ウキン
イウコティに会いたいと言ったら、意外と簡単に許可が下りた。
許可を出しているのはあの筋肉だろうか。テカテカとした肌を思い出していやな気分になった。OK、忘れよう。
引率が必要というのでシラに頼んだら、微妙に嫌そうな顔をした。
「あれ、なんか予定あった?」
「いえ、そういう訳じゃないです」
「そう? じゃあ、行こうか」
「はい、つかまっててください」
他の女に会いたいと言ったから嫉妬でもしてるのだろうか。
僕にとって、可愛い女は平等に愛するものである。誰が特別ということはない……こともないが、あんまりない。
移動するから掴まれと言うので、僕は後ろから両手でシラの胸を掴んだ。
何も言われないのは嬉しいやら悲しいやら。
相変わらずどうやっているのか知らないが、パっと移動する。ど○でもドアみたいに。
「移動するって意思と、境界線を越えるイメージです」
とはシラの説明だったが、ひとつも理解できない。両手の感触のせいだろうか。
まあ、人間にできることじゃないんだろう。略ども特有の能力だ。
「おおー」
移動した先は、懐かしき最初に訪れた空中島。橋で繋がる危なっかしい外観は何も変わらない。
銭湯は相変わらずモクモクしてるので見つけやすい、そこから三つ移動したところがシラの部屋がある島で、その四つ隣が教室のある島。
生徒たちは元気だろうか。あの安産型の尻にもう一度会いたいものである。エロいことをしたいと思う相手は数多いが、妊娠させたいと思った相手は珍しいのだ。
「相変わらず、嫌な空気ですね。ココは」
シラが言う。
「そうか? すげーいい空気だと思うけど」
「そうですか?」
クンクン。
石鹸じゃなくて、なんだろう、甘いにおい。
「あの、そろそろ離してくれないと動けませんよ」
「うん、ちょっと待って」
両手でゆっさゆっさと揺らす。あんまりやって崩れても嫌だから、小さな動きで。
鼻腔に甘ったるい香りが広がる。シラはしょうがないなーといった顔で耐えていた。
「やっ」
乳首の位置は把握している。つまむと、シラがやっと反応する。
「もう、そこはダメですってばぁ」
「ごめん」
20分くらいそうしてから、僕とシラはやっと動き出した。
懐かしきイウコティの部屋へ。
「 ̄ ̄ ̄Z___!!」
イウコティの部屋に入ると、尋常じゃない音が僕らを出迎えた。こちらを見て何か言っているが何も聞こえない。
「音消せ!」
勝手知ったる人の部屋である。僕は機械の再生ボタンを押した。
「やあ久しぶり、と言ったんだ」
「やあ、じゃねえ。あんな爆音で音楽鳴ってたら聞こえねえよ」
「迷子になった覚えはないし、スピードに乗ってる実感も無いよ」
「は?」
「ああ、漫画の世界に行きたいなぁ……」
何の話だ。
漫画の世界に行くとしたって、ハーレム物では主人公がモテるのを指を咥えて見ているしかないからあんまり意味ない。現実に置き換えるとただのリア充と取り巻きでしかないのだ。
簡単にエロいことができる世界だと僕以外の男が存在しては興が削がれるし、命の危険があるのは嫌だし、けっこう限定されてくる。
僕だけがモテる理由のある世界って何があるかなぁ。行くに伴って何か特殊能力があるならいいけど。タイムスリップや異世界放浪なら、何かと現代知識とか生かせるかな。
と、そんな場合じゃないし、今の僕は中々モテる。漫画の世界に行くほど不満は無いぜ。
現状よりぶっ飛んだ漫画の世界なんてなかなか無いしな。
「で、シラ。彼を返却しに来たのかい?」
「そんなわけないでしょう。会いたいって言うから連れてきただけです」
「そうかい、役目が終わったなら出てった出てった」
シラは忌々しげにイウコティを睨む。おお、レアな表情。シラはイウコティが嫌いなのかな。
こういう、女の怖い部分も嫌いじゃない。
あんまり仲良くない女同士の、声のトーンが普段より高かったり、やたら上っ面を褒め合う会話は、見てて面白いのだ。普段は見せない顔が見られるから。
多面性というか、意外な一面。そこに新たな発見がある。
