人を食った話
気分の悪くなる描写があります。
「自然界は食物連鎖だ。もっとも力ある種がその頂点に君臨する。君たちは人間がソレに当たると思っているのだろうが、実は違う」
イウコティは僕の顔を掴み、恫喝するようにまくし立てた。
「生き物が物を食べるのは、カロリーその他栄養素を補給するためだ。では、食物連鎖において人間の上位存在である私たちは、何を食うのだと思う?」
喉元まで胃液がこみ上げる。胸が焼け付くようだった。
「答えはね、人間だ」
頬に食い込む指は冷たい。痛みにも似た冷たさ。心臓の少し下辺りが、締め付けられたみたいに痛んだ。僕に何度も快感を与えた指。
「お前は、人間を、食うのか?」
「栄養素という意味でなら、人間を捕食する必要は無い」
舌が僕の頬を這う。垂れた汗を舐め取られた。柔らかな舌。たぶん、わざとやってる。それくらいはわかる。
「ごく普通に、今みたいにのんべんだらりと過ごすだけならば、私たちは人間を食う必要はない」
「じゃあ、なんで……」
「人間を狩るのか、かな?」
背筋に寒気が走る。
こいつは僕を食えるのだ。今の僕は、肉食獣に身体を晒しているようなもの。
死、という、あまりにも遠い言葉が、僕の全身を這い回る。
「きみの言うところの『魔法』。それを使う為には、ある特殊な成分を摂取する必要があるのさ」
「成分?」
「ああ。それは、人間の中にしか存在せず、私たちの体内では作ることができない。「遊的知性因子」と呼ばれる成分だ」
「なんだそれ」
「人間の体内にあって、簡単に言えば知恵の素だ。老廃物や体液にも含まれているが」
腰に手を回すと、イウコティは皮肉げに、しかし嬉しそうに笑った。
「こんな状況でもエロ優先かい、きみは」
「今、アイデンティティを揺るがされてるから」
乳を揉む揉む。何があろうと、相手が恐ろしい人食いだろうと、僕はこの感触を優先する。
むしゃむしゃと頭からいかれるとしてもだ。
そうしている限り、僕の頭は回るから。
「それも遊的知性の発露の一種だよ」
「エロが?」
「きみ、ウキンを摂取してから心境や体調の変化とか気づかなかったの? エロさが増したと思わないかい?」
「と、言われても。僕は昔からエロい」
「はは、元よりソレが強いからこそ、イガーポップに狙われたのだけどね」
何ソレ怖い。
そういえば、あいつは僕を探していたのだった。それを守る為にシラが来て、なんやかんやで今に至る。
「人間を人間足らしめる根幹。知性と呼ばれる栄養素。それが魔法の素になる」
「エロが?」
「エロに限らないよ。人間の持つ好奇心、知識欲、自己顕示欲、その他もろもろ。要するに遊び心。ホモ・ルーデンスとしての人間性だ。それが私たちには無い」
「遊び心……」
「音楽を作ろうと、小説を書こうと、映画を撮ろうと、私たちではうまくいかないって言ったろ? 理解はできる。でも、実践はできないんだ」
さわさわ。
推理小説は面白かったが、それ以外は全滅だ。ロジカルなことはできるということ。
どう見ても略どもには知性がある。
遊的、ではないのか。
「人間が必須栄養素を体内で作れないのと同様だよ。外部から摂取する必要がある。それが、私たちにとっての人間だ」
「でもさ、こう言っちゃなんだけど、牧場の人間だけを食って生きていけないのか? 何も狩りをする必要は無いだろう」
「いやきみ、もっとこう、驚いたりしないの? 私は自分が人食いだって言ってるんだよ? なに冷静に状況分析してるのさ、抱きしめて乳揉みながら」
「女体に触れている限り、僕は冷静でいられるんだ」
密着感は少し足りないが。冷静になればなるほど、恐怖もいや増す。しかし、そうせざるを得ないんだ。
