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食欲<○欲

 彼女なりの「すること」は知ったことじゃないが、手伝うのはやぶさかでない。どのみち彼女と常時行動を共にするには、彼女の目的に同行しなければならない。本物の非日常が、そこにはあるのだから。


 さておき、泊まるとなればとるべき行動も変わってくる。焦ることはない。時間はたっぷりとあるのだ。


 とりあえず腹が減っている。ビスケットが水浸しになったせいだ。省エネ状態ならあれ一袋で一日分の栄養だった。何か食べるものはないかとキッチンに向かう道すがら、まるでゲルニカの右端の人物のような顔を作ったエンジェルたんが待ち伏せていた。


「ねえねえ何なのあの人。本当に彼女? 超美人じゃん」

「超美人て中国人いそうだよな。超公命みたいな文脈的に顔良みたいな」

「何言ってんの?」


 首を傾げる。


「歴女を名乗るなら三國志くらい読みなさい」

「名乗ったことないし。つか読んだことあるし。漫画のだけど」

「関羽が曹操のとこにいた時に倒したやつだ」

「あー、なんかいたかも……つーかどうでもいいよそんなの。ねえあの人、外人? 名前は? どこで知り合ったの?」


 僕も彼女のことはよく知らない。とはいえ、全部をエンジェルたんに教える必要も無いだろう。


「名前は鈴木花子。川で知り合った川の妖精だ」

「またえらく古風な名前だね……てか、え? 日本人?」

「ああ。母方がカッパの子孫らしいぞ。父はイギリス王室御用達の蚊取り線香職人。お姉さんが七人いて職業は全員銀河連邦警察の二重スパイで表向きは所沢サンバカーニバルの企画運営だってさ」

「呼吸とウソって別物らしいよ」

「ウッソマジで?」


 そいつは初耳だぜ。


「結局家系に一人も日本人いないし。つかそんなにサンバ企画して、一年に何回サンバカーニバルやんのよ」


 相変わらずエンジェルたんのツッコミは孫の手のように心地好い。兄妹の絆を感じざるを得ない。


「で、どうやってあんな美人と知り合ったのか正直に」

「水が跳ねたら彼女がいた。美少女愛護団体実行員たる僕は彼女を保護した。以上だ」

「あ、そ。じゃあせめて名前は?」

「鈴木花子」

「あ、それは本当なんだ……ま、いいや。後でちゃんと紹介してよね」


 エンジェルたんはどこかぷりぷりしながら階段を上っていった。不可解だ。どうして僕ってばエンジェルたんにはこんな態度を取ってしまうのだろう。

 キッチンでのり塩のポテチとサイダーを発見すると、僕は意気揚々と部屋に戻った。コップは断固として一つだけだ。

 部屋にはエンジェルたんがいた。


「ですから、私は異世界から……」


 これはマズい。エンジェルたんがなんとも形容し難い渋い顔を作って僕を見た。気持ちはわかる。僕だってあのビームを見てやっと信じたのだ。いやまあ、異世界云々は設定ってのはわかってるけどさ。


「なので、私は悪の人さらいを倒さなければならないのです」

「そ、そうなんですね」


 おお、ビジネス的に正しい相槌。疑問系だと相手に失礼だとかなんとか。バッカみてえ。


「あ、にぃ……兄が来ましたので、あたしはこれで」

「そうですか? もっとお話したかったのですけれど」

「ごゆっくり~うぉわッ!」


 逃げようとするのを、エンジェルたんの腕を掴んで未然に防いだ。


「ちょっと待っててね。ちょっと来い」


 シラに言い置き、廊下に出る。扉を閉めてエンジェルたんを座らせ、僕も隣に座る。面食らったようにおとなしかった。


「あれでわかったと思うが」

「なに」

「あれは僕の彼女じゃない」


 エンジェルたんは胸に手を置き、露骨にため息を吐いた。


「あぁよかった。義理の姉が自称異世界人だったらどうしようかと……」

「しかしな、彼女の話が丸っきりウソじゃないと思う根拠もある」

「え~……」


 僕は川での出来事と、ビームのことを語った。特にキスシーンのくだりは情感を込めて可能な限り生々しく事細かに。するとどうだろう。僕のリトル僕が加速的に進化を遂げたではないか。


