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家畜小屋にて

 イウコティに連れられ、僕は狩人のいる島を訪れる。そこはそれなりに大きな島だが、奴隷は見当たらない。


「牧場育ちの人間が、さらわれてきた人間と通じることがあるのさ」


 僕の視線から疑問を察して、イウコティが説明した。


「まあ、どこに逃げることもできないのだけどね。なかなかに厄介なことになる」

「そうかい」


 僕らは一際大きな家に入り込む。

 入り口のすぐ近くに、槍みたいな武器を持った男が座っていた。見張りだろうか。


「やあ、エクナル」

「……何の用だ」


 にこやかに挨拶をするイウコティに返ってきたのは、怒気すら孕んだ声だった。

 僕、じゃないな。イウコティに向けられている。僕はちらりと見ただけだった。

 気に入らないなと、何故か思った。


「見学さ。聞いてるかい?」

「それが例のウキンを食った子供か」


 男はイウコティの質問を無視して質問をした。

 少し理解する。


「子供かどうかは知らないが、ウキンを食ったのは僕だ」

「美味そうだな、お前」


 面と向かって言われたのはさすがに初めてだ。

 そうでなくとも、男。

 そういえば、人類解放なんちゃらの男どもは僕から因子を摂取していたのだろうか。一切関わらなかったが。


「興味の方向は……ふん、同族の雌か。くだらん。もっと映画とか、小説とかに興味を持て」

「は、なにそれ?」

「狩人は遊性知的因子のおおよそがわかる。多寡や方向性までな」

「いやそんなんはどうでもいいんだよ。女がくだらんだって?」

「ああ。ひどく動物的で知性の色が少ない欲求だ。知的遊戯や文学に比すればくだらんとしか言えん」

「ば~~~~~~ッかじゃねえの!?」


 ば~~~~~~ッかじゃねえの!?

 ば~~~~~~ッかじゃねえの!?


「お前はバカだ。クソバカで視野狭窄、独善的で意固地なアホカスだ。可哀想に、僕の崇高なる趣味の一端すら理解が及ばないらしいな」


 カチンときたか、僕を見る目も鋭くなる。

 スゥと息を吸い、目を細めた。


「結局は性欲だろう。美女、美食、美景。本能に根ざすものは高度に知的とは言えん」

「それ以上自分の無知蒙昧さを露呈しないほうがいいぞ。自分は何一つ積み上げずに批判だけは一人前、理解できないことを一顧だにせず放置するようでは、元より高が知れてるがな」

「言い回しを工夫すれば知的に見えるわけではないといういい見本だな。ウスノロの気配だ」

「え、お前動物なの? 知的生命体じゃないの? 本能を知性で飾り立てることに意味があるんじゃないか。服は脱いでも靴下は脱がない気概だよ。本能を克服してこその知的生命体だろ。知性が無いから理解できないか?」

「エサの分際で……黙れよ」

「キャー怖い! 言い返せないから暴力で黙らせるとか幼児かってんだ! なるほどお前は動物だな!」


 ぐえあ。

 拳が頬にめり込んだと気づいたのは、痛みが走った後だった。僕は吹っ飛び、壁に当たる。

 あ、痛い。痛いよコレ。血の味がする。

 なるほど、狩人というだけある。腐った運動神経の以下略どもとは違う。どうせ、魔法を使っているのだろうけど。

 ただまあ、こいつは知的ぶる動物だ。

 そして、一段どころか数段、僕を、人間を低く見ている。つまり、僕の敵だ。


「はん。これでお前は知性が低いと自ら証明したわけだ。感性が知性の発露なら罵りも知性。言葉に対して言葉を費やせないのは動物だ。ご大層な趣味とやらを理解したつもりになっているがいいさ。どうせ何一つ理解できていないのだろうがな。この知的生命体もどきめ」


