな詰所のような部屋があり、そこに大きな扉があった。
「腰を抜かすなよ」
イウコティは扉に手をかける。重そうな扉がゆっくりと開いていく。外の光が入り込み、眩しさに目をすがめた。開けていく視界。空だ。わざとらしいくらいに青い空。下には海が広がっているように見えた。違う。これは海じゃない。空だ。 雲の合間に浮かんだ島のようなものが散らばっていた。空が、視界一面にあった。
島の多くは石造りの家のような外観で、遠くには広い島もあった。島と島とは頼りなく揺れる橋で繋がっていて、いくらかの人が行き来しているのが見えた。
「な、な、なんで、下に、空があるんだ」
つーかマジでここどこだ。
「色々聞きたいこともあるだろうけど、後にしてくれないか。あ、これは言っておこうかな。ようこそ、生き延びるやつの楽園へ」
芝居がかった仕草で、イウコティは一礼してみせた。
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