「なんでだ!?」

「何がよ」

「人生とはままならないものだと痛感したのさ」


 会話を放棄して立ち上がり、引き気味のケツを叩く。


「とにかく、面白そうだから僕は付き合う。忘れかけた人生の意味を見付けられる気がするのさのさのさ。だからエンジェルたんも内緒にしてくれ」

「ビーム、ねぇ……」


 僕のお願いには答えず、何か考えているようだった。


「そのビームって、あたしも見れる?」

「んや、自由に出せるってわけじゃなさそうだ」

「そっか。頭以外は悪い人じゃなさそうだし、まあいいけど。お父さんにバレても知らないからね」


 ボビー・シャフトーのように愛しい妹はそう言って立ち上がった。我が妹ながら順応性高いなぁ。


「何かあったら教えて。それが条件」

「あいよ」


 向かいの部屋に消えるエンジェルたんを見送り、僕は自室に戻る。


「おかえりなさい」


 ああ、可愛いは正義と覚え聞くが、それは確かなことだった。それにエロスが加わるのだ。シラに着エロは、カツカレーやクラシックロック、白スク水と同じ類いの言葉へと進化している。ケミストリーというやつだ。本来、相容れない存在であるものが出会うことで生まれる破壊力。加えて、彼女は非日常の権化でもある。


 ワクワクが止まらねェ。パーリィの主役になろう。滂沱と涙を流す。


「どうして泣いているのですか?」

「いやね、もう感極まってしまって」


 泣いてる場合じゃない。僕はポテチ(のり塩)とサイダーをシラに開示した。


「まあ、これがあなたたちの食事なのですね?」

「違います。おやつです。食べる?」

「え? あ、あぁ……はい、是非!」


 シラはやけに悩んでから答えた。何をためらっているのだろう。ポテチを開け、コップにサイダーを注ぐ。


「うわぁ、泡立ってる……これは?」

「サイダーというものです。こちらはポテチ」

「いただいても?」

「どうぞ」


 ポテチを手に取り、しげしげと眺める。演技でやっているようには見えない。演技だとしたら、あまりにも馬鹿丸出しだ。


「あー、ん」


 例え食事だとしても、綺麗な指が口に含まれる様はエロスを孕んでいた。


「ん……」


 噛んでいる様子は無い。


「で、設定のことなんだけどさ、マジモンの超能力者なんだよね。で、悪い人さらいを探してるとか……」


 シラはポテチを舌の上で転がしている。僕も転がしてほしいなんて、その舌使いに思いを馳せていると、シラの様子がおかしいことに気付いた。

 汗が。尋常でない量の汗が。

 流れ落ちることもなく、額に玉のように浮かんでいた。


「どうした!?」

「んー、ん!」

「吐き出すか!?」

「んー!」


 首を振る振る。目に涙を浮かべ、サイダーに手を伸ばす。ぐいっと一気に流し込もうとして。


「ゲハッ!」


 大方の予想通り吐き出した。予想より汚い音と共に。

 それが吐瀉物でなかっただけまだ幸せだ。






「ごめんなさいッ!」


 シラは土下座を決めた。僕としては美少女が吐き出したサイダーを掃除することにある種の被虐的な倒錯感を覚えていたのだけど、土下座なんてされたら興ざめだ。


「普段どんなもん食ってんの?」

「あなた方と変わらないものを」


 ゴミ箱に向かうフリをしながら後ろに回り込む。うむ、やはりいいアングルだ。


「ウソばっか……」


 ポテチも炭酸も知らないやつがいるわけがない。なんだか異世界云々を信じそうになってきた。少なくとも彼女は、自分が異世界から来たのだと思い込んだ頭のおかしい人じゃない。本当に異世界から来たのかはまだわからないが、演技であの汗はあり得ない。ビームはもっとあり得ない。


「水なら飲める?」

「はい。でも、基本的に食事は必要無いです」


 匿う上での懸念は食事の用意だったので、必要無いというなら助かった。


「異世界ではそういうことになっているんだな」

「はい、まあ」


 設定とやらを、詳しく聞いてみたい気もする。同時に怖くもあるけれど。


「設定……」

「はい?」

「いや。あのさ、さっきのビーム、なんなの?」

「……私にもよくわからないのですが、何かのはずみでしょうか。出すつもりもなかったんです。本来なら、あんなに強力な魔法は使えないはずなのですけど」

「いつもはもっと弱いの?」

「はい。普段なら、頑張っても葉っぱ一枚破るのが精一杯です」

「身体能力の向上とか、空を飛んだりとかは?」

「あ、実はできません。できないはずです。今は、ちょっとわかりませんが」

「それで悪人捕まえるとか無理でしょ……ああもう、設定とかいいから本当のこと教えてよ。泊めるんだからそれくらいはいいでしょ?」

「……すみません、無理なんです」

「そっか」


 無理ときたか。無理なら仕方ない。あまり押して出ていかれても困るしな。漫画なんかだと、こういう謎めいたヒロインの秘密は徐々に明かされていくものだ。なら、それも悪くない。


「なにか必要なものがあったら言ってね。高いものは無理だけど」

「はい、ありがとうございます」


 そうやって笑う顔はとても美しく、それだけで満足してしまう僕だった。




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