 僕の趣味をバカにしたとか、そういうことではない。

 本能でわかる。こいつは、人間の敵だ。

 人間を狩る種族、以下略。その急先鋒と言える、狩人。僕を見る目は、他の以下略どもとは一線を画す。

 マタギなんかは、自然に敬意を持つものだと聞いたが。

 こいつには敬意なんてない。獲物だ。食い物としか見ていない。


「はい、そこまで」


 僕と狩人の間に、イウコティが割って入った。


「エクナル、きみねえ……」

「ふん……」


 エクナルというらしい男は鼻を鳴らし、僕とイウコティを睨んだ。

 造形だけなら精緻な顔が、それは醜く歪んでいる。


「彼の言う通り。言葉に暴力で答えた時点できみの負け」


 そうだろうそうだろう。

 言い返せなかったのか、ぐっと息を呑んでいた。


「で、きみも」


 僕を指差す。目の前に人差し指が迫り、すこし驚く。


「少しは円滑なコミュニケーションをとる努力をしなさい。いきなり罵倒しちゃダメだ。言い負かすにしても、罵りじゃなく説き伏せなよ」

「敵意を持ってない相手にはそうするよ」


 幼い頃から、周囲の男とは衝突が絶えない僕である。その都度、徹底的に抗戦してきた。いや、女の子とも衝突をしなかったわけじゃないが、その場合、どんな性格最悪の女であろうと僕にとってご褒美になるからカウントしない。

 自分が間違っていることを理解している時は大人しくすることを心がけているが、自分の意見が正しいと信じている間は引くことを知らない。

 今はイウコティに免じて引いてやる。エクナルを無視するように建物の中に入った。

 並んで歩く。

 


「狩人はああいうやつらだけどまあ、アレは極端だね。普通はもうちょっと大人しい。感想は?」

「最低」


 クツクツと笑う。

 軋む扉を押し開けると、むわっとする異臭が鼻をついた。


「さて、ここが」

「ッ……」


 その先は言わなくてもわかった。

 見覚えがある。

 正確には同じ場所でもないのだろうけど。

 ここは、最初に僕が入れられた檻と同じ構造の場所だった。

 牢屋だと思っていたソコは、少し機能が違うのだと、今はわかる。


「家畜小屋ってわけか」

「ん、まあね」


 中には一人の略がいて、うつらうつらと船を漕いでいた。そのくせ僕らが入ると一瞬、視線を向けられた気がしたので、おそらく狸寝入りだろう。理由は知らんが。

 それから、そこには人がいた。

 人間が、いた。

 格子戸がいくつも並び、その一つ一つにヒトがいた。

 年の頃は三十前半くらいの、やたらとエロい身体をした、東南アジア系の女性。

 神経質そうな、メガネをかけた白人の男。ぐったりと床に転がる、おそらくは中東辺りの男。

 彼ら彼女らのうち何人かは、略ではないであろう僕の登場に目の色を変え、何やら怒鳴る。当然、彼らの言葉はわからない。

 僕を見、それからイウコティを見、絶望的な表情を見せたり、落胆したようにへたり込んだ。僕を略の仲間だと思ったのだろう。

 メガネ白人の英語らしき言語はかろうじてアイムなんとかと言ったのまでは理解できた。海外エロサイトの検索ワードなら英語ロシア語と自信があるのだが。


「そういや、なんで僕はお前らと会話できるんだ?」

「魔法」


 訊いてみると、イウコティはバッサリと言った。

 便利な言葉だ。


「冗談だ。魔法っていっても、そんな便利なものじゃないよ。世界中で活動する必要があるから、語学だけは堪能なのさ。話者の多い言語はだいたい修めている。映画や小説を楽しむなら、原語でないと理解しづらい場合が多いしね」


 すげえ。

 僕の英語の成績は1か2しかつかないというのに。国語も2か3だけど。


「時間だけはたくさんあるからね」


 その言葉はどこか自嘲気味だった。周りの言葉が理解できているからかもしれない。

 相対的に、彼らには時間が無いのだと知っているのか。

 僕は、彼ら彼女らの言葉が理解できなくてよかったと、そんな風に考えた。

 知ってしまえば、僕がどういう感想を抱くのか。わからないが、わかりたくない。

 ただ向けられる視線の数は、僕を怯ませるのに十分な量と、それに倍する質だった。

 彼ら彼女らは普通の人間で、ただ知性遊的因子が多いだけだ。それはおそらく、何かの知的欲求に対する親和性が高い人ということで、全員が天才や鬼才の類なのだ。

 凡才を狩れば見入りは少なく。天才を狩ることは損失が大きい。

 リスクとリターンを考えるのなら。いや、そんなことを考える時点で、人間としての僕はどこか狂っている。

 ただ、他種族であるイウコティは、人間の命を惜しむことはしないはずだ。

 惜しむのは、才能。

 食肉加工で死ぬ動物に心痛めなくても、もっと身近なペット、いや、違う。そういうことじゃない。

 競馬で活躍した馬だとか、多才な芸を持つサーカスの猿だとか。

 そういう相手の死を惜しむ気持ちはあるのだろう。もっと言えば、その才能の損失を悼むのだ。

 そして、イウコティの種族は、才能をこそ喰らうのだ。

 エンタメを好むのも、きっとその代替品なのだ。





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