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川でどんぶらこ

 ある晴れた昼下がり。


 僕は河原で一袋百円のビスケットをもそもそと頬張りながら、図書館で借りた本を読んでいた。活字に目を落としていたし、耳にはイヤホンが爆音を鳴らしていた。だから、どうしてそんなことが起きたのかは見ていないし聞いていなかった。


 本の中で敵との決着をつけるというクライマックスを迎えたその瞬間。急に僕の目の前で。


 川面に大きな水柱が、上がった。


 ギョッとして水柱を見る。空高く水が舞い上がる。それはスローモーションのように重力に引かれ、大粒の水滴になって降り注いだ。水がビタビタと肌に当たる。僕は大雨にでも降られたみたいに水浸しだった。もちろんビスケットも、読んでいた本も。口の中に水が侵入し、生臭いそれを僕は慌てて吐き出した。濡れた顔を袖で拭く。


 何が起きた?


 川では魚が跳ねる時もある。そんなバカな。クジラが二回転半ひねりジャンプでもしない限り、こんな大きな爆発は起きるわけがない。川にクジラがいるもんか。


 水飛沫がおさまるのを待って、僕は川に目をやった。

 ザブンザブンと揺れる水面に、何かが浮かんでいるのが見えた。それはどうやら人間で、背面しか見えないが、背格好から女だと分かる。長い髪と黒いスカートが海藻のように揺らめく。若い、というか、僕と同じくらいだろう。少女といって差し支えない。


 結果を見ても、何が起きたのか理解できない。


 こいつはどこから来たんだ? ここは河原だから周りに建造物は無い。あんな大きな水柱を上げる程の勢いで落下するはずもない。まさか空から? いや、例えば飛行機から落下したとするなら、あんな風に五体満足ではいられないだろう。


 なんて。

 考えてる場合じゃない!


 背中を見せて浮かんでいる以上、確実に呼吸できていない。周囲に誰かいる様子は無い。僕は財布と携帯と音楽プレイヤーをその場に置き、川に飛び込んだ。


 河原に引き上げ地面に転がす。まずいことに呼吸をしていない。胸骨を砕くような勢いで心臓マッサージを試みる。柔らかな感触が指先に触れるが、そんな場合じゃない。場合じゃないが、指先に触れる。


 ええと、呼吸してないだけで鼓動はあることに気付く。どうやら僕も慌てている。となると人工呼吸か。顎を持ち上げて鼻をつまみ、全力で息を吹き込んだ。何気に僕のファーストキスだが、救命行為なのでノーカンだ。うん、ノーカンだ。顔を見てどうやらかなり可愛いことに気付いた。人形みたいに整った顔立ち。でもノーカンだ。


 目を閉じて思いっきり息を吹き込む。唇は冷たい。


「ガハッ……ゲハッ」


 汚い音の咳と共に、女の子の口から水が出る。息を吹き返したようで、うっすらと目が開いた。


「大丈夫か!?」


 女の子は僕に手を伸ばす。何が言っているようだが、まるで聞こえなかった。耳を傾けようとして。

 ガシッと。

 後頭部に手を掛けられ、勢いよく引き寄せられた。


「ンッ!?」


 唇に柔らかな感触が降臨する。

 ついさっきノーカンだと言ったあの行為。とりあえず救命行為は終わった後だから、これはノーカンにはできない。錯乱しているのだろうか。目を覚ましたらキスをするような、欧米じみた習慣を持つ子なのかもしれない。よく見れば髪も金色だ。僕はきみのパパンじゃないのに。


 なんて、やけに冷静に状況把握をしていると、ヌメヌメとした舌が女の子の口から這い出で、僕の唇を割った。


 舌が!


 こそぎ取るように這い回ったかと思えば、僕の舌は憐れにも絡め取られ、少女の口内に吸い込まれた。暖かな口内は甘い唾液で満たされていて、脳味噌が撹拌されるような痺れを引き起こす。まぶたが痙攣するように動いた。口は塞がれているから空気を求めて鼻で呼吸をすれば、川の水に濡れているからか、やや生臭い。舌を引き抜こうとするも、両手でガッチリと拘束されているせいで頭が動かせない。


 不意に、少女の目が閉じられる。電源の切れたオモチャみたいに力が抜け、腕が落ちた。気絶したのだろう。僕は荒く息をつき、口許を押さえた。体温が高いのを自覚する。女の子の頬を叩く。呼吸はしているが反応はない。


 何が起きた!?


 永遠に続くかと思えるような時間だったが、実際には一分に満たなかっただろう。意味がわからない。何故、僕は今、キスをされた? ビッチか? ビッチなのか? さっきのは、家族間で交わされるそれではない。


 しばらく待ったが、目を覚ます様子は無い。

 ブラウスが濡れて下着のラインが浮き出ていることに気付き、とりあえず携帯で写メを撮った。誰だってそうする。僕もそうする。データを隠しフォルダに入れてSDカードに保存、一応パソコンのほうにメールで転送し、しばし考える。


 何がなんだかさっぱりだ。


「ヘックシ!」


 とりあえず、寒い。そりゃそうだ。全身びしょびしょなのだから。

 僕は女の子を背負うと、しばしどうしたものかと悩んだ後、自宅へ向かった。

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