怖いけどな。
「……そう。それじゃ」
素直に出て行った。何か言いたそうな顔だったな。後で聞いてみよう。
「さ、て。私に何か用かな?」
イウコティは社長みたいな椅子に座り、手を合わせて足を組んだ。
「せっかく私から解放されてあいつらのところに行ったのに、戻ってくるってことは、何か不満でもあったかな。きちんと世話をしてもらってるかい?」
「ああ、待遇に不満はねえよ」
「そいつは重畳。で、何を訊きたい?」
まあ、お見通しだよな。
こいつは僕が見た以下略の中で一番頭が良い。
「ウキンについて」
「ふむ」
イウコティは肘を手すりに突き、頬に人差し指を当てる。その仕草は妖艶で、エロい。
「前にウキンを食った時、100人が死んだと言ったな」
「言ってない」
「あいっ」
本題を切り出そうとして肩透かしに合い、僕は舌を噛んだ。
「大丈夫?」
「らいひょうふ」
だいじょばない。
「そうだな……百を超える犠牲が出た、とは言ったね。イガーポップが」
「ほれら」
「ちょっと待って」
イウコティは立ち上がって俺の頭を掴み。
「むー」
キスをした。
「えろえろ」
口内をなめ回す。傷口がやわやわとぬるぬると優しく触れられる。
「んー」
チュポンと音がして、口が離れた。体温が上昇するのを感じる。
エロスやでえ。
「はい、治ったよ」
「えっ」
あ、ホントだ痛くない。
噛んだ舌の傷が、跡形もなく消えていた。
「今の、魔法か?」
「うんとね、まあ、シラが言う魔法ってのかな」
なんというか、持って回った言い方だ。
「だいたい、予想はついてるんじゃないの?」
どさりと椅子に座り込み、僕を睥睨する。
「魔法の正体ってやつに、さ」
ニヤニヤと笑う。
まあ、さすがにちょっとは予想もするさ。
「今、お前は僕とキスをして魔法を使った」
「うん」
「キスで強くなる魔法使い。そんな女児アニメみたいな設定だと、最初は思った」
「最初は、ね」
「でも、それならベロチューじゃなくてもいいはずだ」
というか、子供向けアニメでベロチューは無い。
「それで?」
「キスではない。じゃあ、何が必要か。エロゲみたいに、性的興奮がトリガーになっているのかとも考えたが」
エロいキスで興奮する。エロくなると強くなる。エロゲならいくらでもありそうだ。
「戦いの前日、僕は風呂に入れられた。戦いの前準備だ。気絶するまで風呂に入った」
「へえ。ひどいことをするもんだね」
「あれが必要な行為だとしても、エロじゃない。僕を風呂に入れて女性陣が性的興奮を得るのは理解できる。でも、あの場には他にも男がいたんだ」
何も、得体の知れない僕を対象にしなくてもいいはず。あいつら同士で勝手にヤりゃあいいんだ。なんか腹立たしいけど。
男がソレで興奮するとしたら、とんだホモの巣窟だ。あの筋肉はホモっぽいが。目がウルってるから。ホモに教わったホモの特徴だ。
もしくは、あの女性陣が全員あの男どもの女で、男が全員NTR属性ということならイケるかもしれない。
それはあまりにも限定的すぎるでしょう?
「必要なのは僕の体液、だろ?」
キスで唾液。ドラム缶風呂で汗。
リトル僕のお世話で、自家製カ○ピス。
尿はさすがに、採取されてないと思うけど。
僕の体液を摂取することで、魔法の力が増強される。
そんな、微妙に吸血鬼みたいな。吸水鬼?
以下略は、そんな種族なんじゃないか?
「体液、ねえ」
「違うのか?」
「うん、違うよ」
その言葉に僕は落胆する。けっこう確信あったんだけど。
こいつの言うことがすべて本当とは限らない。けど、嘘を言っている風でもない。
「よく考えてもみろよ、ウキンは固形だぜ」
「あっ」
そうだった。あれは固形物なのだ。
イウコティはチッチと指を振る。
「けどまあ、いいセン行ってたよ」
「つまり?」
「必要なのは体液じゃない。性的興奮でもないし、キスでもない。必要なのはね」
ズイと、僕に顔を近づける。近い。彼我距離は5センチも無い。
「きみそのものさ」
歪んだ精緻な顔は、怖いと思うくらいに魅力的だった。




