どちらにしたって問題外
どうして略どもは因子を持たないのか。
必須栄養素を体内で作れない人間にいえたことじゃないが、そんな欲求があるのなら、自前で用意できるように進化すべきだったのだ。
魔法ってのが、どういう理屈で、どういう仕組みなのか、僕は知らない。
知性遊的因子という、人間の知的で遊的な遊び心によって発生する謎の因子を摂取することで、運動能力が飛躍したり、謎の空間を作り出したり、ワープしたり、ビームを出したり、変身したりするのだ。
経口摂取でだ。
主に体液に含まれ、血液などよりも唾液や精液や愛液に多いとされるが、真偽の程は不明である。
人間には扱うことができない。科学的見地など無く経験則に基づかれては、僕に出る幕は無い。
「え? そんなもん、気合でなんとかなるってば。理屈なんかわかんないよ。どうやって自転車でバランスを取るかみたいな話だし」
「でね、こう、こうだったらいいのになって、こうね、ぎゅーんてやると、ぶわってなるの」
「誰しもが持つ普遍的な空間構造認識を自分なりの形にいじくる感覚だよ。空間は一定ではない。宇宙の膨張を見るに及ばず常に変化し続けている。したがって……」(以下30分程続く)
「水、あるでしょ、波紋っていうの? 一滴の水が起こす波。それが複雑に絡まりあって美しい模様を描くように、空間と空間のぶつかり合いが起きると、波のように拡がりを持つの」
魔法の使い方について訊ねると、この調子である。僕に魔法を使うのは、おそらく不可能だ。それは練習で身につくものではない。
しかし、ハーフであれば可能だった。
僕が浚われた日から、だいたい9年。僕の子供は、全部で68人に達した。
ホモ・ルーデンスとのハーフが55人、奴隷や浚われてきた人との子が13人。
ハーフは成長著しく、一番上の、イウコティとの子であるエポーは、外見だけなら中学生くらいに見える。早く大人になりたいという気持ちの強い子だから、身体にも影響が出たのだろうとイウコティが言っていた。ホモ・ルーデンスとはそういう種族らしい。
イウコティが僕の子を孕み、最初の子が生まれたのが8年前。
結果的に、ハーフは因子を持って生まれ、それを利用することが可能だった。
僕は僕液を欲しがるホモ・ルーデンス共の隙を突き、大量の僕液を流し込むことに成功した。実際に性交をするわけではない。獣姦趣味を持つものは少なかったから、眠っている時や、下着に仕込むことで、僕の子を孕ませた。
非常に馬鹿げた話だが、ホモ・ルーデンスの寿命は長ければ1000年だという。その間、残す子供は2、3人。個体数はおよそ2000。うち、ハーフの子とその母親、その他協力者を抱きこんだ。
全体のおよそ13パーセントが僕の味方になった計算だ。
さらに、飼育する奴隷の数は4000人。このうち、半数を超える奴隷が僕の支配下にある。
これだけいれば、一枚岩ではない相手なんて、全部支配したも同然だった。
管理の最高責任者であるイウコティが味方なのだ。掌握は容易だった。輸出業務は継続しているが、徐々に減少させている。数年のうちに根絶する予定だ。
最初こそ、滅多に生まれない子供が大量に生まれたことを喜んでいたホモ・ルーデンスどもも、その父親が不明であること、さらに子供が因子を持って生まれたことに気付くと、恐怖した。
進化した子供達に、そして、自分が時代遅れであることに。
さりとて、まさか仲間である子供を殺す訳にもいかない。自称知的生命体なのだ。秘密を保つには人数が少なすぎることも幸いした。倫理観は人間を含まないが同種ならば働く。
若年世代では、人間を食うことが格好悪いという風潮がある。僕が流した。僕と僕の子が流した。子の母が流した。
因子を持ったハーフと、僕の影響で因子を多く持つ人間。同じ父を持つ兄弟姉妹はそれなりに仲が良い。ハーフ達は人間のほうの子から供給される因子を受け取ることで、より強い魔法を使えるようになる。血の繋がらないホモ・ルーデンスにも、安定供給される因子を目当てに仲間になった者も多い。
僕以前の誰かがウキンを食って100人が死んだという話は、きっと奪い合いに発展したからなのだろう。筋肉達の例を見るまでもなく、より多い因子を持つことが戦力の決定的な差となる。子を成すなんて考えもしなかったに違いない。ブレイクスルーは、前人が考えなかったことを実現するから生まれる。
僕らはわざわざ人間を浚い、殺し、食うなどという無駄が無い。
僕の子は、まさに進化した生物となった。それが人為的なものだと気付いても、もう遅い。
獣が天敵と争い、滅ぼすように。
新しい種族が、古い種族を食い破る。
連綿と積み上げられた系譜を、いとも容易く終わらせる。
それはエロいこととは違う、綺麗なものを壊す時に似た、ある種の図抜けた快感だった。
「種として、限界が来たのかもしれないね」
とは、イウコティが苦笑いで言った台詞だ。
「繁栄するには寿命が長すぎたんだ。考える時間が多すぎると、どんな興味でも色褪せる、味も匂いも無い毒みたいなもので、自覚症状は無くても死に至る病だ。暇な時間を持て余さないように、私達はきっと娯楽を求める。知性を求める。遊びを求めるんだ」