「僕はさ、ぶっちゃけ人間を家畜化することに異議はない。許せないのは、新しく人間を狩ることだ。家畜化して子を産ませれば、それは回避できるんじゃないのか?」
「何の為に、私がきみに教師をさせたのか忘れたのかい? 家畜化した人間は、遊的知性の含有量が少ないんだ」
ほんと、栄養素みたいな言い方をする。
家畜化することで失われる栄養素。
養殖よりも天然モノのほうが美味しいみたいな話だろうか。
だから、さらう。
さらったら、食う。
奴隷とは違う。さらった人間は、食われる。
「母乳を飲んでいただろう? それで最低限は補える。魔法なんてものを使わなくても生きてはいける。でも私たちにとって、魔法を使うことはある種の喜びなのさ。家畜化した人間の体液から摂取できる量では、ロクに行使はできない」
「だから、狩るってのか?」
「私は狩らないし、人間も食わない。必要だと思わないからね」
見た目には違いの無い生き物を食うのに、忌避感とかは無いのだろうか。
僕はサルなんか食いたくないぞ。
「まじめ腐った顔をしながら尻を撫でないでくれないかい?」
「尻を撫でてるからまじめでいられるんだ」
略どもにとって人間は餌だ。同時に愛玩動物でもある。
つまり人間に当てはめると、こういうことになる。
イガーポップは狩人。
イウコティは一般ベジタリアン。
シラ達は環境保護活動家。
うわあ。
一気にシラ達がうさんくさくなる。シー○ェパードみたいなもんか。エコテロリストだ。
武力で人間を守ろうとしてる。
なんか、ウゼえ。
食物連鎖の下位にいる人間を守ろうとしてる。
それは明確に、お前らは下だと、言われている気がする。
いや実際に下なんだけどさ。
守ってやるよ、って。
ずいぶんと上からマリコだ。
「お前はどうして人間を食わないんだ?」
「食った人間が、未来に名曲を生み出す人間だったかもしれない。そう思うと、どうもね」
僕と似たようなことを言う。
耳を舐めてやろう。
「んっ……私の個人的な主義はともかく、私たちはそういう種族だ。人間を食い、『魔法』を使う」
人間食う時って、料理とかするのだろうか? 人間のソテー。うえ、気持ち悪い。
出された料理はスープとかおかゆとか、せいぜい焼き魚くらいだったから、僕は食ってないだろうけど。
「うん、まあ。それはどうでもいい。そういう生き物なんだからしょうがない。僕だって肉は食うし」
「……なんというか、きみはお気楽だね」
「いやいや。今すっげえ頭回転させてるぜ。だから女体成分補給させろください」
服を捲り上げて密着し、だっこしたまま、イウコティの使っていた椅子に座った。
事ここに到って、人間を食うこと自体を咎める意味は無い。人間の立場からすればたまったものじゃないが。そういう生き物なのだ。
思うことはあっても、それを気にしすぎる意味は無い。
意味は無いのだが……気にならないと言えば嘘になる。体液や老廃物から摂取が可能ならば、何も人間を食う必要はない。しかし、それでは満足に魔法を使えない。
魔法を使うことは、快感。
「で、頭を回転させても、きみは気付いてないのかい? それとも、目を逸らしてるのかな」
イウコティは、僕の腕の中でのたまう。
……うん、わかっちゃいるけどな。
だって今の僕はやや賢者だ。
いやまあ、考えているのは2択なんだけど。
「どっちだ? 老廃物か、それとも」
「もちろん、それじゃないほうだ」
うぇろ。
やけにすんなりと、なんの抵抗も無く、僕の口から今日の朝食が飛び出す。それはイウコティの背中に掛かり、同時に僕の腹を汚した。忌避が性欲を上回った。それは初めてのことだった。
僕は人間を食ったのだ。