「だから、因子を得ることに快感を覚える?」
「そうだろうね。フィクションだと不老不死なんてものが出てくるが、そんなもの一般人には荷が重い。ずば抜けた知性とか、果てしない財力とか、そういうものを背景にしていない不老不死なんて、ただの不幸だと断言できる」
「寿命長いのが利点とは限らないか」
「もっと短いサイクルで頻繁に世代交代を行わないと、いつまで経っても進歩がない。きみの言うブレイクスルーはきっと、数撃ちゃ当たるの当たった人なんだろうね」
「当たったんじゃない。当ててんのよ」
狙い撃ったぜ。
「子供を生むのは二人目だけど、前とは随分違う感覚だよ」
「ん、お前の最初の子供って誰なん? こっちの協力者?」
「シラだよ」
げ。
シラも僕の子を産んだ一人だ。なんだかんだ、人類解放なんたらにいた連中は大概孕ませた。
出産以降は名実ともに僕の女なので、母親たちは普通に抱いていた。知らぬ間に孕まされ、動物相手に好き勝手扱われる。二次元では最高に心躍るシチュエーションだが、それは三次元でも同様だった。
さらに僕は、知らぬ間に親子丼をしていたことになる。
やべえ興奮してきた。
「待て、お預け。帰ってからね」
もう9年以上一緒なのだ。イウコティにはお見通しだった。
「お前さ、そういうことは早く言えよな」
「まあ、多少複雑な関係なのさ」
「いやそうじゃなくて。知ってたらもっと興奮したのに」
「言わなきゃ良かったよ」
終わる世界を望むイウコティと共存を望むシラでは、お互い相容れなかっただろう。
でもまあ、もうどっちも僕の思想に染まった。
これから先、ホモ・ルーデンスと僕の子供達は、人間の社会に溶け込んでいく。僕の可愛い娘たちも、癪だけどお嫁に出すしかないだろう。息子? んなもん好きにしろ。そうして、ホモ・ルーデンスは衰退する。次代を担う若者を、軒並み引き抜いてやったのだ。ほとんど女だけど。
こっちの世界で暮らす、今日はそのための下準備だ。
浚われて以降、僕は一度も家に帰ることはなかった。
親父はともかく、エンジェルたんのことは気になる。唐突にいなくなった僕の心配をしてくれていればいいのだが。唐突でもないか。シラのことは知っているのだ。繋がりを想起して当然だろう。
イウコティと共に空間を渡り、かつて住んでいた街に降り立つ。果たして、我が家は変わらずにあった。引っ越している可能性もあったが、表札は変わっていなかった。
インターフォンを鳴らし、しばし待つ。
『はい』
「お兄ちゃんだよ」
『はっ!?』
失踪後に見知らぬ女性から掛かってきたという謎の電話を意識して言うと、ガチャリと切れた。
「おにい!?」
「ひさしぶり」
玄関から飛び出してきた愛しの妹は、えっと、妹だよな。うん。
大きくなったなぁ。ええと、当時14歳だから、今は23歳か。
「大きくなったね、エンジェルたん」
「おにいっ」
感動の再会。僕らは抱きあごぶっ!
右ストレートが、僕の頬に炸裂した。
「どこ行ってたあー!」
情け容赦の無い一撃は、僕を地面に転がすに十分だった。エンジェルたんは僕に馬乗りになり、襟を掴んで揺さぶった。
「9年だよ、9年! なにしてたのさ! 心配掛けてっ!」
「ああああああ、そそそそのののの、ええええっととっとねねね」
喋れないってば。
僕がイウコティを指差すと、ようやく揺さぶりが止まった。
「紹介しよう。僕の奥さんその1.イウコティだ」
「はあっ!?」
「ちなみにシラのお母さんだ」
「はあっ!!?」
「シラは7番目の奥さんだ」
「もう何言ってるかわかんないよ!!」
「大丈夫、僕もよくわかってない」
ホモ・ルーデンスに結婚という制度は無いらしいので、僕が勝手にそう決めた。
一応全員が承諾しているが、人間の母親には何人か断られた。
ぐずるエンジェルたんの頭を撫でて、僕はゆっくり立ち上がる。
「とりあえず僕とこいつ、この家に住むから。落ち着いたら子供達も連れてくるよ」
「子供!? あたしいつの間に叔母さんになったの!?」
「全部で68人いる」
「はあっ……」
とうとう気絶してしまった。脳みその許容範囲を超えたのだろう。家に運び込み、これからの展望を考える。
僕らはこれから、生活基盤を整える作業に入る。68人の子供とその母親、一部の奴隷。それを連れてこなければならないからだ。この家ではまるで足りない。
方法? そんなの、全部人任せだ。
「ま、金勘定なら任せてくれよ」
イウコティは、笑顔もまた頼もしく。人類を裏から操っていた経営の才能は、きっと現代でも発揮されるだろう。コネもある。
「新しい種族の始まりだ」
人間を浚う狩人は、あとは衰退するばかり。僕らは新たな部族として、この世界で生きていく。
敵を排除すると同時に、僕らは新しい知的生命体になった。ホモ・ルーデンスではなくて、サピエンスでもいられない。
獣ではなく、人間でもない。
およそ全ての問題外。
そういうものに、僕らはなった。




